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8. 禁術の使い手

 ギルトラッド・ディ・ノワディルド。長い白金色の髪に切れ長の目を持つ、印象的な容姿の第二王子。


 確か、リディアやフレイと同じ年だったはずだ。父がまだ生きていた頃、共に王宮に出かけて見かけたことがある。当時、第二王子は病弱で王宮からあまり出ることがないと噂されていた。


 リディアは演習室の中の人物をじっくりと眺めた。素早い動きで攻撃魔術を避けている彼は、とても病弱そうには見えなかった。


「王子って黒魔術科の生徒だったの?」


「ああ。俺たちが上級科に進んだのと同じ時期に、復学したんだ」


 フレイの声に、リディアは素直に納得した。復学…つまり、最近まで休んでいたということか。それなら、西棟にあまり来ないリディアが学院内で見かけたことがなくても不思議ではない。


「ふーん、あの人王子サマなんだ。どおりであっち側、ギャラリーがいっぱい」


 二人の会話を聞いて、トキワが窓の向こう、反対側の壁を指差した。そちら側には、こちらよりかなり大きい観戦用の窓がある。見ると、遠目にもたくさんの人だかりができていた。


「ギルトラッドの演習のときは、いつもあのくらい人が集まる」


「へー、人気者だね」


 リディアは気のないあいづちを打った。正直言って、王子にそこまでの関心があるわけではなかった。


 ちょうどそのとき、魔術で作られた火球の一つが演習室の魔障壁(バリア・マジック)に当たってかき消えた。かなりの勢いで飛んで来ていたのに、こちら側に音も衝撃も伝えることなく一瞬で消える。


 途端に、リディアの興味は王子から魔障壁へと移った。


(完成度高いなあ、これ。どういう術式でできてるんだろ)


 中で行われている演習そっちのけで、部屋の壁面を観察し始める。『(ウォール)』やその上位の『障壁(バリア)』系は基本的に空間魔術なので、術式がわかればリディアにも使えるかもしれない。術がはじけるたびに虹色に輝くのは、属性魔術が何種類か混じっているからだろうか…。


 考え始めたリディアの思考を、トキワの声が遮った。


「なあなあ。あの王子サマ、なんか全然反撃しないけど…何してんだ?」


 不思議そうに、後ろのリディアたちを振り返る。

 部屋の中、魔障壁の向こうには、短い詠唱で小規模の魔術を打ち続ける三人と、負傷しながらもそれをよける王子。トキワには、ギルトラッドは逃げ回るばかりで何もしていないように見えるようだ。もっともな疑問に、フレイとリディアは顔を見合わせた。どちらともなく苦笑する。


「あれはね、多分…禁術を唱えてるんだよ」


 リディアも詳しいわけではないが、状況を見ればわかった。王子の詠唱によって場に力が引き寄せられているのが感じられる。フレイが術を使うときの感覚とよく似ていた。


「キンジュツ?なに、それ?」


「攻撃魔術の一種だ。複雑だから詠唱に時間はかかるが、威力はその分大きい」


 端的すぎるフレイの説明に、トキワがわかったようなわからないような顔をしている。


 禁術とは、その名の通り、あまりの威力の絶大さに禁じられた古代の術だ。今となっては術式もほとんど失われていて、文献もあまり残っていない。近年になって、わずかに残った文献の研究が進められているが、難解すぎて扱える者が少ないのが現状だ。

 構成が複雑なため、短縮詠唱をすることが難しく、必然的に詠唱に長い時間が必要となる。


 リディアは、かみ砕いた言葉で付け足した。


「あれはね、難しすぎて、戦闘で使える人はあんまりいないの。詠唱している間、隙だらけになっちゃうしね。だから、こういう戦い方は結構珍しい—」


 言いかけたとき、演習室内が爆炎で満たされた。ごうごうと燃え盛る炎が部屋全体を包み込む。


 ギルトラッドの禁術が完成したのだ。


「…終わったな」


 フレイがつぶやいて、戦闘演習の終わりを告げる。

 立ち上っていた炎が消えると、室内にはローブの生徒たちがばらばらに倒れていた。様子からして重傷のようだ。一人、ギルトラッド王子だけがその場に立っていた。彼自身もまた、戦闘中に負った傷で満身創痍だ。


