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メーカー・ジャパン  作者: ラストラ
第一章 関東シェルター編
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実力テスト(後)



『兄ちゃん』



 不意に、子供の声が湯村の耳に聞こえる。湯村が久しぶりに聞く、懐かしく、そして絶対に忘れられない声だった。


『あきらめちゃ、駄目だ。兄ちゃん』

「……こう? 光なんだな? どこだ?」


 湯村は周囲を見まわそうとするが、体全体をゴム弾に押しやられ、僅かに首を動かす余裕もない。


『新しいコードを探すんだ、兄ちゃん』

「光! 行くな! 光!」


 閉じていた目を開いた湯村は、こめかみにあるディスプレイの感覚に力を込め、データウインドウを展開した。湯村にしか認識できない、青いディスプレイが彼の周りでめまぐるしく動き始める。


「これじゃない……。いや、違う。次のページだ。もっと、もっと他のコードを見せろッ」


 湯村は硬質ゴム弾によって、壁に身体を押しつけられながらも目を見開き、ディスプレイのデータを探しまわる。痛みは激しすぎてわからなくなってきていた。ゆっくりと裂け始めていた皮膚から少し血も流れて始める。それでも湯村は自分の身体など顧みず、データを探しつづけた。


 生きるために全力を尽くす。決して諦めないこと。


 それが、彼の双子の弟であるこうと双がした約束だった。


「……これ、だ」


 湯村が見つめた先には、彼にしか解析できない、彼の情報が記されている。湯村は最後の力を振り絞って、唱えた。


「コード C2x308801 00155699 から 879 に対して書き込み! パラメータ、00からFFに変更!」


 弾膜が壁に当たると、その威力の強さが伺える大きな音が訓練場に響く。ゴム弾は壁に当たると、次々に跳ね返ってはこぼれおちた。

 湯村が倒れ、ゴム弾に埋もれているだろう姿を誰もが想像する。しかし、湯村の姿は山のようなゴム弾の中にはなかった。


『湯村! おい聞こえるか湯村、無事なのか?』


 彼の姿が見えず、流石に心配し始めた氷上はマイクで訓練場に声をかける。


「なんとか……なっ」


 湯村が肩で息をしながら姿を見せたのと、37体のスパイダーが体のど真ん中を貫かれ、吹き飛んだのはほぼ同時だった。壁際を高速で動いていたスパイダーは一つ残らず瓦礫となって、崩れ落ちる。


「湯村くんっ!」


 扉を開けて真っ先に出て来たのは柏木だった。肩で息をする湯村の傍へ足早に駆け寄る。


「氷上さん、あんまりですっ。こんなにあちこち赤くなって血も出てる……かわいそうに」


 柏木は、湯村の頭を自分の胸に包み込むように彼を抱きしめる。湯村は息切れしていたため、抵抗するすべもなく、やわらかい柏木の体に包まれ、されるがままになっていたが、やがてそのまま気を失った。





「……わかっている。私は、自分の好奇心を優先させて、彼の安全を犠牲にしたんだ」


 人の話し声で湯村が目覚めると、ベッドサイドで氷上が誰かと電話で話している姿が見えた。


「うるさいな。君は私のなんだというんだ。十分に反省している。そうだ、彼がこれを機に、組織を抜けるようなことがあったら、私はそれを受け入れる。それがけじめだ。それでいいだろう」

「辞めないけどね」

「うわっ、何だ湯村。起きてたなら起きてたと言え」


 氷上は突然話しかけてきた湯村に驚いて、手元に持っていたハンカチを落とした。


「まさか、泣いてたのか」

「まさかでしょ」

「だよな」


 二人は笑いあった。氷上の化粧は少しだけ乱れた様子があったが、湯村はそれには触れない。ひとしきり笑った後、湯村が言った。


「弟の声が聞こえたんだ」

「弟? 君に弟がいたのか?」

「ああ、一卵性の双子ってやつ。俺とそっくりな双子がいたんだ」


 俯きながら語った湯村の言葉が、過去形であることに氷上は気がつく。


「いた、ということは亡くなったのか」

「多分……な。わからないが。あいつは俺の代わりに誘拐され、殺されたんだと思う。犯人は姿をくらまして、弟は帰ってこなかった」


 氷上はしばらく湯村にかける言葉を選んでいるようだった。


「そう……か、それは辛い思いをしたな」

「ははっ」


 湯村はその表情を見て、ベッドに横になったまま笑った。


「な、なんだ湯村。笑ったりして」

「あんたでも、そんなこと言うんだな」


 一回りも年下の少年に意外な指摘をされ、氷上は赤面しながら答えた。


「馬鹿にするな。これでも全校生徒300人と12000人のスタッフを抱える企業のトップだぞ。人のことを思いやる気持ちは持っているつもりだ」


 氷上は少し拗ねたように目をそらした。それをみて、湯村はまた少し笑う。


「そっか。なんかちょっと安心した。あんな攻撃機械を仕向けてくるあんたは血も涙もねぇと思ってたからな。……しっかし、あの機械の群れはきつかったぜ」

「……すまなかった」


 氷上は自分でも、興味が先行して後のことを考えない癖がある、という自覚があった。恐らくそれは、彼女の能力が未来予測であり、自分が失敗をするわけがないという根拠のない自信があるからであった。


