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メーカー・ジャパン  作者: ラストラ
第一章 関東シェルター編
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パープルモンスター

 二人の前に現れた紫色の化け物は荒い息をしながら獲物の様子を伺っていた。


「なんだこいつは……」


 気後れしそうになる佐倉に氷上が声をかける。


「左右に分かれながらこいつに銃弾を浴びせるぞ! 佐倉君!」

「は、はいっ」


 氷上と佐倉はお互い反対方向に逃げながらサブマシンガンを化け物に撃ちこんでいく。だが、化け物は銃弾を浴びると、紫色の表皮がずるりと床に落ちただけで攻撃が効いている様子はまるでなかった。やがて、見ているのに飽きたのか、化け物は四つん這いになると、四本足を使い驚異的なスピードで氷上に突進してきた。

 

 佐倉はバスケットでそれなりのプレーヤーであり、フットワークは氷上より良かった。そのため、化け物から見て氷上の方が御しやすい相手だと見て取れたのかもしれない。


「ごふっ」

「先生っ!」


 化け物に体当たりをくらい、宙に舞う氷上。白衣の細い体が放物線を描きながら地面へと落下していく。紫の化け物はその軌跡を追うように着地地点へと駆け出していく。


「く、くそっ!」


 照準を定め、化け物にサブマシンガンを撃ちこむ佐倉。だがやはり、一部の皮がずり落ちるだけで、化け物の勢いをとどめることはできそうもない。


「ヌガァァァァーーー!!」


 化け物が着地しようとする氷上へとたどり着き、その大きな右腕を振り下ろした。格納庫の床に大きなくぼみが出来る。腕は大きく床に突き刺さり、そこに挟まれた白衣だけが腕からはみ出して見えていた。


「あ……あ……」


 佐倉が絶望のあまり膝をつく。想像を絶する化け物に対する恐怖や、自分を守ってくれた教師を失った喪失感などが同時に佐倉の心を塗りつぶして、彼の生きる意志を折ろうとしていた。


「直人、なに呆けてんだよ、お前」


 横から声をかけられて我に返ると、湯村が氷上をお姫様だっこした状態でそこにいた。


「湯……村……なのか?」

「メールを寄こしたのはお前だろうが」


 友人がなぜここにいるのか、どうやって氷上を助けたのか、色々不明であったがさっぱりわからなかった。先程まで起こったことのショックから頭が真っ白になってしまい、先日屋上で見た湯村の能力に思い至らなかったためだ。一方、助けられた氷上はもどかしそうに体をくねらせながら湯村に話しかけてきた。


「湯村くん、出来ればもっと強く抱いてくれないか。さっき化け物にやられた胸のあたりがひどく痛むんだ。できれば君の手で揉みほぐし……ぎゃっ」


 湯村は氷上を持っている手を離して床に落とした。床に落とされた氷上は湯村を見てにやりと笑った。


「あんた……最近言動が危ねぇんだよ! 自重しろ!」

「いちちち。酷いなぁ。化け物の体当たりは本当に痛かったんだ。自己診断では肋骨が2、3本は言ってるだろうって予測なんだぞ?」

「だったら大人しくしてろよ」


 湯村は化け物に振り返ると、兵士から奪ったコンバットナイフを構えた。紫色の化け物は、白衣の下に獲物がないことを確認して振り返ると、3人に対して憤りを示す雄たけびを上げながら突進してきた。


「湯村、逃げろ!」

「大丈夫だ、佐倉君」


 湯村は静かに口を動かすと、化け物と相対する直前で速度コードを発現させ、化け物を粉々に解体した。湯村に触れた部分から、紫色の肉片と液体になって床に散らばっていくように、佐倉には見えた。


「コード・オフ」


 軽いめまいは感じたが、まだ余力があることを感じ、湯村は二人を振り返った。


「さすがだ。湯村くん」

「湯村、今のは……ああ、そうか! この前俺を倒した時の」

「まあな。実は俺からはあんまり人には話しちゃいけないことになっててな。そこの変態から話を聞いてくれ」


 変態と言われて床に寝転んでいた氷上が反応した。


「なんだ? それは私のことか」

「他に誰がいる」


 湯村が呆れてため息をついていると、格納庫の広い壁をスクリーンにして、顔色の悪い男の映像が映し出された。


『ふっふっふ。無様だな。氷上博士』

「……日村か」


 氷上はスクリーンを興味無さげに眺めた。


『その年配者に対する礼のない態度。間違いなくあの氷上透だな』

「その甲高い声とプライドだけが先行している態度、相変わらずだな」

『ああ、会えてうれしいよ。私からのプレゼントはどうだったかな?』


 日村はスクリーンに映し出した顔で、バラバラになった紫色の化け物に視線を向ける。まるで、スクリーンから直接見ているかのようだった。


「やはり、お前の仕業か。私を誘拐したのも、お前の差し金だったってことか」

『いやあ、それは別にクライアントがいてね。私は実行者にすぎんよ』

「私のことを知ったのは、先日高校を襲撃したやつらから情報を得たんだな」


 日村は満足したように頷いた。


『さすが我が宿敵。その通りだよ。そして、若田が以前、送ってくれた君の異常遺伝子に関するレポートが手に入ったおかげで、こんなにすばらしい実験体を作ることができたんだ』 

