それから
久谷邸査察から早一週間が過ぎようとしていた。助け出された人々の証言から久谷がAAAと関与していたことが明らかとなり、関東シェルター内のテロリズムが久谷邸敷地内でそのほとんどが企画され、準備されていたことが明らかとなった。
そして、久谷邸査察が終了してからというもの、一週間に1、2回は起こっていたシェルター内のテロはここ一週間一度も起こっていなかった。
「”外”の様子はどうだ?」
校長室でPCにプログラムを打ち込みながらコーヒーを飲んでいた氷上は、携帯電話で指令部と会話していた。
『関西地方からも、東北地方からも、関東シェルターに軍隊を送ろうとする動きはありません。内部のメディア、ネットにも、気持ち悪いくらいテロリストの影がなくなりました。ま、模倣犯は色々なんかやっていますが、明らかに所持している武器のレベルが下がりましたね。内部の状況も変化しています。現在は、犯罪に自衛隊を動員することも無いようです』
「原子力発電所や、核に関する街での反対運動もなりをひそめたな。例の巨人の材料にされたAAAの人間たちが『AAA被害者の会』ってやつを立ち上げたことも関係しているのかもしれないな」
会話の終了後、しばらくすると部屋のテレビが自動的についた。そこでは、元AAAに所属していた人々が考えを変え、『反・核エネルギー』から『脱・核エネルギー』にスローガンを変えたという特集をやっていた。
人の暮らしを第一に考え、核エネルギーからの離脱は出来るところから少しずつやっていこうという、穏やかな活動内容に変わっているのだとその番組では言っていた。昼の情報番組が終わり、テレビは自動的にOFFになる。
電力消費を抑えるため、現代のテレビは見たい番組をあらかじめ登録しておいて、登録している番組がないときには自動的に電源が切れる仕組みになっていた。いわゆる見ないけどとりあえずテレビをつけておくことはできないようになっている。電気代が高額なこともあり、1日中テレビ番組を見られるように登録するような家はごくまれである。
「さてと。関東はとりあえず落ち着いたと、私の脳は言っているぞ。次はどの手を使うかな」
薄暗い校長室で電気スタンドとモニターの光だけが照らす部屋の中、少しだけ甘くしたコーヒーを飲み、氷上は上機嫌で仕事を再開した。
「……マジか」
食堂の券売機の前で、新しく銀色の学生証をもらった佐倉が、残額を見て固まっていた。
「300万だぞ! 300万! あーもう、何に使えばいいのやら。なあ、湯村、俺はどうすればいい?」
「とりあえず食券を買えよ」
浮かれている佐倉に、湯村は冷たく言い放った。佐倉が食券を買うと、湯村が続けて食券を買う。
残額 20,302,880 円
「ちょ……」
友人の残高を見て驚く佐倉。そこへ柏木もやってきた。
「そーう。一緒にご飯食べよ? あ、佐倉君。こんにちは。お邪魔していい?」
「お、おお」
固まる佐倉を余所に柏木は自分の赤い学生証を出した。
「お前のカードは俺たちと違うんだな」
「当たり前でしょう。作戦には氷上さんに言って、無理矢理参加させてもらってるけど、私はあなたちのように”エージェント”のクラスをもっていないもの。私は”セカンダリ・エージェント”。直接的な攻撃力は期待されていない、”エージェント”の補助的な立ち位置ね。いまだからいうけど、本当は双に最初に話しかけたの、あれ規約違反なのよね」
佐倉はつけ麺全部載せの超大盛り、湯村はB定食の中華丼、柏木はサラダとオムレツをトレイに載せると、座席に移動した。食堂はやはり全体的に薄暗く、各テーブルには手元が見えるよう卓上ランプがついていた。夜のカフェのような雰囲気であったが、昼食を食べに来た学生にそんな風情はなく、がやがやとおしゃべりをしながら席についていた。その中、丸いテーブルを囲んで湯村、佐倉、柏木が席に着く。
「規約違反? 何か今さらっと妙なことを口走っただろ、お前」
「そうよ。だって、双がAAAだったらおしまいだって言ったでしょ。その時私、セカンダリの二つ下の、”メンバー”だったのよ。”エージェント”候補に自分の判断で接触だなんて。下手すると氷上さんに記憶消されて雪原に捨てられてたかも、私」
死なないけどね、と笑いながら柏木は言った。笑いごとではなかったが。
「そういやこの間、最後の方どうやって決着をつけたんだ? 俺、どうも気を失ってたみたいで覚えてないんだよな」
「直人、全く起きなかったよな。俺達、巨人に踏みつぶされるところだったんだぞ」
「そうかー。俺寝ててよかった」
「……幸せな奴」
佐倉の発言に呆れる湯村であったが、湯村も柏木も、正確なところは誰もわかっていなかった。3人で会話した結果、最後まで意識を保っていたのは柏木だということがわかった。
「双を巨人が吹き飛ばした後、あいつは私のところへ歩いてきたの。私は治癒力が弱まってて、あー、踏まれたら死ぬなって、思ったのを覚えてる。でも、その時、私の近くに誰か立ったのよ。双かなと最初思ったけど。で、何か言ったと思ったら、ものすごい音がして、巨人は沢山の人の群れに変わったのよ」
「何か……って、なんて言ったんだ?」
湯村が柏木にさらに質問をしようとしたところで、校内放送が入った。
『関東シェルターニュースをお知らせします。本日午前、シェルター内で三代目となる、鴇の赤ちゃんが産まれました。繰り返します……』
