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16. 残された二人

 

「『次元移動(トランスディメンション)』…」


 信じられない気持ちで目の前を見つめながら、フレイはつぶやいた。そこには何の変哲もない森の風景が広がるばかりで、すでに黒い空間は跡形もない。同時に、リディアとキラも完全に消え去っていた。


「今のは、闇の魔術…?いや、空間魔術か?フレイ、お前何か知ってるのか?何が起きたんだ?リディは、キラはどうなったんだ?」


 かすかに残る魔力の残滓を感じ取って、アーシュも口を開く。何か知っていそうな弟に向かって問いかけた。一度しゃべりだすと先ほど起きたことに対して疑問が次々に湧き出て来て、つい詰問口調になってしまう。いつも飄々としている彼にしては、珍しいことだった。


「っ!そんなにいっぺんに聞かれてもわかるわけないだろう、バカ兄!」


 対するフレイははじかれたように顔を上げ、アーシュを睨みつけた。実のところ、彼もかなり混乱していた。守ろうと決めていた姉が自分の目の前でかき消えた事態に、なかなか頭がついていかない。叫びだしたい気分だった。

 けれど、八つ当たりで睨みつけたはずの兄は、いつもと違う真剣な瞳でこちらを見ていた。その表情にいくらか冷静さを取り戻し、フレイは感情をぐっとこらえる。先をうながすような視線に応えて、記憶の中の情報を必死で引っ張り出した。


「…この間、リディアの研究室で読んだ魔術書に、あんな術があるって書いてあった」


 トキワを連れて魔術学院を見学していたときのことだ。リディアの研究室で、姉が調合の片付けをしている間、フレイは部屋の棚に置いてあった魔術書を見るともなしに眺めていた。部屋の主の趣味や適性を反映して、そろえられていた本は魔術の応用研究や補助魔術についてのものが多かった。いわく、【魔道具精製 そのすべて】、【調合素材大辞典】、【能力向上(アップ) 応用編】、【汎用術式一覧 治癒版】……。

 その中に一つ、フレイの目を引く本があった。上位の空間魔術についての魔術書だ。その名も【空間魔術大全】。

 空間魔術は、属性でいうと無属性に当たる。魔術の基本となる六属性—火、水、土、風、光、闇のどれに当てはまらないもの…簡単に言えば”その他の属性”だ。無属性には、空間魔術の他に星魔術や時間魔術と呼ばれる術があったが、いずれも高い適性を持つ者はきわめて少なく、非常にマイナーな術だと言われていた。同じように、空間魔術に関してもやはり術者の数は多くない。『(ウォール)』程度の簡単な術ならそこそこ扱える者はいても、上位の術まで扱える者はあまりいなかった。扱う者が少なければ、必然的に研究もあまり進まない。

 そんな理由で空間魔術専門の魔術書は珍しかったから、興味を覚えてフレイはその本を手に取ったのだ。さすがに応用科の研究室には珍しいものがある、と感心しながらぱらぱらとページをめくった。…そのとき、『次元移動』という術について読んだような気がする。


「実際見たのは初めてだし、合ってるかどうかなんて知らない。でも、さっきリディアは黒い空間を召喚していた…。あれは、無属性―空間属性と闇属性の混成だろう」


 属性の混成とは、六つの基本属性やその他の無属性のうち、どれかを組み合わせることを指す。例えば『治癒(ヒール)』は光属性と水属性の混成だし、フレイの使う禁術『黒き業火』は闇と火の混成だ。理論上組み合わせ方はいくらでもあるが、実際のところ空間と闇の混成は珍しい。


「空間と闇の混成で、姿が消えたのだとすれば、あれは『次元移動』のはずだ。『転移(ディポート)』と同じ亜空間に関係した術で……たしか、『転移』みたいに敵をどこかに飛ばすんじゃなくて、かわりに自分をどこか別の空間に飛ばす術、だったと思う」


 フレイの答えに、アーシュは考え込むような表情で自分のあごに手をやった。ならば、と弟の目を見て確認するように問いかける。


「リディは、自分で術を使ってどこかへ消えた、ということか?」

「そういうことになるな。行き先なんて、全然見当もつかないけど」

「誰かに連れ去られたわけではないが、どこに行ったかはわからない、か…」


 アーシュはもう一度考え込むような仕草をした。今度は目線を下げて足元を見つめる。先ほどよりやや落ち着きを取り戻した様子だ。やがて、目を上げると全く違うことを口にした。


