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5. 読めないスキル

 奥のカウンターでは、女主人のフリッカ・ディッカが一人ゆうゆうと煙草を吸っていた。ちょうど、前の客が席を空けたばかりのところだったらしい。薄暗いその空間には煙草の煙が充満して、怪しげな雰囲気を醸し出していた。フリッカ自身も、原因の一つかもしれない。一体何歳なのかわからないが、台の上に肘をついた彼女からは、成熟した女性の色香が漂っている。


 リディアは特にためらうことなくそちらへ進んだ。カウンターの上に討伐の証である”竜の牙”を乗せる。

 ちろりとフードの奥のリディアの顔を見やって、女主人は煙草の煙を吐き出した。灰紫の煙が天井へ上って行く。


「それじゃあ、ステータス・カードを出してちょうだい」


 かすれ気味な声がそう告げた。


 ステータス・カードというのは、その名の通り、その人物の状態(ステータス)を表すカードだ。魔力のこもった品で、ノワディルドの民は15歳以上になるとこのカードを持つことを義務づけられている。


 リディアは、自分のカードをフリッカへ差し出し、必要な部分を展開させた。


  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  魔術師 リディア

   体力: 72 / 79  術力: 312 / 312

   汎用スキル:魔道具精製、調合

   特殊スキル:****


  [ 冒険者ランク E ]

   ・引受中の依頼…1件

      ▶城壁東地区の眠り竜(ドラゴン)を討伐せよ

  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 これは、ステータス・カードの中でも”冒険者ステータス”と呼ばれる部分の一部だ。依頼をこなすためには、最低限これらの情報を開示することになっている。

 本来、このカードにはもっと多くの項目が記載されている。たとえば、酒場でパーティを組む仲間を探すときには、魔術適性の内容や持っている装備品を公開することができるし、冒険者ステータス以外にも、身分証明のために本名や職業、年齢、住所などを展開することもできる。しかし、それらは今は必要ない個人情報なので、わざわざ出したりはしない。



「はい、確かに受け取ったわ。討伐の同行者は?」


 フリッカはリディアのカードを一瞥しながら尋ねる。


「魔術師、フレイです」


「ふうん。魔術師二人だけで?」


「はい」


 面白がるような女主人の声に、リディアは律儀に答えた。

 眠り竜討伐は、冒険者ランクがEのリディアでも引き受けられるような依頼だ。本当なら、魔術師二人だけで討伐したとしても何もおかしくはない。しかし、この様子だと、フリッカも知っているのだろう。リディアたちが眠り竜を起こしてしまったことを。

 寝ている状態の眠り竜を討伐するのがEクラスの難易度だとすれば、起きている眠り竜を倒すのはC程度の難易度だ。騎士や拳闘士といった盾要員もなしで、あの竜の一撃に耐えるのは厳しい。『壁 構築(ウォール)』が使えなければ、リディアたちも苦しい戦いを強いられただろう。


 そもそも、眠り竜は滅多なことでは目を覚まさない。一年のうちの大半を寝て過ごすという、かなり鈍感な生き物なのだ。それを、早朝の街に響き渡る大爆発で起こしたのだから、噂になっていても仕方がないのかもしれない。リディアは、爆発を引き起こした弟の顔を心の中に思い浮かべる。一瞬だけうらめしく思って、しかしすぐに打ち消した。


(フレイの魔力の暴走は、もとはと言えば私のせいっぽいしね)


 思わず、カウンターに乗せられた自分のカードを逆さまにのぞきこむ。あいかわらず同じその特殊スキル欄の表示を見て、眉根を寄せた。義務づけられているので仕方なく開示しているが、本当は誰にも気付かれたくないスキルだ。この世界の言葉ではない言語で綴られているそのスキルは、少々厄介なもののようだった。


「ねえ、あんたの特殊スキルって、これなんて読むの?」


 リディアの視線をたどって、フリッカがカードを指差した。気付かれてしまったらしい。


「さあ。これって、字じゃなくて何かの模様なんじゃないですか?」


 前世、日本の言葉はここイム・ギィナの人々にとっては飾り模様のようにも見える。そのことを逆手に取ってリディアはとぼけてみせた。今までも、つっこまれたときは大体こうして逃げている。


 スキル欄に模様ねえ、とつぶやきながらフリッカはカードに目を落とした。リディアのカードに、他に特に不審な点はない。


「まあ、いいわ。討伐ごくろうさま。証の品は確かにいただいたわ」


 言いながら、フリッカは一番下の依頼内容の行を人差し指でなぞった。すると、その行は消えて空欄となり、”引受中の依頼”は0件へ変わった。これで、依頼が消化されて冒険者としてのポイントが加算される。同時に同行者であるフレイのカードにもその情報が加算されたはずだ。


