初陣の空
猪口覚はAAAの軍部に所属する、やせ型で長身の気弱な男である。AAAには親の世代から所属しており、反核運動を子供のころから手伝っているうちにAAAに就職せざるを得なくなった。
AAAという組織は、反核運動のほかに、建設業や病院など、いくつかの業種を経営している。
親の世代からAAAとの関わりがあった猪口は大学を出るとすぐに関連企業への就職が決まり、もちろん反核組織のAAAにも所属することとなり、軍部の一員となった。
軍部に入ってから、なめられないためにオールバックにして眉を短く整えた。彼を昔から知る者は”軍部デビューの猪口”と揶揄する。
「怖い。寒い。冷たい」
『隊長、何かおっしゃられました?』
「い、いや、なんにも。血がたぎるなぁと思って」
雪原を進む60機の戦車が陣形を乱さずに南下していた。猪口は戦車の入り口から顔を出し、南から来る敵がいつくるのか怖くてしょうがない様子である。思わず部下に独り言を聞かれ、慌ててマイクをOFFにすると、遠くを見やった。
視界には、どこまでも続く雪原が広がっており、双眼鏡には何も見えない。
「怖いよなー。大体戦争なんてする必要あるのかなー。なんだか、関東シェルターは悪の巣窟だとか、教育ムービーでは言ってたけど。僕のいた東北シェルターの人たちは、AAAだろうと、AAAじゃなくても、基本いい人達だったんだよなー」
猪口が車内に戻り、モニターを見ると、モニター上の12時方向に五つの敵影が、8時の方向に約二十程の敵影を確認することができた。彼は中で運転をしている部下に話しかける。
「はさみ撃つつもりなのかなー。5+20て25だけど。他空中部隊とかいる?」
「いえ、とくに空中部隊というものは見当たりません。あ。そういえば、12時の方向、5つの機影からさらに遠くに輸送用ヘリみたいなのが一機来ています」
「輸送用ヘリかぁ。戦力とは考えにくいな。うーん。どうしたらいいかなー」
猪口は本気でどうしたら良いのかわからない様子であった。横に居た彼の右腕、白河が助け舟を出した。
「……ええと、個人的意見で恐縮ですが、敵は、挟撃を狙っているものと思われます。ですので5機の方から各個撃破がセオリーではないでしょうか」
「でも5機を撃っている間にこの陣形だと横から来た20機が後方に回るという可能性はないかな」
具体的な方針は自分から示さないくせに文句だけは言う。今日は厄日だなと思いながら白河は答えた。
「……あり得ない話ではないですが、8時方向の20機はかなりの距離がありますし、また機動力もモニターを見ていると今一つです。これがそれなりの機動力を備えているにしても、我々60機がこの5機を撃つ間は大丈夫でしょう。後ろから来たとしても、この主力戦車は回転砲台ですからそんなに憂慮する事態にはならないと愚考します」
「そうかー。うん。それなら前進するか。全軍前進。モニター内に他敵影がないか常に警戒は怠るな」
『はっ』
AAAの主力戦車は70t超えの重量にも関わらず、かなりのスピードで南下していた。過去、戦車の課題は橋などを渡る必要があるとして、装甲や装備の重量をどう軽量化するかが大きな争点となっていたが、現在は一面深い氷に覆われた大地であるので、とにかく強い装甲、強い装備、そしてそれを運ぶだけの強力なエンジンを積むというのがトレンドとなっていた。
その様子を、氷上は自社製の高性能双眼鏡で眺めていた。
輸送ヘリに乗っていたのは、彼女と林田、そして湯村だけのはずだったが、どうしてもと氷上に強く食い下がったため、柏木も乗っている。
「湯村くんがやられそうになったら、私が盾になります」
