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メーカー・ジャパン  作者: ラストラ
第一章 関東シェルター編
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働かざる者、食うべからず

 湯村と佐倉は、学園一階の学生食堂に来ていた。メニュー表には各種定食や、うどん、カレーライス、ラーメンとごく一般的なメニューが並んでいる。

 入り口には食券発行機が置いてあり、先払い形式になっていた。佐倉は電子マネーにもなっている学生証をかざし、『つけ麺大盛、トッピング全部のせ』を選択する。


「まったく動くと腹が減るよな。先行ってるぜ」


 先程のわだかまりなど無かったかのような自然さで、佐倉はラーメンコーナーへとむかった。湯村は券売機の前でしばらく迷っていたが、『和風ハンバーグ定食』を選ぶと、銀色の学生証を券売機にかざした。


 残額  1,202,420 円


「あれ?」


 湯村はもう一度"残額表示"ボタンを押して、学生証をかざす。やはり、電子マネーの金額に、記憶にない120万円が追加されていた。


「おい、まだ決められないのかー?」

「あ……いやすまん。今行く」


 湯村はこのカードをもらったときのことを思い出していた。





「なあ、学生証をこのカードにするのはいいけど、前の学生証に入ってた電子マネーとかどうするんだ?」


 移動するエレベーターの中で、湯村が氷上に話しかける。氷上は少しだけ考えるような仕草をしてから、湯村に答えた。


「前の電子マネー? ……ああ、古い学生証のことか。失念していたな。心配しなくていい。前回テロリストを片付けてくれた報酬が、多くはないが新しい学生証の方には入っている。当面の生活費はそれで何とかなると思うが」

「そうなのか? でも一応前の電子マネーから金を移しておいてくれよ。一円を笑う者は一円に泣く、だろ」

「割とジジ臭いことを言うんだな、君は。わかった。電子マネーは、私が責任を持って移しておこう」


 氷上は笑いながら湯村から古い学生証を受け取った。





「そうか。報酬か。待遇がどうのって言ってたな」

「もぐもぐ……なんか言ったか? 湯村」


 湯村が独り言を言うのを聞いた佐倉が、口いっぱいに麺を含んだまま顔をこちらに向けてきた。


「いや。何でもない」


 このネタで再び絡まれてはたまらないと、湯村は知らない風を装い、慌ててハンバーグにかじりつく。そして、120万円を何に使おうかと夢を膨らませた。





 メーカー・ジャパン、研究所ラボ


 湯村の細胞と遺伝子情報を計八つの画面で読み出しながら、氷上は重たい自分の胸を机の上に載せて、溜め息をついていた。


「林田。コーヒーおかわり」

「はい、ただいま」


 林田教頭は別の仕事を近くの机でこなしながら、氷上の身の回りの世話も同時に行っていた。彼の身のこなしは傭兵生活で鍛われたものであったが、氷上に甲斐甲斐しくサーブする様子はさながら執事の様にも見える。


「コーヒーです」

「あんがと」


 氷上は、厳しい顔をして八つの画面とにらめっこをしていた。しかし、一向に動かない彼女を見て林田は、氷上の傍に行き声をかける。


「煮詰まっておいでですか」

「うーん。煮詰まった、つーか、なんつーか。うん、煮詰まってるんだな、私は」

「自己の状態を正しく把握することが、まずは大切でしょう。あと、私でよろしければ、話し相手くらいにはなりますぞ。画面と話すよりはましかもしれません」


 氷上は少し上を向いて考えた後、体勢を起こした。


「そうだな。じゃ、ちょっと聞いてもらおうかな。専門的な話になってしまうが」

「なんなりと」


 氷上は、椅子を林田の方に180度回転させると、ディスプレイを背に話し始めた。


「私が昔、異常遺伝子を規定する塩基配列を見つけ出したのは知ってるか?」

「概要くらいですが」

「うん、それでもいい。遺伝子はたった四種類の塩基が31億個積み重なったいわば人間のプログラムだ。私はこの中の一部にある、特殊な遺伝子配列が、ある時期以降の人類に時折見られることに気がついた」


 林田は教職のために生物学ももちろん学んでおり、氷上の言うことは理解できる範囲であった。もちろん、氷上がわかりやすいよう解説しているおかげでもあったが。


「それが、『異常遺伝子』と校長が呼んでいるものですな」

「そうだ。異常遺伝子を能力者の共通部分とすると、さらにその後に、能力の内容を規定する遺伝子情報が付随する」

「うーむ。つまり、こういうことですかな」


 林田は、手元にあった紙切れにメモを書いた。


 普通の遺伝子・・・異常遺伝子+能力遺伝子・・・普通の遺伝子


「飲み込みが早くて助かるよ。31億の塩基に混ざって、異常遺伝子と能力遺伝子が連続して存在している。能力遺伝子を活性化アクティベートするためには、異常遺伝子という頭の部分の配列に、少し刺激を与えて能力を起動させる必要があるんだ。そうしないと能力遺伝子は、一部しか機能しない」