「…さっきマンティコアを操った『重力落下(フリクション)』といい、『次元移動』といい…リディは前からあんな高度な術を使えたのか」

「いや…多分使えなかった、と思う。少なくとも俺は知らない。今までの討伐では、あんな術を使っているのは見たことがない」

「では、魔力の暴走か…?あのときリディは重傷で意識が混濁していたはず。そこに、キラの負傷という衝撃が加わって…魔力の制御が効かなくなったのか」

「それでも、杖もなしであんな上位の術を次々に使えるほど、魔力も術力も高くないはずだ」

「…ああ。いくら空間魔術の適性が高いといっても少しおかしいな」


 会話中、アーシュはだんだんと顔を険しくしていった。何か思う所があるのか、もう一度、低く「魔力の暴走…」とつぶやく。

 その様子にフレイは怪訝な表情を浮かべていたが、やがてはっと我に返ったように言った。


「っ、今はそんなことより、リディアとキラがどうなったかの方が問題だろ!あいつら、相当な怪我だった…。どうするんだ、これから」

「そうだな…リディが自分の術で移動したのなら、ここに戻ってくる可能性は薄い。おそらく待っても意味がないだろう。…帰るぞ」


 予想外の答えに、フレイはとっさに反論しようと口を開いた。しかし、続くアーシュの言葉がそれを遮る。


「フレイ。さっきの禁術で、お前の術力ももう限界が近いだろう。魔物の出る森(こんなところ)で待っても無駄に体力と術力を消耗するだけだ」


 痛いところを突かれて、フレイはぐっと押し黙った。先ほど急に現れたフォートべアを禁術で始末したとき、感情の昂りに引きずられて術の制御がうまくできなかったのだ。そのため術は高火力になったが、それ以上に大量の術力を消費してしまっていた。暴走とまではいかないが、それに近い状態。気付かれてたのか、とフレイは歯を噛み締める。

 しかし、不満な顔は変わらない。心情的に、この場所を去りがたかった。待っていれば再びリディアが現れるような気がして。

 

 そんな弟をまじまじと眺めて、アーシュはふっと顔の険をゆるめて苦笑してみせた。まるで普段通りのような表情だ。そのままフレイの肩に手を置き、諭すように語りかける。


「リディが自力で王都に戻った可能性もあるだろう?それに…いずれにせよ、さっきの『次元移動』についてもっと調べた方がいい。闇属性も関わっているなら、兄上に聞けば何かわかるかもしれない」


 優しい口調と王宮騎士らしい冷静な言葉に、不承不承、弟はうなずいた。いつものリディアへの執着ぶりを考えると、兄の冷静な態度は驚くほど意外だった。しかしこうも理詰めで説得されては従うしかない。ここに残っても意味がないことを、フレイも頭では理解していた。


 黙ったまま、彼らは森を抜けて王都の方向へ向かって歩き出す。フレイは、横を歩く兄の姿をちらりと眺めた。先ほどまでの険しい表情はそこにはない。冷静な兄に反して自分ばかりが混乱して感情的になっているように思えた。唇を噛んで、杖を持つ手に力を込める。

 …アーシュの心の中の焦燥感など、フレイには到底わかるはずがなかった。




術の説明が複雑怪奇なので、補足します…。


●今まで出てきた空間魔術●

<壁系>

・『(ウォール)』:目の前に透明な防護壁を作って敵の攻撃を防ぐ術。割と下位の空間魔術。(0話参照)

・『障壁(バリア)』:『壁』の上位魔術。より硬度の高い防護壁を築く術。『魔障壁(バリアマジック)』はその派生で、魔術攻撃を防ぐ防護壁を築く術。(7、8話参照)


<重力系>

・『反重力(アンチ・グラビティ)』:重力を制御して物体を浮かせる術。重力系。(2話参照)

・『重力落下(フリクション)』:『反重力』の派生。重力を制御して持ち上げた物体を下に叩き付ける術。ぐしゃり…。重力系。(15話参照)


<亜空間系>

・『転移(ディポート)』:敵を体ごと地上のどこかへ移動させる術。強制テレポートみたいなもの。亜空間系。(0話参照)

・『次元移動(トランスディメンション)』:真っ黒の異空間を召喚して自分をどこか別の空間に移動させる術。空間属性×闇属性。ワープやらルーラとはちょっぴり違います。亜空間系。(15、16話参照)


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