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0. 弟とドラゴン狩り

 それは、まだ夜も明けきらないうすぼんやりした時間帯のことだった。


 突如、城壁のすぐ向こう、東の一角の空が真っ赤に染まり、街に爆発音が響き渡った。直後、獣じみた咆哮が朝の街をびりびりと揺らす。


 街の居住区では、人々がなにごとかと目をこすって寝床から身を起こし、あるいは、朝の支度の手を止めて窓の外を不安そうに覗き込んだ。





 ところ変わって、城壁の外。


 彼女は、弟と一緒に焼け焦げた地面の上を全力疾走していた。まわりからは、ところどころ煙が上がり、そこら中に灰が舞っている。先ほどの爆発に巻き込まれたのか、見るからに二人はぼろぼろだった。


「わたしっ、走るのとかっ、向いてないんだけど!!」


 ときどき咳き込みながら彼女は叫ぶ。小柄で華奢な体型は、まったく運動向きではない。手に持った杖が重く、走っていても思うように速度を出せる気がしない。


「悪い、リディア。失敗した」


 彼女に合わせるように足を緩めて、弟がつぶやいた。はねた黒髪が揺れる。彼は姉よりさらに長い杖を持っていたが、あまり息を切らした様子はない。


「…でも、とりあえず逃げるかどうにかしないと死ぬ」


 彼はちらりと背後に視線を向けた。そこには、明けていく空と、充満する煙と、…怒り狂ったドラゴン。

 グレーの鱗に覆われたその体は、ゆうに彼らの2倍以上の高さがあり、どすどすと地面を揺らして二人へ迫って来ている。開いた口からは鋭い牙がのぞき、見るからに肉食。もちろん、先ほど響いた咆哮は、このドラゴンのものである。その目は、怒りのためにらんらんと輝き、己の眠りを妨げた人間たちをひたと見据えていた。


 本当は、眠っているところに、心臓めがけて火球をぶち込んでさっさと討伐するだけの予定だった。それがなぜか魔力が暴走し、術力を全て消費して、大気中の元素すべてを巻き込んで、大爆発が起きた。もちろん狙いも外れていて、爆発したのはドラゴンではなく、その手前の地面。

 当然、ゆっくり眠っていた眠り竜(ドラゴン)は目覚めてしまった。


 姉は術力は残っているが、一人でドラゴンを倒せるほど強力な攻撃魔術は使えない。弟は非常に魔力の高い攻撃系魔術師だが、暴発で全術力を消費したため、しばらく術が使えない。

 魔術師は、基本的に非力である。そして防御力が壊滅的に低い。その上二人の装備は身軽さ重視のローブで、鎧も盾も小手も身につけていない。すなわち、一度でもあのドラゴンに殴られればおしまいである。

 結果としてこうして遁走する羽目に陥っている。


 幸いなことに、ドラゴンの足はあまり速くないため、すぐに追いつかれることはないだろう。しかし。


「とにかく、時間稼いで街から引き離さないとっ」

 

 常識的なことを叫んで、彼女は術の詠唱を始める。走りながら、しかも煙に咳き込みながらではたいした術は使えないが、身体能力向上くらいならば出来ないことはない。


「『持久力上昇(スタミナアップ)』、『素早さ上昇(スピードアップ)』」


 詠唱を終えて軽く杖を振ると、きらきらと輝く光の粒が彼女の体のまわりを覆って消える。

 一瞬で走るのが楽になり、足を速めて街から遠ざかる。


「自分だけかよ」


「フレイは、走るのくらいは自前の体力でなんとかなるでしょ。術力は温存する、これ基本!」


 急いで追いかけて、あきれたように漏らす弟。振り返らず、彼女は新たに詠唱を始めた。


「『命中力上昇(テックアップ)』!」


 今度は、弟の体を光の粒が覆う。彼は怪訝な顔で姉を見た。命中力上昇は戦闘用の能力向上だ。このまま逃げるだけなら必要ないはずなのだが。


「まさか、もう一回やる気か?」


「向こうの、森の手前まで行ったら止まって応戦しよう。…術力、回復して来た?そろそろ攻撃できるよね?」


「できる、けど…リディアの術力がそんなに残ってるんなら、『転移(ディポート)』させたほうが早いだろ」


 『転移(ディポート)』というのは、敵を体ごと地上のどこかへ移動させるはた迷惑な魔術である。送る方は良いが、送られた先では突然モンスターが現れることになるわけだから、たまったものではない。

