プロローグ
関東地方の空は、今日も変わらず雲ひとつない晴天である。
その晴れた空の下にも関わらず、物語の舞台は裏通りにポツンと建っている、薄暗い店内のゲームセンターから始まる。
「くそっ、上から来やがった。なんであのタイミングで飛べるんだよ!」
「……」
店内には3人の人間がいた。一人はゲームセンターの店員、あと二人は向かい合わせの対戦台に座っている二人である。他に客の姿はない。
「くそ、もう1ゲームだっ」
ゲームに負けた大学生風の男が、対戦台に紙幣を入れた。向かいの学ランを着た高校生の画面に『挑戦者乱入』の文字が表示され、再度二人は対戦を始める。
店内は二人がゲームを操作する音と、ゲームの音だけが寂しく響いていた。
やがて勝敗がつき、大学生の画面に「You lose」の文字が浮かび上がる。大学生は自分が負けたことに納得がいかなかったらしく、対戦相手に聞こえるように大きな声を上げた。
「おいおい、マジかよ! 何だよあの動き。ゲームの仕様超えてんぞ。チートしてんじゃねぇ!」
大学生は叫ぶだけでは気持ちが整理できなかったらしく、対戦台を思いっきり叩く。だが、悔しがる彼の気持ちも理解できた。
先週入荷したばかりの新作ゲームで戦っている割には、対戦相手の高校生は裏ワザでも使っているのかというくらい強すぎる。とはいえ、当の高校生の方はただの一発も必殺技を放たずに大学生に勝ったのだから、文句を言われる筋合いはなかったのだが。
「おい、テメェ、高校生だな? 表に出ろ。社会の厳しさ教えてやっからよ」
大学生は対戦台から立ち上がると、身長が180cmほどある大柄な男であった。その上、Tシャツから出た腕は、筋肉がしっかりと付いている。
高校生の方は髪こそ金髪に染められていたが、小柄で色白の整った顔立ちの男子だった。その男子は怖いのか、それとも度胸があるのか、大学生の方を見向きもせず、ゲームをしている。
「聞いてんのか、オラァ」
大学生が椅子ごと高校生を蹴り飛ばした。高校生は店内を転げ、地面に倒れる。
「お客さん、揉め事は困るよ」
客は彼らだけである。店員がすぐに注意に行くと、大学生は凄みを効かせ、店員を睨みつけた。
「あ……あはは、ま、まあ、穏便にね。台は壊さないように頼むよ」
店員はその剣幕に恐れをなして去っていく。その頃には高校生は、ようやく頭を抑えながら立ち上がることが出来た。
「いっててて……。何なんだよ、オメェはよ」
「何なんだよじゃねぇ! テメェこそ何なんだ! ゲームに細工しやがって。俺の対戦料金返しやがれ」
「何で返す必要があんだよ。テメェが弱いだけだろうが。グダグダ言うんじゃねぇよ。みっともねぇ」
小柄な高校生は、その大柄で筋骨たくましい大学生に負けじと言い返していた。店員は落ち着かない様子でその様子を覗き見ている。やがて、対戦台の高校生側の画面に『タイムアップ』が表示され、ゲームオーバーとなった。
すると、今まで大学生に物怖じせず睨み返していた高校生がうろたえ、声を上げる。
「あー! 終わっちまった! せっかく少ねぇ小遣い貯めてプレイしたのに……なんてこった……」
先ほどの大学生が1プレイするのに紙幣を投入し、今この高校生が肩を落としている様子から伺えるとは思うが、このゲームセンターは1プレイ2000円である。しかし、決して暴利ではなく、比較的良心的価格なのであった。
高校生は急に大学生の方を睨みつけると、出口に向かって歩き始める。大学生があざ笑うように声をかけた。
「なんだ、逃げんのか?」
「ちげーよ、店に迷惑かけるから表出んだよ」
そうして、二人はゲームセンターを出て行った。店員は、二人が居なくなるといそいそとゲーム機の電源を落とし、コンセントを抜く。
「全く。もめるのはいいけど、電源くらい落として行ってくれよな」
