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11. 内緒の買物

 

 トキワとともに魔術学院を見て回った数日後。


 学院での研究を早めに切り上げたリディアは、商業区へ向かった。明日に控えたフォートべア討伐の前に、買っておきたいものがあったためだ。


 王都では、商業区は学院のある学業区の隣に位置している。目当ての店までは徒歩で半刻程度。体力のないリディアにも歩ける、さほど遠くない距離だった。




 商業区は、食用品店から宝石店、武器防具店など、あらゆる店が建ち並ぶエリアだ。常時人が多く、活気にあふれている。


(いつもより、かなりにぎやかだなあ)


 時刻は正午過ぎ。周りを見渡すと、国王誕生祭が近いからだろう、街は普段よりさらに人出が多い様子だった。大通りには食べ物の出店が並び、売り子たちが声を上げて客を集めている。皮までカリッと焼けたビオラ鳥の香味焼きに、ほかほかと湯気の上がるゼレッタ芋のスープ、あつあつのビベオ肉を挟んだバゲット…通りには屋台特有の美味しそうな匂いが漂っていた。まだ朝夕に寒さの残るこの季節、暖かい食べ物の匂いは食欲をそそる。

 

 昼食がまだだったリディアは、ビオラ鳥の香味焼きを一つ買って、食べながら通りを進んだ。香草がほどよく効いていて噛むたびに口の中に肉汁が広がる。ファビウス家の食卓では出ることのない、庶民の味だ。


(うちのごはんもおいしいけど、たまにはこういうの食べたくなるよね)


 歩きながらリディアは考える。食べながら歩くのも醍醐味の一つだ。自分ではよく覚えていないが、きっと前世では庶民だったのだろう。こういう食べ方がとてもなつかしい。

 たとえ貴族の令嬢らしくないと言われても、こうやって街を歩くのがリディアは好きだった。馬車で移動するよりずっと街が身近に感じられ、たくさんの情報が得られる。何より、街の風景は見ていてとても楽しかった。思わず、うきうきした気分になってしまう。


(って、いけないいけない、今日はそれどころじゃないんだった…)


 ついつい緩みがちな気を引き締め、懐の奥の財布を片手で触って確かめる。念のため、いつもの白銀貨に併せて今日は金貨も持っていた。

 商業区は下層区と比べて比較的治安が良いが、人で混雑した大通りでは、スリや置き引きなどが多い。懐にはきちんと気をつけていなければいけなかった。いくら聖騎士たちが治安維持に目を光らせているといっても、軽微な犯罪までは取り締まることができていないのが現状だ。


 香味焼きを食べ終わると、リディアは臙脂色のローブの裾を手で払い、簡単に身支度を整えた。目当ての店は、もうすぐそこだ。短く「よし」と気合いを入れ、彼女は細い路地へ足を踏み入れた。







 通りから店内に入ると、一瞬目の前が真っ暗になったかのような錯覚に陥る。午後の日差しがまぶしい外と比べて、店の中は薄暗かった。何度かまばたきして、ようやく視界が回復する。

 見渡すと、それほど大きくない店の中には、たくさんの装飾品が並べられていた。室内には、濃厚な魔力の気配が漂う。

 ここは、魔術で加工されたアクセサリの専門店。商業区の中では比較的小さな店だ。


 今回、リディアがわざわざここまで買い物に来たのには訳があった。ファビウス家御用達の魔術品店では扱っていない、珍しいアクセサリがあるという評判を聞いてきたのだ。


 一通り店内を見て回ったあと、店主に用向きを伝える。目当ての品は奥まった棚に置かれていた。貝殻で装飾された、細い金細工の腕輪だ。だが、もちろんただの腕輪ではない。—特殊スキルの発動を制御するアクセサリ、である。


 店主に声をかけて、手に取らせてもらう。小ぶりであまり派手でないデザインは、リディアの腕にしっくり馴染んだ。


(これなら、いつも付けてても目立たないかも。ただのブレスレットに見える)