柏木は湯村にピッタリとくっつき、氷上に宣言してみせる。
前回の訓練の時にもわかったことだが、柏木の湯村に対する執着は相当なものであると氷上は認識していた。その理由は彼女の頭脳をもってしてもわからない。
「一目惚れとかそういった類のものか? 私には縁遠い話だ」
柏木はどれだけ傷ついても即座に自分の肉体を回復させるという能力を持っていた。その為、何かあっても大丈夫だろうと推測し、氷上は前線への同行を許可したのである。
「しかし、うまく食いついてくれるかどうか。5機と20機はあからさまじゃないか。いつも大体20機くらいを3か所くらいから出して撃退しているからな」
「ま、罠なら罠で構わないというところではないかのう。みたところあちらの戦車、今までに見たことがないほどの重装甲じゃ。スパイダー対策なんじゃろうて」
氷上は双眼鏡を見ながら敵戦力のスペックを推し量る。
「スパイダーは機動力の方に重きを置いているからな。今回出していたらどうなったか、試してみたかったな」
先日湯村の訓練に使用されたメーカー・ジャパンのロボット、スパイダーは重機迎撃用のマシンである。素早い動きで雪面を滑り、方向転換の難しい戦車を取り囲み、多面的に対戦車砲を撃つというものだ。
今回は敵戦車の装甲が上がっており、スパイダーの対戦車砲の効果はいまひとつであることが予想された。
そんな風に氷上たちが会話している間に、メーカー・ジャパン側の戦車5機とAAA側の主力戦車との距離が縮まってくる。
「例のスパイダーとやらは出てこないようだな。いやーよかった。よかった。どんどんいこう」
一方AAA陣営では、スパイダーが出現しないことに安堵した猪口が弛緩した笑みを見せていた。その表情をみて部下の白河は、上司に聞こえぬよう、静かに溜息をつく。
「それだけ、向こうがこちらの戦力を測る度量にすぐれているのでしょうね。罠でないといいのですが」
「罠じゃないだろう。きっと毎度の戦闘で戦力が尽きたのだろう。今回の主力戦車は、EUで使われたお古ではなく、AAAがさらにバージョンアップを手掛けた超・重戦車といっても過言ではないものだ。スパイダーだろうと、通常の戦車だろうと相手にならないはずだ。……たぶん。それでもちょっと怖いけど」
白河は「多分」や「だろう」が多い上司に落胆しつつ、現在の状況の把握と報告に努めた。
「敵戦車5機、後退していきます」
「本当か? よーし。恐れをなして逃げたな。もう射程距離内だし、ここは先手必勝だ。全軍、目標、前方の敵戦車。撃てー!!」
七光りの臆病者である猪口は、射程距離に入るや否や砲撃開始を命令した。前衛の戦車15機がたった五機の戦車に向けて本気の砲撃を仕掛ける。
メーカー・ジャパンの五機の戦車は、その砲撃を回避するために散開した。
この五機は軽戦車のようである。なぜなら、AAAの攻撃に対し、戦車にしては軽快な動きで彼等の砲撃を躱したからだ。メーカー・ジャパンの五機はそれぞれ撃墜の危機に晒されながらも、左右に砲弾を躱しながら後退していく。
「もう、撃ってきやがった!」
「だから五機で出撃とか嫌だったんだ」
メーカー・ジャパンの戦車隊のメンバーは嘆いていた。氷上から『すごい兵器を手に入れたから君たちが戸田まで逃げ切れれば勝利は確定だから』と強く説得され、しぶしぶ出陣を引き受けたものの、モニターに光る60機の超重戦車を確認した5人は暖房を切っても脂汗をかく始末だった。
重戦車の弾は、おそらく一発でも当たれば動けなくなるだろう。それだけの装甲しかこの軽戦車にはない。5人は確かに腕利きの戦車乗りであったが、それ故に命の危険を感じずにはいられなかった。