二人はゲームセンター外の裏路地を少し歩いたところにある空き地にやってきた。大学生がファイティングポーズをとって少年に構える。
「生意気な中学生をいじめるのは気がひけるんだが、これも人生勉強だと諦めるんだな」
「うるせーおっさんだな。いいからかかってこいよ。ゲームと同じにしてやっからよ」
金髪の高校生は学ランを脱ぎ捨てると大学生に向かって悪態を付く。大学生はそれで、完全に頭に血が上った。
「ゲーム代を払うか、それとも俺にリアルファイトでボコられるか、選ばせてやろうと思っていたが、今決めた。両方だっ!」
よくトレーニングされたフットワークで、大学生はその小さな高校生との距離を詰める。そしてあっという間に右ストレートをその少年の顔に叩きつけた。
「なんだと?」
しかしそこにはもう、少年の姿はなかった。少年は、大学生の拳より少しだけ外側に体を逸らしている。
「わりぃわりぃ、ちっせえから外したか!」
大学生の左フック。しかしそれも空を切る。右。左。右、右、左。大学生の攻撃は次々に避けられていった。まるでさっきのゲームのように。
「クソ! クソ! なぜ当たらん! 俺はボクシング大会入賞者だぞ! こんな中学生なんかに避けられるはずがねぇ!」
大学生がさらにパンチを振るうが、その攻撃はことごとく少年に躱されていった。
「はぁ、はぁ、はぁ……てめぇ、何者だ? 普通じゃねぇな」
肩で息をし始めた大学生が尋ねると、少年は面倒くさそうに答える。
「別に。ただのゲーマーだよ。ちょっとスネてるけどな」
「へへ、そうかい。不良ってわけか。道理で喧嘩慣れしてると思ったぜ。なら、俺も遠慮しなくていいか」
大学生は不敵に笑うと、ポケットから金属のメリケンサックを取り出して両手にはめた。
「おいおい。危ないもの持ってんな」
「そうさ。しかもこれは特別製なんでな。そうやって余裕ぶっていられるのも今のうちだ!」
そう言うと大学生はまた拳を振るう。拳は、高校生の制服を、少しだけ持っていった。
「うわっ。っと、あぶねぇ。何かスピード上がってねぇか?」
「ふははっ。パワーも上がってるぜ。これで貴様は終わりだ。もう怪我じゃすまねぇぞ!」
「筋力補助メリケンサックか。非合法なもん持ってやがる」
「くらえぇぇ!」
「ちっ」
ついに大学生の拳が少年の体に届いた……かに思えた。
「ぐふっ」
しかし、声を上げたのは大学生の方だった。体を後ろにひねった少年が、拳を避け、大学生の顎を背面蹴りで捉えている。
「な……あ……」
大学生は脳震盪を起こし、目を回してその場に倒れた。そこへ学ランを拾った高校生が歩み寄ってきて腹を蹴り飛ばす。
「ぐぁっ」
「もう二度とあのゲーセンに近寄るんじゃねぇぞ」
少年がさらに二度、三度と大学生を足で嬲ると、大学生はコクコクと頷いた。
「わ、わかりました」
「後2つ、言いたいことがある」
「何だ……いえ、何ですか」
「俺はゲーム機に細工なんかしてねぇ。お前が負けたのは、実力差だ。幼い頃から俺は、集中するとなぜか相手の動きが遅く感じられるんだ」
そう言うと高校生は大きく脚を振り上げた。大学生の顔が恐怖に歪む。
「ひ、ひい! もう許して下さい!」
「駄目だ。お前は許しがたい間違いを犯した。俺は……高校生だっ!」
空き地に大学生の悲鳴が響いた。
「湯村じゃねぇか。今日は随分と早い登校じゃね?」
金髪の高校生が2限目を終えた教室に入ると、長身のスポーティーなメガネ男子が声をかけてきた。湯村と呼ばれた男子高校生、そうこの物語の主人公である湯村双は、ふてくされた表情のまま教室の椅子に腰を下ろす。
教室はさきほどのゲームセンター同様に薄暗く、お互いの顔も近づかないと認識できないほどである。それでもこの長身の男子高生が彼を認識できたのは、湯村が金髪であったおかげであろう。
「ウース」
