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50. 気配と覚悟

 はっと目を見開いたリディアに、フレイは真剣なまなざしを返した。「口で説明するのは難しいけど」と前置きをして、ゆっくりと話し始める。


「リディアも、禁術使いが気配に敏感なのは知ってるな?」

「うん。確か、場の空気とか精霊の状態をきちんと見極めないと、禁術は使えないんだよね?」

「ああ。だからいつも、禁術使いは周りに気を配ってる。ギルトラッドも、多分俺と同じ。――人にはそれぞれ、魔力の質みたいなのがあって一人一人違った気配を持ってる。炎に偏った奴、魔力が風前の灯みたいな奴、底が読めないほど混じり合った奴……、色々な奴がいる。それで大体、得意な属性がわかったりもするな」


 弟の言葉に、リディアはかすかにうなずいた。彼が言っている意味はなんとなくわかる。禁術使いほど鋭敏ではないにせよ、魔術師は皆多かれ少なかれそういった気配を読んで術を使うものだ。


「だけどリディアは……それが、普通の奴と違う。揺らいでるんだ」

「揺らぐ?それ、どういうこと?」


 見上げると、フレイは姉の周辺を探るように見つめてから、息を吐いた。


「ああ……今も、だな。今も揺らいでる。いや、というよりノイズが混じってるとでも言うべきか。――お前の気配は、読みにくい。時々別の空間に飲み込まれてるんだ。ほとんど全部消えかかってるときもあるし、そうじゃないときもある。すごく、不安定だ」


 言いながら、彼はリディアの頭の横に手を伸ばした。目には見えない気配を確かめているのかもしれない。目を伏せたその表情は、影になっていてよく見えない。


「これに気付いたとき、始めは、お前の空間魔術の適性のせいだろうと思った。特殊だけど……別に、騒ぐほどのことじゃない、と」

「だから、私に何も言わなかった?」

「ああ、その通りだ。だけど――」


 フレイは、伸ばした手を宙でぎゅっと握りしめた。こぶしが震えている。


「前に南の森でマンティコアに襲われた後、お前、『次元移動トランスディメンション』を使っただろう。あのとき、気付いた。――つながってるんだ。あの術でお前が呼び出した真っ黒の異空間と」

「……どういう意味?」

「お前は、いつも半分異空間にいるみたいな状態なんだよ。今だって。いつ、消えてもおかしくない」


 言い切った弟は、顔を上げてこちらを見つめる。漆黒のその目の中に、嘘偽りはなかった。


(ああ、そういうことか)


 フレイの言葉は、リディアの胸にすとんと落ちた。妙に、納得してしまう。ある意味、予想通りだったとも言える。リディアはもともと、この世界の人間ではなかった。異世界――違う空間から来た人間。だから、この世界の空間になじむことができない。


(だけど、ただ、それだけのことだ)


 いつかのようにうじうじと悩む気はもうなかった。弟は、リディアがこの世界になじめない理由を――リディアの前世を、知らない。姉の不思議な気配は、さぞ訝しかったに違いない。

 それでも、こうやって側にいてくれる。今はただ、それだけでよかった。


「私にそれを伝えなかったのは……心配してくれてたからなんだね?」


 目を合わせたまま、尋ねる。否、もう確信していた。自然と微笑が浮かぶ。弟は一瞬驚いたように眉を上げ、それから軽く息をついた。


「なんか吹っ切れたみたいだな」

「うん、フレイのおかげ。一緒に訓練してたらなんか悟った」


 リディアが異世界の人間であろうとなかろうと、変わらないこともある。今はそう信じることができる。


「私は、まだまだ消える気なんてないよ。この世界ここでいっぱいやりたいことあるし。だから、フレイも付き合ってね」


 にっ、と笑って視線を向けると、弟はがしがしと自分の頭をかいた。ため息まじりの返事は、


「はいはい」


 ――心なしか嬉しそうな声だった、と思うのはリディアの勘違いではないかもしれない。




 

◇◇





 それから数日は、家の中で大人しく過ごした。とは言っても、研究の資料はすべて魔術学院にあるので、研究を進めることもできず、かといって魔術の訓練をするわけにもいかず。大抵は家の中の図書室で本を読みふけるか、寝台で魔獣型のキラとごろごろするか、という自堕落な毎日だった。時折、マリエルやドリーが訪ねてきて、そんな生活を叱咤されたり無駄話に花を咲かせたりすることもあった。


 けれど。そんなつかの間の平穏は、一通の手紙によって打ち破られることになる。それは、ファビウス家に届いたとある招待状だった。連日、各所から送られてくる茶会や夜会の招待状、その中の一つ。

 兄弟全員がそろった夕食の席で、クライブに静かに声をかけられたとき、リディアは頭のどこかで嫌な予感を覚えていた。


「リディア」

「どうしたの、クライブ兄さま」

「三日後に、夜会の予定が入ったよ」

「夜会?だけど、私はしばらく家から出ちゃいけないって……」

「うん。そのつもりだったんだけどね。これはさすがに断れないよ。――王妃様、じきじきのお誘いだ」


 言って、クライブは花柄のあしらわれた上品な封筒を差し出す。緋色の封がされたその中には、確かに三日後の夜会の招待状が入っていた。差出人の名前は、アビゲイル・ディ・ノワディルド。ギルトラッド王子の実母に当たる第二王妃だ。


「兄さま、これ……」

「明らかに、何かあると考えるべきだろうね。このあいだの戦闘演習のことで、リディアたちは目を付けられているようだから。……フレイがまだ夜会に出られないことは幸いだったかもしれない」


 クライブはちらりと黒髪の弟の方を見やる。魔術学院に通っているフレイは、まだ男性として一人前と見なされないため社交の場に出ることはできない。視線を受けてフレイは不満そうに声を上げかけたが、隣に座っていたアーシュがそれをさえぎった。


「では、リディの付き添いは誰が?兄上が行くつもりか?」

「いや。私より、アーシュの方が適任だろう。……荒事になるかもしれない」


 その言葉に、兄弟たちは一瞬言葉をなくした。めいめいが三日後のことを考え、押し黙る。

 窓の外には、春の終わりが近づいてきていた。



 




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