 リディアはその様子を窓の外からぼんやりと眺めていた。やっぱり戦闘魔術は格好いいなあ、と目を細める。

 その瞬間、こちらを振り返ったギルドラッドと目が合った。二人の視線がからまる。リディアはぱちぱちと瞬いた。なぜ彼はこちらを見ているのだろう。リディアの赤いローブが珍しいのだろうか。…それにしても。


(かかわりあったら、めんどくさそう)


 リディア自身の特殊スキルのことを考えると、特に。何が起きるかわからないが、王子などと関わったら厄介そうなことだけは確かだ。

 彼女はそっと視線をそらした。


「なあリディア、あの人たち治癒してあげなくていいの?」


「きっと、救護班がいるでしょ」


 トキワに尋ねられて、彼女はゆるく首を横に振った。

 リディアは白魔術科の生徒たちほど上手く治癒魔術が使えるわけではない。行ってもあまり役に立たないだろう。


(あそこで怪我してるのが、もしもフレイやトキワだったら、何をおいても駆けつけるだろうけど)


 王子といえども、所詮は他人だ。リディアは、家族以外の人間と深い関わりを持ちたくなかった。


「行こ、フレイ、トキワ」


 二人を促して、リディアはさっさと黒魔術科を後にした。








 三人は、中庭の回廊を通り抜けて隣の棟へ向かっていた。前を歩くトキワの背中を見ながら、リディアはフレイに話しかけた。 


「王子も、禁術使えるんだね。今の学院では、フレイだけなんだと思ってた」


「別に…そこまで珍しいわけじゃないし。それに俺は、ギルドラッドみたいに動き回りながら詠唱したりできない」


 動きながら、しかも敵の攻撃を避けながら詠唱を行うのはかなり高度な技だ。フレイにも難しいかもしれない。


「…大丈夫。詠唱の時間稼ぎくらい、私がいくらでもするよ」


 ギルトラッド王子の戦い方は、一人で敵と対峙することに慣れた者の戦い方だった。前を守る騎士たちも後衛で援護する補助者もいないとき、黒魔術師はああして自分で攻撃を避けるしかない。

 それでも、魔術師同士の戦いなら、自分も魔力をぶつけて相殺する方法もあるというのに、それすらしていなかった。禁術で確実に敵を仕留めることだけを狙う戦法。


(私は、ああいう戦い方好きじゃない)


 あんなふうに戦っていては、敵を倒すことができても自分も傷ついてしまう。下手をすれば、命も危うい。たとえ高度な技術なのだとしても、弟にあんな戦いをして欲しくなかった。

 幸い、リディアには空間魔術の適性がある。家族を守るためなら、いくらでも障壁(バリア)系の魔術を覚えようと思っていた。


「フレイには、私がついてる。誰にも詠唱の邪魔はさせないよ」


 リディアは、弟に向かって笑いかけた。一人でなんて戦ってほしくない、という意味を込めて。

 そんな姉に、フレイは一瞬言葉を失って立ち止まった。つられて、リディアも足を止める。不思議に思って見上げると、フレイは難しい顔で何か考え込んでいた。


「どうかした?」


「いや…なんでも、ない」


 歯切れの悪い返答。様子のおかしな弟にリディアは首をかしげた。しかし、ちょうどそのとき前を行くトキワに呼ばれ、気にしつつも彼の側を離れる。



 残された弟は、その場で一人そっとため息をついた。


「…何だよ。これじゃ、まるっきり逆だろ…」


 今日そのとき、フレイがもっと強くなろうと決意したことを、リディアは知るよしもなかった。



みなさま、お気に入り登録ありがとうございます。励みになります。


今のところ、王子様は脇役です。台詞なし…。


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