「うわ、機嫌悪っ。何かあったか?」
この少しグレた主人公を気遣うメガネ男子は佐倉直人。高校1年生にしてバスケット部のエースである。
「どうもこうもねぇよ。先週出た『どらまぐ4』。やっとかき集めた小遣いで遊んでたら、クリア前に変な大学生に絡まれちまってな。1コイン無駄になった」
「うわー、そりゃツイてねぇな。じゃあ、俺と来週行こうぜ。まだやってねぇんだよ」
「いや、やめとくわ。正直今日であのゲーム、止めようと思ってたんだ。攻略の余地がもうねぇ」
「またかよ、お前。店頭に並んで一週間だぜ」
「仕方ねぇだろ、どんなゲームでもちょっと遊んだだけで大体攻略できちまうんだからよ」
「お前のそのゲーム脳、他には全く役にも立たないけど地味にすげーよな」
「うるせぇ、バスケ馬鹿」
湯村は佐倉の隣にある自分の席に腰を下ろすと、引き出しに入った携帯ゲームを取り出して遊び始める。
「ん? お前、それ『どらまぐ2』じゃねぇ? 何で持ってんだよ。ちょっと貸してくれ」
「馬鹿か、お前。充電すんのにいくらかかると思ってんだよ」
「わかったわかった。じゃあ、金出すから15分だけ貸してくれよ」
「5000円な」
「……やっぱいいや」
先ほどのゲームセンターが必要以上に節電している理由。そして、湯村が携帯ゲーム機を友人に貸さない理由。それは現在、この関東地方で電気代が高騰していたからであった。
説明が遅れたが、ここは地上ではない。地上から数百メートル離れた地下である。彼らが居るのは、シェルターと呼ばれる巨大な地下空洞内に建設された高校であった。
先ほどのゲームセンターももちろんこの地下シェルターにある店舗の一つである。現在、人類は巨大な地下シェルターの中に完全移住していた。
「授業を始める。みな、前を向くように」
黒板には文字がようやく判別できる程度のささやかなスポットライトが点灯していた。教室にも明かりがついていたが小さな豆電球であり、せいぜい互いの位置がわかるよう申し訳程度の明るさしか無かった。
「俺が小学生の頃はもっと自由にゲームが出来てよかったなぁ」
「湯村くん、ゲームやるなら休み時間にやりなさい。液晶の光が丸見えだよ」
「うるせぇよ、クソ教師」
人々が地下に移住した理由は、ここ数年で急激に地球の気温が低下したためである。年を追うごとに気温は低下の一途を辿り、地表はどんどん氷に覆われていったのであった。
気温が上がらないため積もった雪は氷になり、氷は夏になっても溶けず、冬になればその上にまたさらに雪が積もる。そんな月日を繰り返しているうちに、地上のほとんどの施設は氷漬けになってしまった。
慌てた人類は地下シェルターを建造し始める。数年かかったが現在は、ようやく住居の安定供給ができるようになった。しかし、大きな課題が残った。人々が地下で生きる為のエネルギーである。
「はい、じゃあ、湯村くん。ここの文、読んでくれるかな」
「暗くて読めません」
人々が地下で暮らすためには莫大なエネルギーを必要とした。暖房や照明、調理などもそうだ。それを何千万人分もである。当然、エネルギー源の転換が必要となった。
幾度も会議が行われたが、人々が最終的に選んだのは、原子力エネルギーによる発電を最も主たるエネルギー源とすることだった。
だが、原子力エネルギーというのは現代に置いて、ある理由から、最も危機にさらされる可能性のあるエネルギーである。
『ウーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』
授業を中断せざるを得なくなるほどの音量で、サイレンが学校中に響き渡った。
これは、テロリストがこの地区に来たことを住民に知らせるためのサイレンだった。生徒たちは暗がりの中、お互い顔を見合わせると、それぞれ慣れた手つきで身支度を整えていく。
