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草食の白

作者: 相口夏来

 紫外線だけが突き刺さる。



 それ以外は何もかもが、輪郭をなくし、その体を失っているというのに。


 手に握っていたアイスも溶けきってしまった。

 何も書かれていない木の棒だけが残っている。


 まっすぐ続く、近所のアスファルトの道には逃げ水が見えている。

 足元で既に固形だったアイスが蒸発したというのに、水があると錯覚する気にもなれない。


 頭も感覚に対して鈍くなりつつあるようで、すっかり働いていない。



 ただ、それでも汗は出る。

 じっとしていても汗が出る。



 もう、かれこれ一時間は経とうとしている。

 せっかく部活を休みにしてもらい、予定を合わせてプールに行くよう彼女に約束を取り付けたのに。


 というか、そもそもプールに行きたいといったのは彼女の方だ。

 運動系に積極的になった事はないが、彼女の望みであれば仕方がない。


 活発な彼女からすれば、その要望も頷ける。

 そして、この時間にルーズなのもこれまで付き合ってきた中で、よく分かっている。



 それにしても暑い。

 日の遮られた、涼しい静かな部屋で本を読む部活の時間が恋しくて仕方がない。



 気が付くと、その記憶のうちの光景が目の前に広がっている。

 意識も朦朧としだしたらしい。

 自ら持ってきて机に積み上げた本のタワーの隣で、ゆっくりと読んでいる自分。


 昨日のお前が羨ましくて仕方がない。

 昨日のお前は、きっと今の俺が羨ましい存在であると考えていただろう。

 残念だったな、読書に気を取られて彼女のルーズさを忘れている。


 そこまで考えたところで、何度目かの想起は一旦終わった。

 ふと目線を脇に遣ると、頑なに、と言い難いほどにゆらゆらと残り、きらきら光を反射する逃げ水の中に、彼女の姿を見つけた。



 自分はやっと、真っ白な壁から背中を離し、自立して彼女に向かい合った。


 ビニールのバッグを肩に掛け、麦藁帽子をかぶっていた。

 うん、かわいらしい。


「この麦藁帽子、かぶってけってお母さんに言われて…変でしょ」

「まあ、最近の子らしくはないよね」


 正直に自分の意見は述べたが、正しくない。ほとんど冗談だ。


「待った?」

「いいや、全然」


 正直に述べてすらいない。勿論正しくない。社交辞令の嘘である。


「ええーっ! そんなあ」


 すると、暗がりの顔が帽子の鍔に隠れた。


「え、どうして悔しそうなの?」


 素直な疑問である。

 すると、落ちそうになったワンピースの肩紐を掛けなおして彼女は顔を上げた。

 どこか不満げだった。非難する気はないが、何のつもりだろう。


「どういうこと?」


 彼女は小さく口を開いた。


「せっかく焼けてもらうために、一時間空けたのに!」



 なるほど。紫外線が突き刺さるはずである。

 彼女の意志を、自分は正しく汲み取って待ち続けたのか。



 ちょっと誇らしげに、自分は手を差し出した。

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