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13. フォートべア討伐

 

 南の森は、うっそうと繁る広葉樹の森だ。広がり枝を伸ばす緑で、森の中には光が届きにくい。


 木々の奥から、隙間を縫うように抜けてキラがこちらへ駆けてくる。暗い金色の毛並みが、少ない木漏れ日を受けてときどききらりと光る。

 その背後に現れたのは、小山のような黒い影。邪魔な木をなぎ倒し、キラを追う。それは、リディアたちに気付くと、新たな獲物を見つけた喜びに身を震わせた。すぐに、巨体を揺らして一直線に近づいてくる。その目には、異様な光。普通の獣とは何かが違う、狂気をはらんだ魔物特有の目だ。


「アシュ兄さま!お願い!」

「ああ、任せなさい」


 振り下ろされた太い前脚の一撃を、アーシュの盾が防いだ。余裕の表情で受け流すようにはじいて、敵を押し戻す。


 目の前にいるのは、おそろしく大きい、熊に似た生き物。黒い体躯は針のように鋭い刺で覆われていて、非常に固そうだ。要塞熊(フォートべア)と呼ばれるこの魔物には、物理攻撃はほとんど効かない。一旦は盾で押し戻されて一、二歩後ずさったが、すぐに体勢を戻して今度は体ごと飛び込むようにアーシュに攻撃を仕掛ける。

 巨体が総重量をかけてぶつかってくるのを、再びアーシュの盾が受け止めた。さすがに、今度は先ほどのように楽にというわけにはいかない。圧倒的な体重差に、踏ん張った足がずず、と土を削る。その後ろでは、すでにリディアとフレイが魔術の詠唱を始めていた。


「『腕力上昇(パワーアップ)』!」


 先に発動したのは、リディアの補助魔術。声とともに杖を振ると、アーシュの体が一瞬光の粒に包まれる。戦闘前にかけていた補助魔術を重ねがけして、力をさらに強化したのだ。それを受けて、アーシュが再度盾を押し返す。魔術で強化された腕は、簡単にフォートべアの体をはじいた。


「…『氷の矢(アイシクル)』」


 敵がよろめいた所に、フレイの黒魔術が放たれる。体の端、手足や頭を狙って鋭く尖った氷のかたまりが飛ぶ。足を射抜かれて、フォートべアはうなり声をあげた。怒りくるってさらに暴れようとしたところに、次々と氷でできた矢が刺さる。

 そこに、キラの咆哮が響いた。大地属性の魔獣の遠吠えに、森の地面が揺れる。たまらず、フォートべアは体勢を崩した。


「じゃあ、俺もそろそろ。『炎 付加アドフレイム)』」


 それまで防御に専念していたアーシュが、短く詠唱する。その言葉とともに、彼が持つ槍がゆらりと炎色にゆらめいた。金属の穂先が熱されたように赤く変わる。それを構えると、フレイとキラの攻撃にたじろいでいるフォートべアに向かって、短い距離を詰めた。


「それじゃ、バイバイ」


 にっこり笑うと、アーシュは赤く輝く槍をフォートべアに突き立てる。弱点の炎属性をまとった槍は、容易にその体を貫いた。硬く鋭い毛皮と頭の境目である、首の横に穂先が深々と突き刺さる。その瞬間、魔物の目から光が消えた。

 ずるり、と背中の後ろまで貫通したそれを引き抜くと、巨体がゆっくりと倒れた。勢い良く流れ出た血が、あたりの地面に吸い込まれていく。満足そうにそのさまを眺めて、アーシュは後ろを振り返った。


「いいかんじだねえ、リディ」


 その顔には、仕留めた際にかかったのだろう、返り血が数適かかっていた。しかし、これ以上ないくらいさわやかな笑顔だ。街にいるときより、よほどいきいきしている。


「順調すぎて、こわいくらいだね」


 杖を握りしめたまま、リディアはやんわりと微笑み返した。すでに、これが四頭目の獲物だった。




 フォートべア狩りは、思ったよりもずっと順調に進んでいた。今日の討伐のメンバーは、三人と一匹。アーシュ、リディア、フレイ、そしてキラだ。もともとは三人だけで来る予定だったのだが、出がけにキラがどうしてもリディアの側を離れなかったため、一緒に連れて来たのだ。


