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22. 物思い

 部屋に一人残されたリディアは、寝台に横になった。クライブの助言通り、とりあえず体を休ませようと思ったのだ。幸いなことに、背中にはもう痛みがない。傷跡も数日で消えるだろうと言われていた。


(ああもう、私、何やってるんだろう…)


 仰向けに寝転んで寝台の天蓋を見つめながら、リディアは短く息をついた。自己嫌悪でいっぱいで、どうしようもない気分だった。


(勝手に討伐に行くって決めて、アシュ兄さまやフレイを巻き込んで。あげくキラを危険な目に遭わせて、そのまま行方不明だなんて…。どれだけみんなに迷惑とか心配とかかければ気が済むの)


 はっきり言って、油断していたのだ。フォートべア討伐の依頼を受けたときだって、兄弟たちと一緒ならなんとかなるだろうと軽く考えていた。予想外のことが起こって化け物に襲われるだなんて、思ってもみなかった。南の森は王都の近郊とはいえども魔物の徘徊する区域。そこにそんな軽い気持ちで出かけたことが、今回の事件の一番の原因なのではないか。


(私、最低…)


 最近、周りにだいぶ甘やかされているという自覚はあった。出会った当初は色々あったものの、今ではクライブもアーシュもフレイも、リディアには相当甘い。それにつけ込んで、自分は相当わがままなことをしていたのかもしれない。

 考え出すと止まらなくなって、リディアはごろごろと寝台の上でもだえた。


(そもそも、みんなを守れるようになりたくって、魔術の研究始めたのにな…)


 リディアが魔術研究を始めるようになったきっかけは、家族にあった。父に引き取られて辺境の村から王都へ移り住んで以来、一緒に暮らすようになった異母兄弟たち。母親代わりとなってくれたクライブ、これ以上ないくらい可愛がってくれたアーシュ、双子のようにいつも隣で過ごしたフレイ――。リディアは、彼らを大切にしようと決めていた。前世の記憶や今世の幼い頃の苦い経験が彼女にそう決意させたのだ。

 しかし、家族を守ろうにもリディアは攻撃魔術の適性が低い。そこで目をつけたのが新しい魔術や魔道具の研究開発だった。

 最初は、純粋にみんなを助けたくて、そのためにがむしゃらに勉強をした。術式を学んで、魔素材一つ一つの特長を覚えて、どうやったらみんなの役に立てるか考えて…。


(だけど、いつの間にか研究自体が楽しくなっちゃったんだよねー…)


 リディアは遠い目をして自室の壁を眺めた。そこには無数の紙が張られていた。近づいて見ればすぐにわかるが、研究用のレシピやメモばかりだ。とても十六歳の少女の部屋の壁とは思えない。

 学院で魔術応用科に進んだ頃から、リディアは完全に魔術研究の虜になっていた。”家族のために研究する”という姿勢から”研究したいから研究する”というスタンスに変わっていたのだ。


(研究のために討伐の依頼を受けて、それでもともと守りたかった家族を危険な目に合わせてるんだから、本末転倒だわ)


 確かに魔術の研究はとても楽しいのだが、それで家族を危険にさらしていては元も子もない。けれどもっと強くなって家族を守れるようになるためには研究や冒険を続けるしかない。完全に矛盾している。

 ふう、と二度目のため息をついてリディアは寝台から身を起こした。眠れるような気分には、とてもではないがなれそうになかった。


 体を起こした拍子に、ふと自分の左腕に目が行く。そこには白い手首があるだけで、他には何も――腕輪はない。先ほどクライブに尋ねられたことを思い出して、リディアは眉を寄せた。


(『異界の(ことわり)』のことも、わけわかんないし)


 先日買った腕輪と、自分の特殊スキルのことを考える。なぜかはわからないが、リディアが高位の空間魔術を使ったとき、スキルを制御するはずのあの腕輪は壊れたのだ。自分が使ったという『重力落下(フリクション)』や『次元移動(トランスディメンション)』といった術に、特殊スキルが関わっているのは間違いないだろう。どうやら自分の特殊スキルは、ただの魔力妨害(ジャミング)のようなものとは違うらしい。