通信で話しながらお互いの緊張を和らげようと試みる。
「その、兵器ってなんなんだろうね」
「巨神兵みたなやつかな」
昔日本で一世を風靡した某アニメのネタで盛り上がる一同。最近20世紀アニメを見るというのが彼らの仲間内で密かに流行っていたようだ。
「薙ぎ払え!」
「はっはっは」
その刹那、重戦車の砲弾が笑う彼らの地面を文字通り薙ぎ払った。軽戦車の一つが雪とともに大きく飛んで、30mほど空を浮遊した後に着地する。
「英二! 大丈夫か?」
「うぎゃああああ! 飛んだ、俺飛んだよ今! まじパねぇ!」
氷上はその様子をみて、ちょっと後悔していた。
「もう少し強い機体で逃げさせてあげればよかったかな」
「いま、あの戦車浮いてなかったか?」
「よく無事だったわね」
湯村と柏木も口々につぶやく。輸送ヘリは戸田市よりも少し南に位置する上空300mくらいの地点で待機していた。
「さて。彼らの善戦もあって、ようやく戸田近辺までたどり着いた。戦車をぶった切るための高周波ブレードは持ってるな? 湯村」
「ああ。俺もあんな硬い戦車をブチ抜けるほどの自信はないから助かったよ」
湯村は腰に下げた高性能のブレードを見ながら答えた。
「どういたしまして。お。来た来た。じゃ、君も行っておいで」
「……この高さから?」
「君の能力なら大丈夫だって。着地のときに高速で何度か地面を蹴ればこの程度の重力加速度は無効化できそうだからな」
自信満々に発言する氷上を訝しげに見る湯村。
「あんたの最近の発言、いまいち信用出来ないんだよな」
「大丈夫。大丈夫。ほら、ぱふぱふでもしてやろう」
今日は地上に出ているためかなり厚手のコートを着ていた氷上だったが、少しだけ前のボタンを外した。下はいつもの胸元が大きく開いたブラウスと白衣を着用しており、その大きく開いた肌色の大地へ湯村を押しつける。
「あーーーー!」
「むぐむが」
強制わいせつの現場を見た柏木は、不満気に叫ぶ。湯村は氷上の胸の間で呼吸が出来ずにもがいていた。
柏木は急いで湯村を氷上から救い出すと、息も絶え絶えになった湯村が氷上の谷間から出てくる。
「どうだ? 大丈夫だと思える気になったか?」
「……少しな。いててててっ」
鼻の下を伸ばす湯村の足を、柏木は思いっきり踏みつける。
「……氷上さん。私たち、付き合ってるんでそういうの、やめてもらえます?」
「何を言う、今のは信頼と激励の抱擁じゃないか、なあ林田」
林田教頭はきっぱりと首を横に振った。
「私も、柏木くんの言うことが正しいと思われるのう」
「先人はいつも理解されない」
そう言うと、氷上は遠い目をしてみせた。
そのとき、モニターを見た林田が静かに言葉を発する。
「そろそろ、湯村くんを投入せねばなりませんな。これ以上あの重戦車がくれば、必ずやシェルターに被害が出ましょう。我々も狙い撃ちを免れません」
「そうだな。よし、行ってこい」
氷上は湯村の不意を突くと、扉の外へ押しやってヘリから突き落とした。
「うああああああ!!」
ヘリはかなりの高さにあった。もちろん、落ちれば死ぬ可能性も高い。
湯村は悲痛な叫び声を上げながら遥か下の雪原へと落ちていった。一仕事終わったと振り返り、さわやかな笑顔で氷上は柏木へ忠告する。
「私も柏木も、万が一に備えて異常遺伝子は活性化しておくぞ。いいな」
「……はい(この女、いつか殴ってやる)」
柏木は不満を露わにしながら、落ちていく湯村を心配そうに見下ろした。
そして、言われたとおりにイヤホンを耳に装着する。
「活性化」
「活性化」
二人の耳に聞きなれたクラシックが流れていく。落ちていく湯村も急いで叫んだ。
「活性化!!」




