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32. ありふれた襲撃

多少戦闘描写があります。ご注意ください。

 

 なぜ、などと考え込んでいる時間はなかった。わけがわからないながらも、すぐに最適な防御魔術を頭の中で弾き出す。


(えっと、魔術防ぐには……『魔障壁(バリア・マジック』?風の術が来るなら、こっちは反対の地属性で……)


「深き大地に眠る精霊よ、我が呼び掛けに応えよ。我は(ことば)を知り、(ことわり)()る者。望むは、母なる大地の守護、我が前に広がる強固なる盾……」


 急いで唱え始めたのは、覚えたての対魔術用防御壁。まだ慣れないため短縮詠唱ができない上、今は杖がないので魔力のコントロールも安定しない。それでも、なるべく早口で呪文を唱えて、術を編んでいく。

 最近よく街の外に出て魔物と戦っていたのが、功を奏したのかもしれない。戦いに慣れていなければ、こんな風にとっさに詠唱することなどできなかっただろう。 


「……悪しき風刃からこの身を護れ。『魔障壁(バリア・マジック』」


 言い終えると同時に、リディアの前面の空間がうっすらと輝き、薄い膜のような障壁で覆われた。防御魔術が発動したのだ。

 ――それは、本当にぎりぎりのタイミングだった。


 次の瞬間、目の前の開け放たれた窓の向こうから真空刃が襲ってきた。出来上がったばかりの防御壁がみりみりと音を立ててたわむ。


「くっ!」


 リディアに向かって放たれたのは、非常に錬成度の高い攻撃だった。まともにくらっていたら、ただの怪我ではすまされなかっただろう。防御壁へかかる力はあまりにも強い。

 目の前で、風の刃と地の障壁の攻防が繰り広げられる。けれどもそれは、明らかに攻撃する風の側が優勢だった。見る間に、障壁が押されていく。

 体にかかる重みに、リディアは唇を噛んだ。相手の詠唱の長さからすでに予想はついていたが、やはり殺傷力の高い高位魔術だ。とっさに防御を構築したものの、とてもその場しのぎの術で防ぎきれるものではない。

 やがて――ばりん、と薄氷が割れるような音がして、『魔障壁』が砕けた。衝撃で、体が壁際まで吹っ飛ぶ。したたかに背中をぶつけて、リディアはぐっとうめいた。


「失敗したか……」


 聞き覚えのない声に顔を上げると、いつのまにか室内に魔術師が立っていた。長いローブをまとってフードをすっぽりとかぶっているため、その顔は見えない。


「……っ、誰よ?なんでいきなりこんなこと…」

「だが、まあいい。このまま完遂するだけのこと」


 魔術師は、リディアの問いには答えず、一人で何かつぶやきながら歩み寄ってくる。さして広くない部屋の中、それは数歩の距離だ。

 リディアは、びくりと肩を震わせた。見回しても、武器になりそうなものはない。今の自分には、攻撃手段が何もなかった。こういうとき、攻撃魔術が使えない自分に本当に嫌気がさす。

 逃げ出そうにも、入り口の扉は遠く、ましてこんな動きにくいドレスを着ていてはたどり着ける気がしなかった。


(どうしたら……)


 考える間にも、謎の魔術師は距離を詰めてくる。表情は見えないが、余裕の態度に見えた。相手に抵抗の手段がないことをわかっているのだろう。

 そしてついにリディアの目の前まで来ると、すっと片手を掲げた。その口が何か呪文を言いかける。


「『き―」

「『(ウォール)』!!」


 しかし、リディアの方が一瞬早かった。最も得意な空間魔術、その一番基本的な呪文を叫ぶ。瞬時に身体の周囲に目に見えない物理的な壁が構築され、すぐそばにいた魔術師をはじき出した。

 ――リディアは攻撃魔術が苦手だ。しかし、考えたのだ。防御魔術だって、至近距離で使えば立派な対抗手段になるはずだと。

 『壁』の衝撃を受けて、魔術師の体がよろめく。その隙をついてリディアは身をひるがえした。とにかく部屋の外に出ようと、入り口に向けて駆け出す。


「っ!開かない!?」


 だが、たどり着いた入り口の扉は、鍵でもかかっているのかびくともしなかった。叩いても、体重をかけて押しても、動く気配がない。先ほどマリエルが出て行ったときは普通に開いていたのに――。


「まったく、面倒な小娘だな。大人しくしていればいいものを」


 振り返ると、完全に体勢を立て直した魔術師がこちらを見ていた。その声に若干の苛立ちが感じられるのは気のせいではないだろう。これ以上抵抗する方法を思いつけなくて、リディアは入り口の扉を背にしたまま身をすくませた。


(私、またこんなに理不尽に死ぬの……?)


 けれども、そのとき、場違いなほど明るい声が室内に響いた。


「はいはーい、そこまで〜」


 言葉と同時に、シュッと鋭い音が耳をかすめる。何か鋭い刃物のようなものが魔術師に向かって投げつけられたのだ。かろうじて避けられたものの、それは魔術師の動きを止めるには十分だった。


「ちぇっ。仕留め損ねちゃった」


 そう言って姿を現したのは、緑の髪をした密偵の少年。


「トキワ……」

「おまたせ。ごめんね、遅くなって」


 トキワはリディアに向かってにこっと微笑んだ。その手には、鈍く輝く銀色の短剣が握られている。


「すぐ、終わらせちゃうね。できればサポートよろしく」


 そう言うと、彼はすぐに向きを変え、術を唱えようとする敵にためらいなく突っ込んでいった。それぞれの手で逆手に短剣を構え、身軽に斬り込んでいく。

 いきなり”サポート”と言われても何をすればいいのかわからなかったリディアだが、それを見てトキワの戦い方を理解した。彼の武器は短剣、それを持って相手の懐に飛び込んでいくということは……おそらく、身軽さ重視の撹乱系だ。


