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21. 治療と休息

「…迷惑かけて、本当にごめんなさい。何があったのか、実のところ私にも、よくわからないんだけど…」


 皆と再会した後すぐに、リディアは自室に運ばれた。背中の傷を治療するためだ。『治癒(ヒール)』を使うことのできるクライブだけがリディアのそばに残り、他の三人は部屋の外に出された。年少のトキワやフレイはやや不安げな顔を見せたが、リディアの安静のためだと言われては仕方がない。「治療が終わったら知らせるから」というクライブの言葉に不承不承うなずいて、扉の外に出て行った。


 そういうわけで一番上の兄と二人きりになったリディアは、今回のことの顛末を語ったのだった。ただまだ自分でもよくわかっていない部分が多くて、どうしてもたどたどしい説明になってしまう。特に、灰色の薄闇の空間で父に会った、などという部分は自分でしゃべっていても信じられないほど荒唐無稽な話だと思った。だが、自分の五感があれは夢ではなかったと告げている。


 兄は、リディアの背に軽く手を当てて『治癒』をかけながら、否を唱えるでもなく静かに話を聞いていた。


「――というわけで、キラと私は正式に契約を結んだの。今、キラは異空間で怪我を治してるみたい。そういうものなんだってお父さまが言ってた。そうしてお父さまと話してたら、いつの間にかまた気を失って……気付いたら、書斎にいたんだ」


「…そう。大体、事情はわかったよ」


 クライブは手を下ろして、そうあいづちを打った。いつのまにか傷の治療はすっかり終わっていた。


「父上がお前を連れ戻してくれたんだろうね。書斎にお前が現れる前、父上もあそこに姿を見せていたから」

「え、本当に?」

「ああ。私たちがあの部屋に行ったのも、メイが先導したからなんだよ」

「…メイはお父さまに会いたかったのかな」

「そうだろうね。魔獣と主のつながりは深いと言うから。きっと、お前とキラも同じなのだろう」


 そう言われて、リディアは自分の魔獣のことを思い浮かべた。もともと、キラとリディアの絆は強いほうだ。正式に契約を結んでどうなったのかは、今はまだはっきりしないが――。


「ねえ、クライブ兄さま。魔獣と契約すると、何か特別なことがあるのかな?お父さまは、『契約をしてしまえば、お前たちの関係は今までのようにはいかなくなるかもしれない』と言ってたの。あのときはキラを助けたくて焦ってたし、気にも留めなかったけど……安心したら、なんだか気になっちゃって」

「さあ、どうなのだろう。私には魔獣はいないから、それはわからないな」


 尋ねると、兄は困ったように微笑んで首を傾けた。魔獣と契約することは、あまり一般的なことではない。魔術の名家と言われるファビウス家でさえも、数世代に一人契約者が出ればいい方なのだ。それを考えると、エルレインに続いて娘のリディアが魔獣と契約したことは、かなり異例だった。


「そっか…」


 兄にもわからないのならば仕方がない。あとで大図書館で調べてみるとして、今はキラが無事だったことだけで良いとしよう。リディアは、気を落ち着かせて呼吸を整えた。クライブの『治癒』のおかげで背中に痛みはなく、気分はとても良い。


 そんな妹を、クライブは目をすがめて眺めていた。リディアの顔色が良くなったことを確認していたのだ。そして、おもむろに口を開いた。「それよりも…」と形の良い唇がゆっくりと言の葉を紡ぎ出す。


「お前は、自分が『重力落下(フリクション)』でマンティコアを倒したことや『次元移動(トランスディメンション)』を使って次元を開いたことを、覚えていないんだね?」


 先ほどまでの優しげな口調とは打って変わって、真剣な口ぶりで尋ねられる質問。


「うん…少しはお父さまに聞いたけど…。というか、マンティコアを倒したのも、私なの?」


 リディアは不思議そうに兄を見返した。攻撃魔術の適正が低い自分が、マンティコアのような力のある魔物を倒したとは到底考えられなかったのだ。


「ああ。アーシュとフレイが口をそろえてそう言っているよ。お前は、重力制御であの魔物の巨体を操っていたそうだ。そしてその後、黒い空間を召喚して消えた、とね」


 クライブは目を細めて妹をじっと見つめていた。表情は笑顔なのに、どこか心の内を見抜くような視線だ。なんだか急に兄に試されている気分になって、リディアは居心地悪そうに瞬いた。


