工場内の反逆者
「はぁ、はぁ、やっと、着いた」
工場に着いた湯村は辺りを警戒しながら、門が見える場所までたどり着いた。
「見張りは六人か。銃も持ってるし、生身の俺じゃ無理だな。能力を使うしかないか」
湯村はイヤホンを取り出し、耳に装着した。ポケットにある携帯電話に向かって能力を有効にする言葉を口にする。
「活性化」
視界が暗転し、彼の遺伝子が活動を始める。彼が目を開けると、こめかみに特有の感覚が知覚された。湯村がそこに力を込めると、彼のあらゆる情報を示す青いデータウインドウが目の前に展開する。
「コード A2x001202 ……」
彼が速度コードを有効にしようとしたところで、工場内から爆発音が響いた。湯村が工場を見上げると、工場からは黒い煙が立ち上がっている。それから間もなく、工場のスピーカーから、彼のよく知る女の声が聞こえてきた。
『あー。テステス。工場に住まう、AAAのテロリスト諸君に告ぐ。君達は、人質に選ぶ人間を間違えた大馬鹿野郎どもだ! 君達が二度とこのような痛ましい考えを起こさないように教育を施してやる! あっはっは』
『ちょっと先せ……』
どうやら氷上は放送室を占拠したようであった。湯村が外から見ていると、また工場の上の方で爆発が起きた。工場の外壁に穴が空き、何人かの兵士達が吹き飛ばされたようだった。
「俺、来なくて良かったんじゃないの?」
湯村は速度コードをオンにして工場の中に入っていった。
工場の中では、放送室の前でAAAの兵士達がドアを蹴破って中に入ろうとしていた。数人の屈強な男たちが放送室の扉に体当りする音が部屋の中に響く。
「おっと。もうここを突き止められたか。どうする? 佐倉君」
「当たり前ですよ。あんな派手な放送しておいて。俺だったら降伏するか最後の撃ち合いをするかどちらかですかね」
弱気な発言をする佐倉を氷上が咎めた。
「降伏だと? 私の辞書にそんな単語はない」
「だけど、この、扉も、もう少しでっ」
扉が二回、三回と幾人もの兵士に体当たりされ、ついに破られた。武装した兵士達が十数人、次々と部屋の中に入っていく。しかし、中にあったのは放送マイクの前に置かれた無線機と幾つかの手榴弾だった。
「ぜ、全員、退避っ」
一人がそれを言い終わるか、終わらないかのうちに、スイッチが入り、放送室は爆風に見まわれた。閉鎖的な空間は風の勢いを高め、中にいた兵士は残らず再起不能となった。
「佐倉くん、君、なかなか演技が巧いじゃないか」
「校長が銃を突きつけながら演技させるから、そりゃ必死にもなりますよ」
二人は工場二階の放送室から離れた、一階の廊下にいた。兵士達は完全に戦闘態勢に入っており、あちこちを哨戒しているので、地の利のない二人はすぐに発見された。通路の端と端で物陰に隠れながら、お互いの持つサブマシンガンで撃ち合いを始める。
「撃ち合いで拮抗状態になったときの常套手段を知ってるかね、佐倉君」
「いえ、すみません。知りません」
「なんだ、君の担任は誰だ? そんなことも教えてくれなかったのか。あ。弾倉をくれ、その四角い奴」
氷上はサブマシンガンを撃ちながら佐倉に講義を続けた。弾倉の交換ももちろん忘れずに。佐倉はそれを、この人は何者なんだろうと、不思議そうに見ていた。
「答えはな、爆弾を投げ込むことだ。こんな風になっ」
氷上が投げた手榴弾が通路先の兵士達を吹き飛ばす。
「よし、じゃあ今倒した敵から装備を補充するぞ」
倒れて動けなくなっている兵士から容赦なく装備を回収する氷上。佐倉もそれに倣う。そこへ、新しい兵士達が通路向こうからやってくる音が聞こえてくる。
「こっちだ! 奴らは一階、格納庫近辺の通路にいるぞ!」
舌打ちをして近くの部屋に入る氷上。そこは、工場内に設置してある大型機械の格納庫であった。三階くらいの天井の高さがある部屋に、クレーンやブルドーザーなどの機械が左右に整列して駐車してあった。部屋の反対側は非常灯の灯りがある。外に通じる出口のようだ。
「お。予想外に脱出できそうじゃないか」
「本当だ! 良かったですね」
格納庫に入ると扉を封鎖して、二人は非常口へと走り始めた。
湯村が工場の中に入ると、兵士達が慌ただしく(といっても、彼の目にはゆっくりと)群をなして、一階のある方向へと向かっているのがわかった。工場のなかで彼らに追われているのは氷上と佐倉くらいだろう。そう思った湯村は格納庫へと走る彼らを片づけることにした。
「ざっと70人くらいか」
湯村は移動する兵士を捕まえ彼等の武器を奪い、次々に殴り倒していった。
「コード・オフ」
工場内の兵士をほぼ倒したはずだっが、湯村は焦っていた。また前回のように、能力の制限時間がきて倒れてしまうかもしれない。なので、必要の無いときは能力を節約するよう、心がけることにしていた。湯村が能力を解除すると周囲の空気が通常の速度で流れ始め、あちこちで兵士が倒れる音が聞こえた。
「う……あ……なんだ」
「今……何が……」
折り重なる兵士達が動かなくなったところで、湯村は兵士たちが向かおうとしていた格納庫へと急いだ。
広い格納庫の向かい側、非常口へとたどり着いた氷上と佐倉は非常口を開けようとしていた。佐倉は入り口を振り返って氷上に言った。
「先生、まだ奴らは来ていないようです」
「音もしなくなったな。ドアは破られたようだが、湯村君が間に合ったのかもしれないな」
思いもよらない友人の名前が出て、佐倉は不思議に思い氷上に尋ねた。
「? あいつが間に合うとなぜ静かになるんですか」
「それはだな……!! 佐倉君、飛べ!」
氷上が佐倉を突き飛ばすと、そこに大人一人分くらいの太さのある腕が振り下ろされた。金属でできた格納庫の床が凹む。
「ヌヴァァァァーーーー!!」
そこにいたのは、全身紫色で頭部を毛に覆われた、身の丈3メートルほどある化け物だった。