「なるほど。大分わかってきました」


 林田は時々メモを取りながら氷上の話を聞いていた。生来真面目なのだろう。氷上はその様子をみて、林田が話についてきていることを確認し、話を続けた。


「で、私が悩んでいるのは湯村の能力遺伝子部分なのだよ。通常、○○を○○にする、といった情報がここには記載されているのだが……」

「むむ? すみません。今のところがよくわかりませんでした」


 氷上は急ぎすぎたと気づき、説明を改めた。


「ああ、すまない。つまり、私の能力遺伝子だったら”頭の神経速度を速くする”という情報が書いてあるのだが、湯村のそれは、せいぜい細胞のタンパク情報を書きかえる、程度のことしか書いていないのだよ。であるのに、速く動いたり、細胞を硬質化させたりと、異常な能力を複数発現している。あいつの見ている”画面のようなもの”についてもよくわからん」


 氷上はそこまで言うと、加糖したカップのコーヒーを一気に飲んだ。


「細胞を変化させるにしろ、『どのように』変化させるかの記載が能力遺伝子にあるはずなのだが……」


 氷上は回る椅子の上でコーヒーカップを口にくわえたままくるくるとイスを回し始めた。考え事をするときの氷上の癖だ。やがて、回転が止まり、はっとしたように氷上は言う。


「あいつまさか、その変数を頭の中で組み上げているんじゃないだろうな」


 氷上がそう言ったところで、研究室内のアラームが鳴った。”外”からの攻撃の合図である。


「敵襲ですな」

「……らしいな」


 氷上はポケットに入った携帯電話に声をかける。


「コール、指令部へ。状況はどうなってる?」


 氷上の携帯電話が接続を確立すると、指令部のスタッフはすぐに返答を返した。


「氷上所長、東北方面から地上部隊がやってきます。数60、装甲車の一群です」

「現在位置は?」

「GPS上の久喜市あたりを南下中です」


 地上はほとんど雪に覆われており、高い山と超高層ビル以外はほぼ平坦な土地となってしまっている。そのため、位置情報にはGPSと旧地図情報を照らし合わせて位置情報をとっていた。


「林田。地上部隊はどこから出せる?」

「ふうむ。あの辺りですと上尾市と春日部市、あとさいたま市あたりから出せますな」


 林田は頭のなかの地図と組織の地下シェルターでの位置を考えながら氷上に答える。


「よし。ではさいたま市から5機ほどの装甲車部隊、春日部からは20機ほどの装甲車部隊をだせ」

「了解しました。さいたま市までおびき寄せることができれば、本部から『スパイダー』を出せますからな。通常の装甲車は仕留められましょう」


 林田はごくまともな意見を言ったつもりであったが、氷上はその考えを否定した。


「いや、今回はスパイダーは使わない。さいたま市の部隊は後退しつつ、戸田市付近まで敵を誘いこめ」

「氷上校長、お言葉ですが戸田市ともなりますと、若干シェルターの上端にひっかかります。もし彼らの爆撃で地上が崩れた場合など、市民に影響がでるかもしれませぬ」

「いや、私は関東地区のシェルター長じゃないし。そんなこと知らないよ」


 氷上の無慈悲な物言いに、林田の細い目が見開かれる。


「氷・上・校・長・殿!」

「あ、はいはい。そんな怖い顔しなさんなって。冗談だから。シェルターの出口近くに奴らを誘いこむ理由はちゃんとある。忘れたのか? 先週我々がスカウトした、高校生を」


 林田は一寸、氷上の言葉の意味を捉えかねていたが、徐々にその意味を判じると彼の顔色はみるみる変わっていった。


「まさか! もう実戦に投入すると申されますか? いささか危険が過ぎるじゃろう。ゴム弾と実弾では話がまるで違う」

「危険性ならあいつもわかっているだろうさ。そしてあいつはどうやら、私たちの組織にいること以外に、彼らと戦う理由があるらしい」


 林田はやれやれと首を横に振った。こうなったら、この人は誰にも止められない。この教頭は、それを経験的に知っていた。氷上も、林田が観念するのをわかっていて、彼に言う。


「湯村を呼んでくれ。お前の力が必要だとな」

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