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26. うわさ話

「確かリディが受けてたのって、フォートべア討伐の依頼だったよねえ?」


 急に饒舌になったドリーは、身を乗り出すようにして尋ねてきた。今度は何を聞かれるのかとどきどきしながら、リディアはその言葉にうなずく。

 

「このあいだ男の人がうちの酒場に依頼報告に来てたんだ。ねえ、あれってもしかしてリディのお兄さんじゃない?」


 どうやら、彼女が働くフリッカの酒場にフォートべア討伐の報告に訪れた人物がいたらしい。


「えーっと、それどんな人?」

「背が高い、緋色の髪の人。すっごい格好良くて、こう、色気ばんばんな感じっていうの?いかにも遊び慣れてます、っていうふうな……」


 尋ねると、彼女は身振り手振りを付けて人物を表現してくれた。その言葉に、リディアは天を仰ぐ。そんな派手な人物には一人しか心当たりがなかった。…絶対にアーシュだ。


「それは間違いなくうちの兄です……」

「やっぱり、あれが有名なアシュヴィル・ファビウス様!?やーん、いいもの見ちゃったかもー」

「いやいや、そんないいものじゃないから」


 なぜかときめいているドリーに冷静に突っ込みながら、リディアは頭を抱えた。どうやら、自分が行方不明の間に討伐報告に行ってくれたのはアーシュだったらしい。代わりにフリッカの酒場まで行ってくれたことはとてもありがたい。とてもありがたいのだが……あの兄は、どうしてやたらと目立つのか。


「ねえドリー、ちょっと教えてほしいんだけど…酒場に行ったとき、アシュ兄さまはどんな様子だった?まさか騎士鎧来てたわけじゃないよね?」

「あ、うん、それは大丈夫。普通の服着てたよ。下層区に来るにしては上質すぎる感じだったけどね。……あー、でも騎士姿の”魔性の騎士”様も見てみたかったかも!いいなあ、あんなお兄さんがいて」


 ほう、とため息をつくドリー。リディアはひくりと頬をひきつらせた。

 アーシュは、王宮ではちょっとした有名人だった。若くして近衛騎士にまで昇りつめた実力、騎士でありながら魔術も使えるその才能、そしてすれちがう人の視線を奪う端正な容姿。妹にとってはたいへん不名誉なことに、舞踏会のたびに周りの令嬢を虜にする彼は”魔性の騎士”の二つ名を持っていた。――なぜか、そのうわさは民にまで広がりつつあるらしい。


「……アシュヴィル様は、相変わらずですのね」


 悩めるリディアの頭を、マリエルがぽんぽんとなでた。同情してくれたようだ。リディアの気持ちをわかってくれるのは、兄弟以外ではおそらく彼女だけである。


「あれ?てゆうか、マリエルもアシュヴィル様と知り合いなの?」

「ええ、ファビウス伯爵家とは昔から付き合いがありますから」

「ってことは幼なじみ?」

「まあ、そう言えないこともないですわね。アシュヴィル様とは、個人的にはあまりお付き合いがありませんけれど。……したくもありませんし」


 最後にぼそっと毒を吐くマリエル。潔癖な彼女にとっては、よく言えば女性に人気のある…悪く言えば女たらしのアーシュの存在は許しがたいらしい。その気持ちはよくわかる、とリディアも同意するようにうなずいた。世の女性がみんな兄に魅了されるわけはないのである。


「ふうん、でもじゃあマリエルはリディの兄弟みんな知ってるんだ?」

「そうですわね。ファビウス伯爵―クライブウィレン様とは、親しくさせていただいておりますわ。流れるような銀髪の素敵な御仁ですの。物腰が柔らかくて、いつも笑顔でいらっしゃって」