「魔力が暴走したとも考えられるけど…それだけではそんな高位の魔術を使えたことの説明にはならない。リディア。お前、何かその理由に心当たりがあるんじゃないかい?」


 扱えるはずのない高位の空間魔術。なぜあの場でとっさに、しかも無意識に、そんな術を使うことができたのか。そう問われて、リディアは返答につまった。

 おぼろげな記憶をたどって、あのときのことを思い返す。言われてみれば、確かに自分が術を使ったような気がした。断片的に頭の中によみがえるものは、宙に浮く赤い魔物、キラと自分を包み込む黒い闇、そして……こなごなに砕けた金の腕輪。

 あの腕輪は、自分の特殊スキルを押さえるために身につけていたものだった。特殊スキルが発動しておかしなことがおこらないようにと、わざわざ討伐の前日に買った腕輪。それが、術を使った際に壊れた…。


「ごめんなさい、兄さま。私、よくわからない」


 兄から目をそらして、リディアはうつむいた。

 高位の術の原因に、心当たりはないわけではなかった。正体不明のリディアの特殊スキル――『異界の(ことわり)』。詳しくはわからないが、それが今回も何かの作用を及ぼしたのだろう。

 けれど、それを兄に伝えることはできなかった。スキルのことを話せば、必然的に前世の記憶のことも話さなくてはいけなくなる。リディアは、こちらでやっと得た大切な家族に、そんな話をしたくなかった。


 うつむいたきり黙ったままの妹に、クライブはただ一言だけ「そう」とつぶやいた。それ以上しゃべろうとはしない。思案深げな表情をして、長い指でしきりに自分の唇の辺りを触っている。それは考え事をするときの彼の癖だった。

 しかし、やがて気持ちを切り替えるように首を振ると、彼はリディアの髪に手を伸ばした。急に頭に触れられてびくりと顔を上げた妹に、ゆったりと微笑みかける。


「別に、お前を責めるつもりで聞いたわけじゃないよ。気にすることはない」


 やわらかな髪を指で梳いてなでながら、彼はそう言った。リディアが困惑して見つめ返しても、手を止める気配はない。

 昔から、この兄はリディアの髪をなでるのが好きだった。彼女からしてみれば、クライブの銀髪の方がよほど綺麗だと思うのだが、なかなかそうは言い出せない。


「とにかく、原因がわかるまでは今回のことは内密にしておこう」


 ね、とクライブは笑顔のまま妹に念を押した。髪を触る手つきも向けられる笑顔も優しいのに、どこか否と言わせない圧力がある。促されるまま、リディアはこくりと首を縦に振った。

 

「うん、いい子だね。大丈夫、何があっても私が―私たちがお前を守るから」


 クライブは満足げに目を細めた。そう語る静かな口調からは、何か近い将来のことを見通しているような色が見えた。


「今は、ゆっくり休んで体を治しなさい。もうすぐ社交の季節が始まる。お前も今年こそは城の夜会に顔を出さないといけないだろう?貴族たちの相手をするのは、お前が考えているよりずっと厄介だよ。ちゃんと、体調を万全にしてかかりなさい」

「わかったわ、兄さま。――治療のこともほかのことも、いろいろ…ありがとう」


 行方不明の間ずっと探していてくれたことも、背中の傷を治してくれたことも、言えない理由を問いただそうとしないことも。すべてに対しての感謝を「ありがとう」という一言に込めて、リディアはそう言った。その言葉に、クライブはただ「うん」と微笑みを深める。


 そうしてしばらくした後、クライブは椅子から立ち上がった。名残惜しそうにもう一度妹の髪をなでてから、扉の方へ向かう。部屋の入り口の框戸に手をかけて開ける直前、ふと思い出したように振り返った。


「そうだ、トキワからお前に大事な話があるそうだよ。後できちんと聞いてあげるといい」


 そう言い残して、兄は部屋を去っていった。



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