「相変わらず、人の成果を掠めて生きているんだな。そんなだから、アメリカで研究室を追われたのさ」


 氷上が言うと、スクリーンの中の男は激昂した。


『黙れ!』

「現に、お前の実験体というやつは、私のエージェントが打ち破った。我々は、お前たち組織をいつか潰してやるから、待っていろよ」


 氷上がスクリーンに向かってそう言うと、日村はその言葉を鼻で笑った。


『くっくっく。大層な目標をお持ちのようで。検討を祈っているよ。ここから出られたら、の話だがね』

「なに?」


 格納庫の外で無数の雄たけびが聞こえた。壁や地面を無秩序に殴る音も聞こえる。


「お前、まさか」

『さすが、氷上博士。気付いたか。お前のところのボンクラが、うちの兵士連中を気絶でとどめておいてくれたおかげで、私が彼らに注入した異常遺伝子を使うことができるのだよ』


 氷上は紫色の化け物を一瞬見て目を細めると、日村の言った言葉を繰り返した。


「異常遺伝子の注入だと、そうか、さっきの化け物は……」

『そうだ、氷上博士。さっきお前達がバラバラにしたその紫色の化け物は、もともと人間なのだ。そしてその工場には、原料が沢山ある』

「貴様……人をなんだと思っている!」


 スクリーンに向かって氷上が叫ぶと、日村は満足気に頷いた。


『いい顔だね、氷上博士。だが、その顔も今日で見納めかな。目覚めた私の兵士たちに格納庫へ行くよう指示した。お前たちはもうおしまいなのだよ』


 日村がそう言った直後、非常口からも、廊下から格納庫への入り口からも、巨大な紫色の化け物が四つ足で歩きながら入ってきた。ぴちゃり、ぴちゃりと、入ってきた化け物は歩く途中、自らの皮を地面に落としていた。異臭が格納庫の中を満たす。


「氷上先生、あれは結局なんなんですか?」


 少しずつ真ん中へ移動しながら、佐倉が聞く。


「あれはな、遺伝子組み換えを無理矢理行われた人間のなれのはてだ」


 氷上が吐き捨てるように言った。


「恐らく強靭な肉体を持つ人間から遺伝子を抽出し、改造し、それを注射で彼らに打ち込んだんだ。彼らは強靭な肉体を得ることができたかもしれないが、急激に変化させられた細胞は拒絶反応を起こし、腐り落ちる。新しい細胞を体が病気の細胞だと認識するゆえの自己崩壊アポトーシスってやつだ。紫の肉体は、腐ったやつらの肉さ」

「ああ、それでこんなに臭いのか」


 湯村は顔をしかめ、佐倉は吐きそうになるのを抑えていた。氷上は続ける。


「だが、そんな刹那の肉体でも、私たちを殺すのには十分な機能だと言える。あの化け物達を倒さなければ、私たちは無事に下校できないということだ」


 氷上の台詞が終わるか終らないかのうちに、紫色の化け物、総勢80体近くが一斉に襲いかかってきた。


「湯村くん!」

「わかってる!」


 湯村は速度コードをオンにするワードを唱える。金色の旋風が佐倉と氷上を包むように旋回する。金色の旋風に触れた化け物は、粉みじんに散らばった。氷上はサブマシンガンに見切りをつけ、手持ちの手榴弾を中距離の化け物に投下する。佐倉もそれに倣う。


「ヌグァァァーーーーー!!」

「グォォォォーーーーー!!」


 化け物たちの雄たけびや断末魔が響くが、二人を守りながら遠くに行けない湯村は、近くの化け物を順番に倒すことしかできず、しかも360度全方向から攻められて、疲弊していった。


「ヘビーモードだな! こいつは!」


 自分を鼓舞しながら、化け物を解体していく湯村。だが、その目に映る青色のウインドウが、歪み始める。


「ま……ずい……」


 高速で動きながら、湯村はだんだんと二人を守りながら戦うことのできる、その範囲が狭くなっていることを感じていた。湯村の能力の制限時間が迫ろうとしていた。


「まずいな」


 氷上は佐倉に言った。


「何がですか? よくわからないけど。これやってんの、あいつですよね。すげえよ! 湯村。ははっ、これなら、勝てるかもしれない」

「いや、駄目だ」


 喜ぶ佐倉のセリフを氷上が否定した。


「どうしてですか? 多分もう、10体くらいは倒してるんじゃないですか?」

「あいつの能力には時間制限みたいなものがあるんだ。おそらく、それが間もなく来る」


 氷上は手元の時計を見ながら、苦々しく言った。


「え? そうなるとどうなるんですか?」

「当然、今我々を守っている湯村は機能停止する。化け物に食われる。終了」


 佐倉は一瞬固まったあと、状況を把握できたようで、氷上に感想を述べる。


「駄目じゃないですか」

「ああ、駄目だ。……うう、私も限界だ」


 そう言うと、氷上は青い顔をしてうずくまってしまった。覗きこむ佐倉。


「先生? 大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。時に佐倉君、甘いコーヒーとか、持ってないよな。君」

「え? 飴とかなら持ってますけど……ってああっ、やめてくださいっ」


 氷上は湯村が必死に戦って彼らを守っている範囲の中で、佐倉を押し倒すと、彼のズボンをまさぐり始めた。


「ちょ、いくらもう死ぬからって、先生ーっ! ストップ! ストップ! 俺たちは生徒と教師でっ」

「あ、あった!」


 氷上は、佐倉のポケットにあったコーヒー飴を取りだすと、それをなめ始めた。佐倉の体にそのまま馬乗りになり、胸を佐倉の顔の上に置き、カロリーが脳に到達するのを待った。一方、化け物の攻撃を必死に凌ぎながら、湯村は自分の能力がどんどん鈍くなっていくのを体で感じていた。

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