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メーカー・ジャパン  作者: ラストラ
第一章 関東シェルター編
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鬼才

 応接間に着いたところで湯村は速度コードをオンにし、応接間に入った。屈強な警察官や自衛官は皆、呆けた顔でご飯を食べていた。その上座で、その様子を笑いながら美女と戯れる久谷も加速する時間の中でチラ見した。


 湯村は目にもとまらぬ速さで皆にヘルメットをかぶせていくと、また元のように障子を一瞬開けて廊下に出た。この間、わずか0.5秒のことである。


「え? もう終わったの?」

「ああ。氷上さん、頼む」


 モニタールームの氷上はあらかじめプログラミングさせていた映像を佐倉には流し、残りの査察団のメンバーには、無線から洗脳を解く特殊なノイズ音を送った。


 箸でご飯をすくっている途中の人間や、みそ汁を飲む途中の人間や、腹踊りをしている人間もいたが、解毒信号が送られてくると徐々に正気を取り戻し始めた。


「ご飯……うーん? いや、そうじゃなくて」

「農家はいいよなぁ。特に稲刈り……ん? いやおかわりを……」


 映像と音声で解毒した直人が一番早かった。正気に戻ると、氷上と湯村がヘルメットの通信を利用して、彼の顔を覗き込んでいた。


「うわ! びっくりした。なんだよ。え? あれ? ここどこ?」


 だが一番驚いたのは上座にいた久谷ではなかろうか。洗脳に成功した間抜けな査察団を肴に女達と酒を飲んでいたのに、その一団が皆急にヘルメットをかぶったかと思うと、次々に正気を取り戻し始めたからだ。


「の、飲みすぎたか? 何が起こっておる?」


 通信で佐倉を廊下に誘導して、3人はようやく合流できた。氷上は佐倉にこれまでの状況を説明し、次の指示を出した。


『久谷の本宅、つまり今君らが居る場所の査察任務はじき正気に戻る彼らに任せよう。君達には日村の研究設備に行ってもらいたい。恐らくあそこに、AAAとの関与を決定付ける証拠があるはずだ』

「じゃあ、ここを出ればいいんだな」


 湯村はさっそく出口へ向かおうとしたが、柏木がそれを制止した。外には人を廃人にする死の3D映像が広がっているはずだ。また戻れば柏木以外の二人はあの映像にやられてしまうかもしれない。


『大丈夫だ。あの3D映像は、君達のヘルメットを通して無効化させておく。というか、あの映像があると、本来の敷地内の間取りが見えないのだよ。ヘルメットから見た映像は田舎の映像を消して、本来の構造が見えるようにしておいた。日村の研究施設は、壁際にある白い40階くらいのビルだ』


 3人が外に出ると、柏木が来るときに見ていた景色とは全く違う光景になっていた。最初に見た田畑や、林などどこにもなく、透明な壁に囲まれた久谷の屋敷と、遠くに白い外壁が四方に見えているだけだった。


 そして、なぜ氷上が知っていたのかはわからなかったが、四方の壁際をよくみると、その一つは白い壁ではなく、白いビルであった。おそらく日村の研究施設なのだろう。それを確認して屋敷を後にしようとすると、不意に下を向いた佐倉が急に縮こまって目を閉じた。


「うわ、た、高い!」


 久谷邸は、周囲と床面が透明な板の上に建設されていた。田舎の画像が見えなくなって明らかになったのだが、透明な壁と床に囲まれた屋敷は、地上から50mほどの高さに立っていた。50mといってもわかりにくいかもしれないが、大体ビルの16階くらいの高さになる。


「なるほど、この透明な壁がスクリーンになっていたのか」


 湯村が壁を触りながら周囲を歩くと、透明な壁の一か所に開いている部分を見つけることが出来た。


「ここから下に降りる通路になっているみたいだな」


 佐倉、柏木も後に続く。透明な通路は屋敷のまわりを大きく円を描きながら、下にむかって続いていた。査察団の一団は、映像に騙されながら、屋敷の周りの道をぐるぐる登っていただけだったのである。


「来たときのことを考えるとかなり歩いたと思う。走らないとなかなか下に着かないかも」

「何の素材で出来ているのかは知らないが、壊れないでくれよ」


 3人は透明な通路を走りだした。ときどき鳥の声や、農夫たちの声が聞こえた。おそらくそれに対応する映像がそのあたりにはあるのだろう。氷上の映像キャンセルプログラムのおかげで、彼らには透明な壁にしか見えないようになっていたのだが。