「ふうん、若いのに伯爵様とか、格好いいねえ」

「あとの一人はフレイライムですけれど……ドリー、あなたも彼のことはご存知でしょう?」

「黒魔術科のフレイ君ね、もちろん知ってるよ!っていうか、学院にいてあの子を知らない奴なんていないと思うけど」


 話の内容がどんどん身内のものになって、リディアは肩身が狭くなってきた。とりあえず、黙って成り行きを見守る。


「だって、あの貴重な禁術の使い手だよ?しかも成績は優秀、おまけに黒髪黒目であの整った顔だもん。女の子にも優しいし。紳士的っていうか」

「……だ、そうですわよ、リディア?」

「え?いや、そこで私に話を振られても……」


 二人に視線を向けられて、リディアは苦笑した。身内をほめられるのは嬉しいのだが、面と向かって言われても、対応に困る。――ちなみに、フレイが女性に優しいのは幼い頃からの自分の教育のたまものだとリディアは信じている。


「フレイ君が演習で戦うときには、ギャラリーがすごいんだって。禁術を見たいっていう黒魔術科の子だけじゃなくて、フレイ君目当ての女の子たちもかなり集まるらしいよ?」


 ドリーの言葉に、いつか見た黒魔術科の戦闘演習風景を思い出す。あのとき戦っていたのはギルトラッド王子だったが、そういえば遠くの窓の向こうにたくさんギャラリーがいたような気がする。弟のときも、あんなふうに女の子たちが集まるのだろうか。


「へえ、あの子ちゃんとモテるんだ…」


 思わずつぶやくと、ドリーが白い目でこちらを見た。顔に「当たり前でしょ!」と書いてある。リディアとしては、討伐だの採取だの街の外に出かけるたびに連れ出しているので、ひそかに弟の恋愛事情が心配になっていただけなのだが。


「リ〜ディ〜。大体あんた、そういうことにうとすぎるのよ。まあ、あれだけ研究と冒険に明け暮れてたらしょうがないのかもしれないけど……たまには浮いた話とか、ないの?」

「え、私?」


 なぜか急に話がリディア自身の恋愛話に飛んだらしい。答える言葉が見つからなくて、リディアは目を白黒させた。


「ダメですわ、ドリー。リディアはあれだけのご兄弟に囲まれているのですもの、周りの男性などどうしたって霞んでしまいます」

「でも、そうは言っても兄弟は兄弟でしょ?恋愛対象にはならないじゃない」

「いえ、その……知っての通り、リディアたちはみな異母兄弟ですから。例えばクライブ様が望めば、リディアはファビウス伯爵夫人になることもできますわ」

「え?結婚できるってこと?……あ、そっか、そういえば私も酒場でそんな話聞いたことある。貴族同士だと、半分しか血がつながってなければ、婚姻は認められるって」

「ええ、その通りです」


 自分を置いてけぼりにして進む話についていけないまま、リディアは首をかしげた。そんな話は初耳だったのだ。


「ノワディルド国が成立した当初は、片親が違う兄妹同士が結婚することは当たり前のことだったそうですわ。貴族は家を守らなくてはいけませんから……他家の血を入れるよりも、自分たちの血を濃く残すことで土地や財産が奪われるのを防いだのだと聞いています。今はもう、伯爵階級以上の入れ替えが行われることは少ないですけれど、かつて国が安定しなかった頃はそういうことをして血と家を守る必要があったのでしょう」