「いやもういいよ。それに、久しぶりに弟に会えたしな」

「君はさっきもそう言ったな。一体いつだ?」

「ゴム弾に押しつぶされて死にそうになってた時。幻聴かもしれないけどな」


 一卵性双生児ならば、湯村と遺伝子が同じはずである。仮に人格や思考が遺伝子である程度規定するとすれば、湯村の心の中に彼の双子の兄弟がいてもおかしくはないのかな、と氷上はちょっとだけ考えた。


「はっ、私としたことが荒唐無稽なことを考えてしまった」


 もちろん、科学的常識をもつ彼女はその考えが非科学であると思いなおし、首を横に振った。


 ちょうどそのタイミングで、医務室の扉を開けて遠藤と外之内が入ってくる。


「湯村くんは目を覚ましましたか、所長」

「遠藤さんか。今、ちょうど起きたところだ」


 遠藤は嬉しそうに手元の資料を取りだすと、氷上と湯村に説明を始めた。


「湯村くんの能力が少しだけわかりましたよ。彼の能力は、細胞情報の書き換えというものかも知れません。先ほど湯村くんの細胞組織片を解析していたんです。ゴム弾が彼の組織を能力発動中に削り取っていたんでしょうね。そのおかげでサンプルを取得することができたんです」

「細胞情報の書き換えか。スピードはどう説明する?」


 周囲の状況を、たとえば一秒を百秒のように認識することだけなら、氷上にも恐らく出来る。それは脳内の神経速度の問題だからだ。だが、周囲の状況をいくら早く認識したところで、そのスピードで手や足を動かすのは、また別の話である。


「恐らく、半分は所長の能力に近いものも含まれると思います。外的情報を認識する頭頂葉近辺の神経細胞の高速化だけでなく、さらに全身の筋肉や皮膚、骨を形作る細胞同士の連結を緩め、運動機能も限界まで高めたためではないかと思われました」

「複数の領域でそれぞれの目的に合わせた異なる改変が行われているわけか。恐ろしい能力だな」


 氷上は湯村をしげしげと眺めた。そして、ふとある疑問が頭に浮かんだ。


「湯村。一つ教えてくれ。それだと、ゴム弾の壁から逃れられた理由の説明がつかない。どうやったんだ?」

「あー、よくわかんね。なんか、これだと思った情報をとっさに書き換えただけだったからさ。なんか、途中でゴム弾がそれ以上俺をつぶさなくなったのは覚えている」


 彼の皮膚がゴム弾を弾き返したというところから、氷上はとりあえずの結論を出す。


「なるほど。細胞の硬質化といったところか。細胞情報の書き換えは一様ではない、と。これまでの異常遺伝子の能力とはまた一風変わっているな」


 氷上は独り言のように思考を口に出しながら立ち上がると、湯村の方を向いた。


「じゃあ、私は行くよ。君の細胞サンプルと血液から採取された、莫大な遺伝子情報の解析しなくてはならないからな」

「俺も何か手伝うことがあるか」


 氷上は首を横に振ると、ニヤニヤしながら顎で湯村の足元を指した。


「解析の材料は揃ってる。丸一日倒れていたんだ。君はもう少し休みたまえ。無理をさせて本当にすまなかった。そんなことより、君の足元で倒れているお姫様が起きるまで、ここに居たほうがいいんじゃないか。彼女、君が倒れてからずっとそうして付き添っていたんだからな。この色男」


 湯村が足元の方を見ると、桜色のワンピースを着て湯村の足を枕に眠っている、柏木の姿があった。


「青春だねぇ。結構結構」


 すっかり元気を取り戻した氷上は、遠藤と外之内を引き連れ、高笑いをしながら部屋から出て行った。


「湯村くん……私が助ける。あなたは、私の……」

「私のなんなんだよ」


 そうして数十分後、ご丁寧に柏木が起きるのを待っていた湯村は、彼女に『寝顔を見るなんて』、とゴム弾に負けじと劣らないビンタを食らうのであった。

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