 しかし、彼女にとっての論点はそこではなかった。


「ばっか、それじゃあ牙が手に入らないじゃない!爪も新しい魔道具の材料になりそうだし!」


 きらきらと目を輝かせて彼女は語る。口調に反して、これ以上楽しいことはないという表情だ。


「今はね、物理攻撃を跳ね返す新素材を研究してるの。完成したら、フレイにも見せてあげるからね」


 にこっと可愛らしく笑うと、ふいに足を止めた。すでに二人は森の手前までたどり着いていた。


「じゃあそろそろ」


 げんなりした顔をしていた弟は、その言葉にうなずいて、表情を引き締めた。


「行きますか」


 二人同時にドラゴンに向かって向き直る。



「『壁 構築(ウォール)』!」


 姉の詠唱により、二人の前に透明な防護壁が現れた。通常目には見えないが、魔術師である二人には魔力の壁が自分たちを守っているのがよくわかる。

 そこに、追いついたドラゴンの前脚が振り上げられる。鋭い爪が壁に食い込み、みしみしと音を立てた。


 弟は、姉をかばうように彼女の前に立った。すでに詠唱の体勢に入っていたが、改めて長い杖をつかんで地面に突き立て、額へ引き寄せる。禁術の呪文を唱える、その表情は厳しい。一度暴走したばかりの魔力を、必死でコントロールしているのだろう。


 防護壁がニ撃目を防いだところで大きくたわんだ。壁の大きな揺れが姉の体に負荷をかける。体の中から術力が吸い取られて行くような感覚に、自然、彼女は歯を食いしばった。

 これに耐えなければ、あの爪を食らうのは弟の生身の体だ。


「フレイ」


 呼びかけると、彼は顔を上げた。ゆっくりとうなずいて、詠唱の最後を口にする。


「『黒き業火』よ(ダークバースト)、燃やし尽くせ」


 その瞬間、壁の外に闇色の炎が現れ、ドラゴンを包み込んだ。のたうちまわる巨体を、逃がすまいと炎が閉じ込める。焦げた匂いがあたりに広がり、空気が熱を帯びて生暖かい風となる。

 二人は、燃えて行くそれを、数歩下がって眺めていた。しばらくすると、断末魔の叫びをあげて、ドラゴンだった固まりは動かなくなった。不思議なことに、周りの草は全く燃えていなかった。






「いい収穫だったねー」


 一抱えはあるだろう、巨大な牙と爪を道具袋に放り込んで、彼女はにこにこと上機嫌だった。


「討伐の報酬ももらえるし、魔術学院の単位の足しにもなるし、研究の材料も手に入ったし、戦闘の経験も増えたし」


 うわー、一石四鳥!などと喜んでいる彼女を尻目に、弟はぎっしりと”研究材料”が詰まった道具袋を手に取った。


(運が悪けりゃ死にかけたの、わかってんのかよ)


 きゅっと眉根を寄せて、道具袋を持つ。否、引きずる。肩が外れそうだ。


「……重い」


「あっ、ごめん。『腕力上昇(パワーアップ)』」


 体の周りで光の粒が輝いた途端、道具袋が軽く感じられ、彼は容易にそれを持ち上げた。なんだか非常にプライドを傷つけられた気がするが、気のせいだろうか。



「フレイ、今日はほんとにいろいろありがとう。また一緒に来ようね」


 ふわりと柔らかく笑って、彼女は物騒なことを口にした。弟は、苦笑いしつつ、きっと次も断れないだろうことを予想して、心の中でため息をついた。






 彼女の名前は、リディア・ファビウス。ファビウス家の第三子である。れっきとした、伯爵令嬢だ。

 さて、伯爵令嬢がなぜドラゴン狩りなどしているのか。それには、彼女の生い立ちが深く関わっていた…。



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