その放送が流れ始めると、柏木は少し急いでご飯を食べ始めた。
「どうした。美月。そんなに腹減ってたのか」
「ふぃがふわよ、ほれ、ひょうひゅうのほうほう(違うわよ、これ、召集の放送)」
食べ物を思い切り口に詰め込んで上手くしゃべられなくなっていた柏木だったが、意外にも二人とも理解していた。
「そうなのか?」
「しゃあねぇ、急ぐぞ!」
男二人はあっという間にご飯を平らげ、席を立った。柏木もラストスパートをかけて口にまだ食べ物を含んだまま立ち上がる。
「はっへー! (待ってー!)」
そんな柏木を笑いながら三人は図書館の奥へと急いだ。図書館の奥に隠された「STAFF ONLY」の扉をくぐり、学内に隠された通路を通って指令部に着いた三人を迎えたのは彼らの校長であり、組織のボス、氷上だ。
「諸君、おめでとう。君達の尽力のおかげで、いましがたこのシェルターは完全自治権の確保に成功した」
周りのスタッフから一斉に拍手が起きる。湯村と柏木は何が起きているのか分からない様子で辺りを見回したが、佐倉だけは理解していないにも関わらず拍手を受けて照れ臭そうに右手を頭の後ろにやった。
「シェルター内にはもう、テロリストはいない。そして、私の未来予測によると、内部のテロを滅すれば、外は基本的には攻めてこないようなのだ……多分な」
「随分歯切れが悪いな」
湯村に指摘されて、氷上は少しすねたように頬を膨らませた。
「仕方ないだろ……今回の戦い、私の予測を毎回裏切るような敵がいたのだぞ。だから、言っただろう。予知じゃないんだって」
「おかげで少し謙遜という言葉を覚えて頂けたようですのでな。敵には感謝しておる。少しな」
林田がそう言うと、スタッフにどっと笑いが起こった。湯村達も笑った。 氷上だけが面白くない表情を崩さず、話し始めた。
「うるさいなー。とにかくだ、関東シェルターは一時の平和を得たことになる。しかし、我々の目標は何だ? 湯村くん」
「日本を取り戻すこと、だろ」
その言葉で、一同は一気に引き締まった。
「その通り。で、だ。次に行くところを決めたいと思う」
氷上は巨大モニターを指差した。そこには日本地図が示されていた。日本海は半ば凍っており、四国や九州など、すべて地続きになっていた。
「次の目的地はここだ!」
氷上がそう言うと、スタッフが操作し、関西全域が示された。
「なんと、食い倒れもオシャレも雅も全部ごちゃ混ぜになってしまった、関西シェルターだっ!!」
「ちょっと待て。質問がある」
氷上が豪快に言ってのけた後に、湯村が手を挙げて冷静に質問したので、氷上は少し照れながら、質問に応じた。
「どうぞ」
「俺達も行くのか? 親にはなんて言えばいいんだ? RPGやスゴロクゲームじゃねーんだ、シェルターから外に出るっていう一大事を、どう説明する?」
氷上は少し考えたあと、言った。
「学校から学費の出る長期国内留学とでも言ってくれ。書類はこちらから用意しよう」
湯村は少し考えている様子だった。
「どうした? 何か不満か?」
「いや、お袋は小さいころに俺の双子の弟を亡くしてる。俺が離れても大丈夫なのかって思ってさ」
湯村は家にいる両親の顔を思い浮かべながら、顔を曇らせた。
「そうか。実は、現地にいってから話そうと思っていたが、お前に見せなきゃならないものがある」
氷上が携帯を操作すると、日本地図を示していた巨大スクリーンが入れ替わり、先日の戦いを記録した映像が画面に映し出された。
「これは」
「そう、先日の久谷邸査察の巨人を倒したやつの映像だ」
柏木のそばに立つ、小柄な学生服の男が画面に映っていた。氷上が拡大すると、それは湯村の顔にそっくりであった。
「これは湯村……いや、湯村は金髪だしな。髪の色を能力で変えたか?」
「いや、そんなことはしていないし、俺はこの時を全く覚えていない。俺じゃない」
氷上は頷いた。
「そう、この男が巨人を元の人間に戻したんだ。どんなカラクリなのか全くわからんが、巨人を構成する全個体に対して外部から異常遺伝子を取り除くことのできるような非常識な能力、一人の人間がやれることだとは到底思えない。湯村が細胞変化を起こすことができるのは自分の身体だけに限定されているし、顔は似ているかもしれないが、これは別の、何かだ」
「何か?」
「ああ、湯村の前でいうのもなんだが、人間業じゃない」
湯村は画面を見たときから青ざめた顔をして、画面を見つめていた。さらに氷上は続ける。
「そして、さる情報筋からの映像の中に、この少年と似ている男が映っている映像があった。これだ」
氷上は巨大シェルターに関西シェルターで撮った写真をいくつか映し出す。写真が次々に流れていき、ある街角の写真を大きく映しだした。グレーのパーカーにジーンズといういで立ちで、先ほどの黒髪の少年がそこに映っていた。その写真をみた湯村が、喉の奥から絞り出すような声で言った。
「……光、だ」
湯村は膝をついた。
「弟が、生きてた」
こみあげてくる感情を押し殺して、湯村は震えながら目を閉じ、一度ゆっくりと深呼吸をして落ち着くと立ちあがった。
「国内留学の書類は準備してあるんだろうな」
氷上はにやりと笑うと指をパチンと鳴らした。スタッフが封筒に入った書類を湯村と佐倉に持ってくる。
「出発は三日後だ。学校は公休扱いにしてやる。準備しておけよ」