 討伐の手順は簡単。まず、リディアが全員の能力を補助魔法で強化する。キラが先行して敵を見つけ出し、俊足を生かしてリディアたちの待つ広い場所へ誘い出す。おびき出されたフォートべアが攻撃して来たら、アーシュが攻撃を盾で受け止める。その隙にフレイが黒魔術で攻撃して敵の手足を射抜く。ひるんだところで、アーシュが魔術槍を使ってとどめを刺す。

 この流れが、すでに四回。もちろん、アーシュが傷を負った場合は、リディアが戦闘後に治癒魔術をかけている。前回の討伐と違って大規模な魔術は使っていないので、フレイもリディアも術力の残り具合を気にする必要がない。やはり、盾役がひとりいると安定感が違う。


 今のところ、誰の魔力も暴走する様子はなかった。腕輪の効果が出ているのか、そもそもの心配が杞憂だったのか、リディアにはわからない。けれど、おかしなことが起きないならそれが一番だった。


 仕留めた獲物は、リディアが風の魔術で刃を作って解体している。ナイフを使うよりも風を使って解体する方が効率がいい。攻撃魔術は苦手だが、微妙なコントロールが得意なのでそれくらいは造作なかった。毛皮を剥いで血を払い、道具袋に収納する。

 魔物の解体など令嬢がするようなことではないが、依頼を受ける冒険者であればやって当たり前のことである。フレイもアーシュもそれをわかっているので、特にリディアを止めたりはしなかった。逆に、「ここを切断した方がいい」などとアドバイスをくれさえした。少しでも対等な仲間として扱ってもらえて、リディアはむしろ気が楽だった。


(解体くらい、自分でやらなきゃね)


 目の前の、皮を剥がれた無惨な死骸は、確かに見ていて気分のいい物ではない。というか、どうかすると吐きそうになるくらい気持ち悪い。しかし、解体は自分でしよう、と前々から決めていた。自分が依頼を受けてみんなを誘ったのだから、このくらいしなくては割が合わない。なんせリディアは戦闘ではあまり役に立たない。体力はないし、攻撃魔術は下手だし、はっきり言って弱いと思う。どうやっても一番守られる立場になってしまう。

 ふう、とため息を一つついて、前方で敵の気配に目を配る兄と弟の後ろ姿を見つめる。


(…もっと術を覚えて、強くなろう。冒険者ランクも、もっと上げなきゃ)


 いつまでも、守られるだけの人間でいるわけにはいかない。

 リディアは、道具袋—数日前ついに完成させた反重力(アンチ・グラビティ)を使った道具袋だ—に目をやった。そこには、今しがた解体した分を含めて四つの毛皮が収納されている。あと一つで今回の依頼のノルマは達成だ。


(今回のが終われば、ランクDか…。D以上になれば、迷宮(ダンジョン)にも行ける)


 冒険者ランクは、冒険者の強さを表すひとつの目安だ。依頼をこなすたびにステータス・カードにポイントが加点されていき、ランクが上がる。一定以上の依頼をこなしてランクD以上になれば、魔物の巣窟といわれる迷宮に入って、さらに難しい依頼をこなすことも可能になる。


 もちろん、冒険者ランクは実際の強さを正確に表しているわけではない。いくら強くても依頼をこなさなければランクは上がらないので、ランクが低いからといって戦闘能力も低いとは限らないのだ。例えば、冒険者ランクがDやEであっても、ランクC並みの戦闘能力を持つ者はざらにいる。フレイがそのいい例だろう。

 けれども、その逆はない。冒険者ランクが高い者は、絶対に間違いなく強いのだ。特にランクA以上は別格で、眠り竜の十倍の巨体を持つベヒーモスを一人で倒せるレベルだ。一回冒険依頼をこなすだけで、半年も贅沢な生活が出来るほどの収入が得られるという。現在ノワディルドに二十人もいないはずだ。


(ランクAなんてほど遠いけど、私だって、少しずつは…。研究をもっと進めて、新しい術を編み出せばきっと…)




 そんなことをつらつらと考えているときだった。順調に進む討伐に、リディアは忘れていた。ここが、魔物の住む危険な森であるということを。


「リディア!危ない!」


 そう聞こえたのは、弟の声だっただろうか。


 気付いたときには、背後から大きな衝撃を受けていた。そのまま、体が前のめりに倒れ込む。無防備だった背中に、なにか大きな重いものがのしかかった。あまりの熱さと痛みに、リディアはうめき声すらあげることができなかった。獣類特有の、生臭い匂いが鼻を突く。濁ったよだれが、目の前で地面に垂れ落ちた。


(っ…)


 何かを考える間もなく、リディアは意識を失った。





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