 その頃、白いビル、技術開発部の1階ロビーでは、日村と橘がモニター映像を確認していた。


「日村さん、どうです? 何かおかしな点、ありますか?」


 橘も日村とともに、モニターで映像をチェックしていた。モニタールームは敷地内外に設置してある様々な映像を確認することができる。橘はトイレ周辺の録画映像を再度チェックし、日村は現在の敷地内の映像をチェックしていた。


 ロビーは直径8mくらいの円形の作りになっており、北側と南側に一つずつ180度の曲面をもつ大型モニターが設置してあった。大型モニターは100個の小さいのサブモニターと、1個の中型モニターで構成されている。


「むう。私が見ても、おかしな点は見当たらないな。監視カメラの右下に表記してある時間が飛んでいたりすれば、あるいは何者かがカメラに細工をした、というのも考えられたのだが」

「ですよね。僕もその線を考えていたんですが、映像をごまかされているわけではないんですよ。逃亡者は、トイレの下水を流れて逃げた、なんてことありますかね?」


 2人は一つ一つの映像を見落とさないように、中型モニターに映し出して、サブモニターにある映像リストを漏れなくチェックし、査察団の二人が消えたタイミングからの映像を追っていた。


「駄目だな。残念だが、監視カメラの死角から逃げたに違いない、と推測するしかないな。しかも、私が見ている現在の映像にも映っていないとなると、現在進行形で死角を移動中、ということになる」

「僕も同感です。そうなるとなぜやつらが監視カメラの死角を知っているのか、それが問題ですね」


 橘はふと、日村のモニターを横目で見た。橘が調べていたのは録画映像、日村側のモニターにはリアルタイムの敷地内各所の様子が映しだされている。今、日村は久谷邸周辺の映像を中型モニターの方に映しだしていた。


「……日村さん、ちょっといいですか」


 橘は日村のモニターに向かうと、何度かサブモニターの映像と大型モニターの切り替えを行っていたが、やがてその目を細めると、小さなサブモニターに近づき、100個のサブモニターを直接見始めた。


「橘? 何をしている?」

「おかしいんですよ、日村さん。このサブモニターの映像を、こっちの中型モニターに映し出しても右下の時刻はただ表示を大きくしているだけだから変わらないはずですよね」


 橘はサブモニターに映っている米粒みたいな大きさの数字をさして、日村に見せた。日村はメガネを外して中型モニターの時計とサブモニターの数字を見比べると、橘の方を見て言った。


「何か、おかしいか?」

「おかしいですよ。0.3秒くらいズレてます」


 橘はサブモニターから少し離れ、中型モニターと両方が見える位置まで来ると、100のうち32番の画面を中型モニターに映し出した。橘はそれを確認すると頷き、モニターの前から離れた。それから口元だけで小さく笑うと、モニタールームの天井中央に設置してある監視カメラの方を見て妖しく笑ってみせると、カメラの向こうの誰かに向かって話しかけた。


「覗き見はよくないなぁ」





「ああ、そりゃあ悪かったな」


 橘が話しかけたのは自分であろうことをわかっている人間が一人いた。氷上である。氷上はクラッキングで久谷邸のシステムを掌握し、監視カメラをモニターしていたのである。


 さらに氷上はシステム内から洗脳効果のある3D映像を入手し、その仕組みを解き、解毒映像や解毒音声を作りだしただけでなく、敷地内に広がる敵の無線電波を乗っ取って湯村達の高性能ヘルメットに再アクセスすることに成功していたのであった。


 氷上のクラッキング技術は相当なもので、生半可な知識の者に見破られるようなレベルではなかったのであるが、この美少年は、プロのシステムエンジニアである日村でさえ見つけられなかったわずかな誤差から、外部によるアクセスを見抜いたのだった。氷上は銀髪の美少年を苦虫をかみつぶすような顔で見つめて言った。


「今、わかった。貴様が私の敵か」

『よろしくお願いしますね』


 氷上は画面の橘に向かって話しかけたが、橘は声の聞こえていない相手に返答を返した。それは、橘が離れている氷上の声を聞くことが出来る超能力者だったからではない。


 氷上が答えるであろう言葉を状況から推測したのである。鬼才、橘静希。AAAの中央リーダーにして久谷柳元の秘書を務める少年は、能力で思考速度を加速した氷上と対等に戦うことが出来る、恐るべき頭脳の持ち主だったのである。


 橘はきょとんとしている日村に近づくと、何かを耳打ちし始めた。日村は頷くと、エレベーターの方に走って行く。それから数分後、湯村、佐倉、柏木のヘルメットの中で「connection lost」の文字が点灯し、人を廃人にする田舎の風景が再び彼らのヘルメット内に侵食し始めたのだった。

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