「『素早さ上昇(スピードアップ)』」


 精神を集中して、トキワに補助魔術をかける。杖がないので普段ほどの効力は出ないが、何もしないのとは格段に違うはず。

 思った通り、直後から少年の動きがぐんと速くなった。魔術師を狙う動作の一つ一つが先ほどより鋭い。なんとかぎりぎりで避けていた魔術師も、これには参ったようだ。次々と攻め込まれて術の詠唱をすることもできず、防戦一方になっている。


「くそっ」

「……狙い所が悪かったんじゃない?二流の”影”のくせにファビウスに手出すとか、なに考えてんの?」


 短剣で斬りつけながら、トキワが薄く笑う。幼い顔立ちに似合わぬ、酷薄な表情だ。


「しかも、おれの主を狙うなんてさ。万死に値するよ?」


 言うと同時に、深く踏み込む。突き出された短剣が、魔術師の肩の肉をえぐった。


「ぐぁっ」


 うめきながら肩を押さえる敵を、トキワは容赦なく蹴倒した。反動を利用してくるりと宙返りすると、身軽にリディアの側に降り立つ。


「あの、トキワ、これ……」

「あ、うん、だいじょーぶだよ。この短剣、麻痺の刃だから。ちょっとでも当てればこの通り一発なんだー」


 すごいでしょー?と屈託なく笑う少年に、リディアは軽くめまいを覚えた。そういうことを聞きたかったわけではない。目の前では、倒れた魔術師がびくびくと痙攣している。……毒の刃でなかっただけまし、というところだろうか。


「さすがに、何もしゃべらせないまま()っちゃうわけにはいかないよね。残念だけど」


 本当に残念そうにトキワはため息をつく。床に転がる敵を一瞥するその目は恐ろしく冷たい。――いつから、こんなに二面性のある子になったのだろう。いや、最初からだったろうか。それにしては、誰かに似ているような。そんなことを思いながらリディアはあいづちをうった。


「あー、うん、そうだね。ところで、この人誰?刺客?」

「たぶんね。まあ、こういうのちょいちょいあることなんだってさ。それより……出てくるの遅くなってごめんね?近くにはいたんだけど、この部屋、なかなか入れなくてさ」

「ううん、ありがとう。あっ、そういえば…この部屋のドア、開くの?」


 気付いて、真後ろの扉をがたがた揺すってみる。先ほどまったく動かなかったそれは、今度はあっけなく開いた。


「こいつが、術で部屋全体を封じてたみたい。面倒なことしてくれるよね」

「こらトキワ、一応怪我人なんだから蹴っちゃダメ」

「えー」


 魔術師を足蹴にするトキワを止めると、非常に不服そうな顔を返された。まあそうだろう。怪我人にしたのはトキワ自身なのだから。リディアだって別に敵に同情したわけではない。ただ何となく、びくびく痙攣してる血まみれの人間を蹴る少年、という図に抵抗があっただけだ。


「……あ、そっか。アシュ兄さまに似てるんだ」

「は?」

「あ、うん、トキワの感じが、なんとなく兄さまっぽいなって」

「えー、どこがー?」


 少年は、激しく不本意といった様子で口を尖らせた。どうやらお気に召さなかったらしい。


「あんな女たらしの人と一緒にしないでよー。てゆうか、あの人エスコート役なのにどこ行ったんだろうね?リディアの危機だったっていうのにさ」

「……女たらしとは人聞きが悪いな。俺は女性を大切にしているだけだよ?」


 絶妙のタイミングで、リディアたちの後ろの扉が開く。姿を現したのは、たった今話題に上ったばかりの緋色の髪の近衛騎士だった。


「アシュ兄さま!」


 アーシュは一目で部屋の状況を見て取ると、リディアに近づいて片腕でその身体を抱きしめた。


「リディ、怪我はないね?……もしその肌に傷でもつけていたなら、この男ただでは殺さないけど」


 耳元でささやきながら、憎々しげに魔術師を見やる。やはり、このあたりアーシュとトキワは似た者同士だ。背中を打ったことは秘密にしておこう、とリディアは決意した。


「アシュ様、どこ行ってたの?こっちは結構危なかったんだよ」

「ああ、リディのおかげで色々とファビウスの敵が釣れたから、相手していたんだよ」


 不満げに問うたトキワに、アーシュがこともなげに答える。その言葉に、リディアは目を丸くした。先ほど別れた後、一体兄は何をしていたというのだろうか。

 ぱちぱちと瞬きながら「ほんとに?」とすぐそばにある兄の顔を見上げると、苦笑を返された。


「ああ、だがその話はまた今度。こんなところに長居はしたくないだろう?」


 そう言って、アーシュは部屋の中を示す。休憩室は、今やひどい有様だった。ほとんどの家具が倒れ、花器や食器は割れて散らばっている。おまけに、床には血まみれの人間が転がっているのだ。


「この人、この後どうするの?」

「ん、たぶん親方あたりが回収に来ると思うから転がしといてだいじょーぶだよ。あ、あと、部屋の中は自動で復元するらしいから、ほっといてもいいって」

「え!?」

「こういうことのために、備品に復元の魔術かけてあるんだって。王宮ってコワいねー」


 ちっとも怖がっていない様子でトキワが説明してくれる。それを聞いて、リディアは自分の顔が引きつるのを感じた。


「……私、もう二度と夜会には出たくないわ」

 

 ぽそりとそう口に出すと、


「おや、つれないな」


 アーシュが心から無念そうにつぶやいたのだった。



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