「あら、あんたもうすこしでランクDになりそうよ」


 カードから情報を読み取っていたフリッカが言う。


「え、もう?」


 ランクFから始めて、採取や精製でこつこつと稼ぎ、最近やっとランクEに上がったばかりだったのだ。討伐にはまだ数回しか行ったことがない。


「起きてる眠り竜を倒したのが評価されたみたいね。次の依頼受けるなら、あっちの掲示板で確認しなさい」


 女主人はリディアに報酬の白銀貨を渡してカードを返すと、横手の壁を手で示した。掲示板にはところ狭しと依頼の紙が貼付けられている。

 礼を言って、リディアはカウンターを離れた。






(あっ、これなんて良さそう)

 

 掲示板の張り紙の中の一枚に興味を引かれて、リディアはその前で立ち止まった。南の森に現れるフォートベアを五匹以上討伐せよ、というものだ。

 フォートべアは熊型の魔物で、体は大きいがそのぶん動きも遅い。しかし、空腹時に餌を求めて思わぬ素早さで暴れ回ることがあるため、注意は怠ることができない。南の森に入った近隣の住人が何人か襲われているようだ。

 報酬は白銀貨五枚。なかなか条件の良い依頼だ。


(学院ではありえない報酬だな)


 実は、依頼は魔術学院で受けることもできる。主に黒魔術科の学生を対象として、学院が間に入って人々から依頼を受けているのだ。しかし、学生用に選別されているためか、依頼のバリエーションや報酬の量がフリッカの酒場とは比べ物にならない。


(この依頼、毛皮が捕れそうなのがおいしいとこだよね)

 

 フォートべア討伐依頼の推奨ランクはD。しかし、対象はランクC〜Eと書いてある。これならリディアでも引き受けることができそうだ。

 フレイはすでに冒険者ランクDになっている。黒魔術科の演習で街からの依頼を受けて魔物を討伐しているためだ。アーシュのランクはよく知らないが、王宮騎士になる以前はCくらいだったはずだ。あの二人のどちらかと一緒なら、このくらいの依頼は大丈夫だろう。


 そう考えたとき、ふっとため息が出た。リディアは自分では攻撃魔術をあまり使えないため、討伐や戦闘のことを考えると、どうしても同行者頼りになってしまう。周りに頼っていてばかりでは良くないと思うのだが、適性の都合上どうにもできない問題だ。


(私ってダメだなあ。でも…これも家族の絆を深められることだと思えば…)


 最初から、酒場や学院で討伐のパーティを組む仲間を探す気はない。せっかく一緒に冒険に出てくれる家族がいるのに、それを差し置いて他人と出かけるなんてできなかった。「家族をだいじに!」がリディアのコンセプトである。

 もちろん、自分よりよほど強い彼らが、この程度のことで怪我をしたりしないことは承知の上だ。


 迷いを振り切るように頭を振って、リディアは依頼の紙を手にカウンターへ戻って行った。


 






 帰り道。リディアは、下層区の繁華街を抜けて夜道を歩いていた。人気がなく、さきほどまでのにぎわいが嘘のように静かだ。半分欠けた月が中天にかかり、淡い光を落としている。


「月は、変わんないなあ…」


 ぽつりとつぶやいて、空を見上げる。その表情はどことなく寂しげだった。

 一人で歩く夜道は少しだけ心細く、前世のことが思い出された。たまに、こんなふうに異界に放り出されたような気持ちになることがある。自分には帰るべき場所があるのに、たまらなく不安になってしまう。


 そのとき、道の向こうから、ちゃく、ちゃく、という軽い足音を立てて、金色の毛並みの大型犬のような生き物が姿を現した。まっすぐにリディアに向かって歩いてくる。賢そうな目には優しげな光が浮かんでいた。


「キラ!」


 リディアはキラに向かって数十歩の距離を駆けた。そばに寄って、やわらかい毛並みをぎゅーっと抱きしめる。キラはおとなしくされるがままにしていた。


「迎えに来てくれたの?」


 目を合わせて尋ねると、金色の瞳がリディアの問いに答えるように瞬いた。そして、主人に甘えるように鼻をこすりつける。

 キラは、リディアがどこにいても、いつも必ず見つけ出してくれるのだ。


「ありがとう、キラ」


 リディアはキラの頭をなでてから、そっと立ち上がった。


「じゃあ、帰ろっか」


 微笑んで、ゆっくりと歩き出す。大事な家族が迎えに来てくれたからかもしれない。不思議と、寂しい気持ちは薄れていた。


 

11/18 依頼の報酬を白銀貨に訂正しました。

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