「谷野先生、結婚したんだって」
「え? うっそー」
先に身支度を整えた他クラスの生徒がおしゃべりをしながら足早に廊下を駆けていく。佐倉と湯村もすぐに必要なものをまとめて教室を出ると、集合場所である体育館へと急いだ。
「非常警報か。3日ぶりだな」
「毎度毎度、よくやる」
彼らの態度に緊張感が欠落していることからわかるように、ここ地下シェルターにおいて、テロは非日常のイベントではない。通常なら生徒たちから悲鳴の一つでも聞こえそうなものだが、彼らの表情は普段と変わらず、廊下は話し声で騒がしいほどだった。
もちろんそれには理由がある。この、とある組織によるテロ活動は一週間に数回もの頻度で勃発しており、2、3時間もあれば自衛隊や警察に制圧されるのが常であったからだ。
そのため受験生でない多くの学生は、少し長めの休憩時間のようにとらえている者も少なくない。
「3日前のはなんだっけ」
「たしか、地区内放送では、近くのガソリンスタンドを占拠したって話だぜ」
「おいおい。AAAって反核集団だろ。ガソリンスタンドは関係ねーだろ」
「さあな。テロリストが考えることなんて、俺にはわからん」
テロ組織は正式名称をAnti-Atomic power-Anonymousという。頭文字を略してAAAと呼ばれていた。核戦争はもちろん、核エネルギー、すなわち原子力発電に対してまで猛反発をする集団である。
地下シェルターに人々が住み始め、主たるエネルギーを原子力に頼るようになってからというもの、その活動は勢いを増していた。もともと大通りでのビラ配りや街頭演説程度であった彼らの活動は、今や原子力発電所を制圧することを目的とした過激な武装活動へと発展していた。
荷物をまとめた湯村と佐倉が、廊下を体育館へ向かって走っていると、前方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。年配の女教師が2、3名の生徒を引きとめ、叱責していたのである。
「あなたたちは! バスケットボールでドリブルしながら避難するなんて! いいですか。これはテロリストの被害を最小に抑えるための実践なのですよ。あなたたちのそうした行動が余計な犠牲者を……」
「うわっちゃー、小野ちゃんが怒っている。つーか、あれうちの先輩たちだ」
「まあ、確かにいくらテロが日常茶飯事とはいえ、ドリブルしながらの避難はやりすぎかもな」
歩みを緩やかにし、他の学生に紛れる形で体育館へと向かう二人。白髪混じりの小柄な女教師はバスケ部の生徒に説教を続けており、二人は余計な注意を受けないように廊下の隅を移動した。
「すみませんでしたッス」
「軽率でした」
ドリブルをしていたバスケ部の上級生達は教師に謝るとボールを手に持つだけにとどめ、元の避難の一群に加わる。避難中であることもあり、小野の叱責も長くはならなかった。
「わかればいいんです。全く」
それだけ言うと、小野は体育館へ避難していく生徒に優しい笑顔を向けた。この教師の名前は小野節子。彼女は厳しい教師としても有名であったが、生徒思いの先生としても有名であり学生からの信望も厚い教師であった。
小野が体育館の入り口に到着するころには、ほとんどの生徒が避難を済ませていた。彼女は体育館の中へは入らず、入り口に立って最後の生徒が中に入るまで避難の誘導を行う。
やがて最後だと思われる生徒が体育館に入ると、周囲を確認して体育館の中へ入り、扉を閉めた。扉を閉めた彼女に、聞き覚えのない男の声が話しかけてくる。
「あんたで最後かな。手を挙げてゆっくりこっちを見るんだ。妙な真似はよしたほうがいい」
頭に硬い物を押しあてられるのを感じながら、小野がゆっくりと振り返ると、フェイスマスクをした黒ずくめの男が彼女の額に銃口を向けていた。