「へえ、さすがマリエル、物知りー」

「おそれいりますわ」


 滔々(とうとう)と語るマリエルと、感心して手を叩くドリー。なんだか二人とも楽しそうだ。


「さすがに、今の時代に異母兄弟婚をすれば周りに何か言われるかもしれませんけれど…法的には問題ありません。リディア、国の法はあなたの味方ですわよ」

「だって!よかったね、リディ」

「いや、えっと、何が?」


 二人から急にいい笑顔で向き直られて、リディアは返答に窮した。なぜ今の流れでまた話を振るのか。


「え、だってリディったら研究と冒険ばっかりで嫁ぎ遅れちゃいそうじゃない?異母兄弟がお嫁にもらってくれるなら、その心配がないんじゃないかと思って」


 ドリーがけろりと答える。内容はたいへん失礼だが、どうやら将来の心配をしてくれたらしい。……リディアにとっては余計なお世話である。


「で?誰がよろしいんですの?クライブ様?アシュヴィル様?それともフレイライム?」

「わぁ、すごいラインナップだね。伯爵様に近衛騎士様に禁術使い?もう、リディったら贅沢者!」


 盛り上がる二人は、最高の笑顔でリディアに詰め寄った。いつの世でも、恋愛話は女子会の最重要話題である。


「ない、ないないない。全員ないから!」


 リディアは全力で首を横に振って彼女たちの質問を否定した。大体、ほんの今まで近親結婚が認められていることさえ知らなかったのだ。兄弟が恋愛対象になどなりようがない。彼らはあくまでも大切な家族だ。


「ほんとに〜?全然、そういう感じないの〜?」


 ドリーに疑わしそうに尋ねられて、一瞬、今朝のフレイとのやり取りがちらりと頭をよぎった。しかし深く考えないことにする。あれは親愛のハグだったに違いない。他にも、アーシュがいつもセクハラをしてくるのは彼がシスコンだからなのだし、クライブがよくリディアの髪に触るのは単に妹思いだからなのである。それ以上でも以下でもない……はずだ。

 少し焦ったのが表情に出たのか、今度はマリエルがじいっと見つめてきた。直視できなくて、リディアはふいと視線をそらす。

 

「まあ、今はこれ以上聞かないことにいたしましょう」


 答える気がないと悟ると、彼女たちは意外とあっさり引き下がった。性質(たち)の悪い冗談だったのかもしれない。リディアはそう思うことにした。


「ああ、ですがそれならリディアはこれからの社交シーズンでがんばらなくてはいけませんわね」

「……社交シーズン?」


 マリエルがつぶやいた言葉に、ドリーが不思議そうな顔をした。貴族でない彼女には耳慣れない話題だったようだ。


「ええ。春の国王誕生祭から夏の月祭りまでは、社交の季節…貴族たちが連日舞踏会や晩餐会を開く期間なのですわ。料理や酒類、ドレスや宝石などの注文も増えますから、王都もいつもよりにぎわうでしょう?」

「ああ、そういえば、そうかも」

「夜会や舞踏会は、貴族にとっては駆け引きの場。けれど同時に、恋愛の場でもありますの。――ご兄弟との恋愛がないというのなら、リディアも嫁ぎ遅れないようにがんばりませんと」


 ね、とリディアに視線を向けるマリエル。青い瞳が楽しそうに輝いている。


「マリエルまでそういうこと言うー。ひーどーいー…」

「ふふ、ごめんなさい、冗談ですわ。ちょっとからかってしまいたくなっただけですの」

「意地悪!」

「うーん、でも私もちょっとわかるなあ。リディ見てるといじめたくなるんだよね。よくそう言われたりしない?」

「しません!」

 

 そんな他愛ない会話を続けながら、三人は昼休みの残りの時間を過ごした。何はともあれ親友たちといつも通りの時間を過ごせたリディアは、何となく元気をもらって研究室に帰ったのだった。




 

*いろいろな呼称が出てくるので、一応まとめておきます。


・アーシュ…近衛騎士。本名は「アシュヴィル」。愛称は「アーシュ」。リディアの呼称は「アシュ兄さま」。

・クライブ…ファビウス伯爵。本名は「クライブウィレン」。愛称は「クライブ」。リディアの呼称は「クライブ兄さま」。

・フレイ…魔術師(禁術使い)。本名は「フレイライム」。愛称は「フレイ」。

・リディア…魔術師兼研究者。本名は「リデュイエーラ」。愛称は「リディア」もしくは「リディ」。



<お知らせ>

2013.1.5に20話と24話を大幅手直ししました。内容は変わっていませんが、少しは読みやすくなった…んじゃないかと思います。もしもご興味があればご覧下さい^^

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