(おかげで今回は助かったけど、次はどうなるかわからない。…私、しばらく冒険なんて行かない方がいいのかも)


 またもや出そうになるため息をこらえて、リディアはこめかみを押さえた。悪い方向に考えすぎて、頭痛までしてきそうだったのだ。



 そのとき、とんとん、と軽いノックの音が部屋に響いた。


「リディア、起きてる…?」


 続いて、おずおずと控えめにかけられた声。トキワだ。先ほど兄が言っていた”大事な話”とやらをしに来たのだろうか。


「うん、起きてるよ。どうぞ、入って」


 入室を促しながら、寝台を降りる。さすがに、大切な話を寝床で聞くわけにはいかないだろう。

 部屋に入ってきたトキワは、リディアが起き上がっているのを見て目を丸くした。「もう大丈夫なの?」という問いかけに軽くうなずいて答えて、リディアは少年をティーテーブルへ案内した。

 

「リツカのお茶でいいかな?」


 きょろきょろと落ち着かないトキワに椅子を勧めて、お茶の用意を始める。リディアは一応伯爵令嬢だが、幼い頃は何でもやったので自分で食事やお茶の支度をすることに違和感はない。


「うん、なんでもだいじょーぶ…」


 上の空、といった様子で少年はぽつりと答えた。普段のトキワらしくなく、何か緊張しているようだ。リディアは一瞬首をかしげたが、すぐにお茶の準備に戻った。

 リツカのお茶は、いわゆる花茶と呼ばれるものの一種だ。苦みのある黒茶の葉に、リツカという名の花の花弁を混ぜて、香りを楽しむ。気分をリラックスさせる効果があるので、今のトキワにはちょうどいいかもしれない。


 二人分のティーカップにお茶を注いで、リディアは少年の向かいの席に座った。「どうぞ」と勧めてから、自分も目の前のカップに口をつける。華やかな香りとやや苦みのある深い味わいが口の中で広がった。ただそれだけで気分が落ち着くのだから不思議だ。


「あのね、トキワ」


 なかなか話を始めないトキワに代わって、まずは自分が先に口を開いた。どうしても言っておきたいことがあったのだ。


「私…今回のことで、きっとずいぶん心配かけたよね。ごめんね…」

「えっ、ううん、いいよそんなの、気にしないで」

「うん、でも、どうしても伝えたくて。それから…ありがとう、待っててくれて」


 トキワの目を見つめて、リディアは真摯に感謝の気持ちを述べた。いつも身勝手な振る舞いばかりする自分を心配して待っていてくれたというのだから、感謝しても感謝しても足りないくらいだ。


「…………うん」


 真剣なまなざしでじいっと見つめられて、トキワは惚けたように固まった。目の前の黒い瞳に吸い込まれてしまいそうな気分になって、ただうなずくので精一杯。しかしそれも一瞬のことで、すぐに後頭部に手をやって照れ笑いを浮かべる。


「やだなー、リディア。そんなに見られたら、照れちゃうよ?」


 いつもの調子を取り戻して、おどけたように肩をすくめた。対するリディアは、むうと口を尖らせる。


「本気で言ってるのに、なんでそういうこと言うかなあ」

「…おれ、リディアはもっとちゃんと自覚を持つべきだと思うな。だから余計、心配なんだし」

「?…何が?」


 わけがわからないという顔をするリディアには答えず、トキワはふっと息をもらした。フレイではないが、これでは普段の生活から心配になるのも当たり前かもしれない。だからこそ、今日これからする話は重要なのだ。

 トキワは、テーブルに置かれたカップに手を伸ばしてリツカの茶を口に含んだ。花茶の効用か、リディアとの会話のおかげか、最初の緊張はだいぶほぐれてきていた。そろそろ、本題を始める頃合いかもしれない。


「…おれね、今日はちょっとリディアに言わなきゃいけないことがあるんだ」





十一月から連載を始めて約二ヶ月。読んでくださっている方々には感謝でいっぱいです。本当にありがとうございます^^ 来年もちょこちょこと更新いたしますので、よろしくお願いいたします。

それではみなさま、良いお年を!

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