 

 自分の腕をためつすがめつ眺めて、そんなことを考える。どうしてもこれを買って試してみたかった。…自分の特殊スキルを、なんとかしたかったから。

 


 特殊スキル、それは個人個人で異なる特別なスキルだ。『調合』や『鍛冶』といった汎用スキルのように、学んだり修練を積んだりして習得できるものではない。後天的に身に付く場合もあるが、先天性のものが多い。たいていは、その人物の生まれ育ちや性格、周りの環境に影響されたものだ。

 代表的なものがいずれかの属性の『精霊の守護』で、これは血筋に影響を受けることが多い。例えば、リディアの兄クライブは『闇の精霊の守護』を特殊スキルとして持っている。ファビウスの血の濃さがスキルとして現れた形だ。 


 ほとんどの特殊スキルは持っている者にとって有用なものだ。それを制御しようなどと考える者は少ない。だからこそ、リディアの目の前にあるこの腕輪は、かなり珍しいものだった。


(これで、私のスキル制御できるかな?)


 リディアは、自分の特殊スキルを思い浮かべる。ステータス・カードに、なぜか前世の言語—日本語で綴られているその言葉。おそらく、この世界ではリディア以外の誰にも読めないだろう。なぜ日本語で表示されているのかもわからなければ、書いてある内容も抽象的でよくわからない、不思議なスキルだ。


 ――『異界の(ことわり)』。

 

 スキル欄には日本語でただそう書かれている。


 王立図書館で調べたことがあるが、そういう名前のスキルはどこにも載っていなかった。おそらくリディアが異世界から転生した者であることと何か関係があるのだろうが、そんな前例はなかったし、似たような事例もないようだった。


 それでも、最初のうちはあまり気にしていなかった。どんな影響を及ぼしているのかわからなかったし、実害もなかったから。

 けれど、ここ最近、身の回りでおかしなことが起きることが多い。特に、討伐に出かけるとかなりの確率でハプニングに遭遇する。前回の眠り竜(ドラゴン)討伐でフレイの魔力が暴発したのもおそらくこのスキルに関係しているのではないか、とリディアはにらんでいた。

 フレイは、禁術を扱うほどの優秀な黒魔術師だ。それなのに、あんな初歩的なコントロールミスをするのはおかしい。実を言うと、その前の討伐でも似たようなことがあったのだ。その時も、フレイの近くにはリディアがいた。


 最近では、自分の特殊スキルは『魔力妨害(ジャミング)』というスキルに似た作用を持っているのではないか、とリディアは推測している。詠唱者の側にいるだけで魔術の構築を妨害するという、魔術師には嫌われそうなスキルだ。

 もしくは、ただ何かトラブルを引き寄せるようなスキルという可能性も否めない。そうだとすれば、周りの人間には迷惑すぎる。


 とにかく、厄介なものであることは間違いなさそうなので、リディアはわざわざ商業区までこの腕輪を買いに来たのだった。


 

 腕輪の値段は、リディアが考えていたよりもずいぶん安いものだった。需要がなさすぎて売れなかったらしい。店主は、少し交渉しただけで白銀貨二枚と銀貨五枚までまけてくれた。

 今までの依頼の報酬で払いきれなかったらどうしよう、と考えていたので、リディアにとっては嬉しい誤算だった。腕輪はそのまま付けて帰ることにして、自分の財布から清算を済ませる。

 もちろん、家の者に言えば多少高価なものだって買えるのだが、リディアが今日ここに来てこんな買物をしたことを、家族には知られたくなかった。


(前世のことといい、このスキルのことといい、みんなには言えないことが多いな…)


 帰り道、腕に付けたアクセサリを見つめ、リディアはため息をついた。

 家族には、嫌われたくない。前世の記憶のこともおかしな特殊スキルのことも打ち明けられるものではなかった。



今回は説明多め。次回もう一話はさんでからいよいよ討伐です。

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