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耳が聞えなかった少女  作者: 伊藤 孝一
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第一章④

 茫然自失のまま時間は過ぎていった。いつの間にか昼休みになっていた。明音は一人で弁当を食べていた。音が聞えるために余計に自分が孤独だという事を思い知らされた。朝食は音がある事でおいしく食べられたのに今度は音があるために味が分からない。おいしいとは思えなかった。


 明音は周りを見回す。誰も明音の事など気にしていなかった。まるで最初からいないものと考えられているようだった。


 うっすらと目に涙がたまっていく。耳が聞こえることで楽しい高校生活が始まると思っていた。それがこんな形で裏切られると思わなかった。だんだん我慢が出来なくなってポロリポロリと涙が落ちていく。

 

 明音は悲しくなって弁当に手を付けられなくなってしまった。お母さんがせっかく作ってくれたのに申し訳ないと思ったが食べる事が出来なかった。けれども誰も声を掛けてくれる人はいなかった。今はほっといて欲しいと思う反面、寂しさがさらにこみ上げてきた。


 結局、明音は弁当を食べる事ができずに次の授業になった。


 次の授業では明音は先生に指されなかった。明音はまた、先生から酷い事を言われるのではないかと怯えていた。それで、先生から指される事を避けたかったのだ。緊張で張り詰めて授業の話なんてほとんど聞えていなかった。




 そして、ようやく今日の授業が終了した。明音は早く家に帰りたいと思った。帰りのホームルームが終わるとすぐに教室を出て行った。廊下を出て階段を下りて、すぐに校舎を出た。そして学校の門を出たところで、ようやくホッと出来た。


 悪夢のような一日だったと明音は振り返った。あんなに楽しかった学校が今では恐かった。耳が聞こえていない時にはまったく気付きもしなかった。あんな風に先生に「馬鹿娘」なんて言われていたとは明音は思いもよらなかった。クラスの皆からもこんな扱いをされているとは思わなかった。何だか学校に行きたくなくなってきた。明日行くのがつらい。


 明音は足取りもトボトボと力が入らずに足を引きずる様に歩いていた。

 

 ようやく家に着いたらお母さんが出迎えてくれた。


「どうだった?」


 とお母さんが聞いてくるが


「ウン……」


 と明音はそう言ったきりで何も言わずに自分の部屋に入った。カバンをその辺に投げてうつぶせにベッドに倒れこむ。


「ツカレタ」


 そう呟く。疲れて何も考えられなかった。というより何も考えたくなかった。今はただ休みたかった。そして、そのまま明音は眠ってしまった。




 明音が目を覚ましたのは夕食の時間だった。お母さんの呼ぶ声が聞こえたのでダイニングに向かう。テーブルには食事が用意されていてお父さんが先に座っていた。


「だいぶ、疲れたみたいね」


 とお母さんが茶碗にご飯を入れて私のところに置く。私も椅子に座った。


「まあ、耳が聞こえてから始めての学校なのだから疲れて当たり前だろう」


 そうお父さんが言う。お母さんも席に座り


「いただきます」


 と三人の声を合わせて言う。


 明音は黙々とご飯を食べていた。あまり学校のことは喋りたくなかった。けれども両親はやっぱり気になるのか、次から次へと学校での事を質問してきた。


「どう、学校は楽しい? 新しい友達は出来た?」


「授業には付いていけるか?」


 等々聞かれたが、明音は喋らなかった。両親は不思議がっていたが、思っているより疲れているのだろうと納得したらしく、静かに食事をしていた。


 明音は思い切って学校に行きたくない、言ってしまおうかと思ったけれども、今まで苦労してようやく耳を治してくれた両親のことを思うと言い出せなくなってしまった。耳が聞えるようになればもっと幸せになれると思っていたのに、どんどん辛くなっていた。こんな事なら耳なんて聞えなければ良かったのにとすら思った。


 でも折角、治してくれた両親に申し訳がないと心を切り替えた。まだ初日だ。慣れない事もある。でもきっとやっていける。そう明音は信じた。


「オカアサン」


「ん、どうしたの?」


 いきなり、声を掛けられたので少し驚いているようだった。


「ワタシ、ガンバッテガッコウイッテクルネ(私、頑張って、学校行って来るね)」


 そう言われてお母さんが安心したように笑顔を見せて


「うん、頑張ってね。明音」


 と言った。明音もそれを聞いて、もう一度、頑張ってみようと改めて決意した。

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