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耳が聞えなかった少女  作者: 伊藤 孝一
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第一章②

 外はまだ暑い熱気に包まれていた。蝉の声がうるさいほど鳴り響く。そのくせ何処にいるかまったく分からないのが不思議だ。


「アツイ……」


 明音はつい呟いてしまう。蝉の声を聞くとさらに暑さが増したような気がした。汗をぬぐって学校へと進んでいく。近づくにつれて同じ制服姿の人達とすれ違うようになる。みんな、ワイワイと会話しながら学校に向かっていく。私にも早く会話の出来る友達を作りたいと明音は思った。


 そんな風に同級生を見ながら歩いて、ついに学校に着いた。校門を抜けて校舎へと入っていく。中でもガヤガヤと色々な人の声が聞こえてくる。こんなにたくさんの人の声は始めて聞くので少し慣れないなと思う。


 靴を下駄箱に入れて、持ってきた上履きに履き替える。そして自分のクラスへと向かう。階段をタンタンと上がる。すると同級生が廊下のあちらこちらで喋っていた。教室に入るとガヤガヤとみんなが喋っていた。本当は皆の中に入りたかったけど勇気が出ず自分の机に付いた。周りの音が聞えている中に一人でいると孤独感を感じた。


 明音は周りにいる友達が声を掛けてくれないかと期待したが、誰も声を掛けてこなかった。それが明音を不安にさせた。こんな不安な気持ちになることはなかった。だけど明音は思い直した。これは耳が聞こえるようになって、私がまだ慣れていないからそんな気持ちになるんだ。きっと慣れればこんな気持ちはすぐに無くなっていく。そう明音は思った。そう思ったら少し心が軽くなり不安も和らいだ。


 キーンコーンカンコーン


 とチャイムの音が聞える。どうやら朝礼が始まるようだ。これは明音にとって学校の楽しみの一つだった。今までは挨拶が聞えないので皆に遅れて立ち上がっていた。だけれども、今日は音が聞える。皆と並んで席を立ち上がることが出来るのだ。


 先生がガラガラとドアを開けて教室の中に入ってくる。そして教壇の前に立って


「日直、号令」


 と今日の日直に指示を出す。


「はい」


 と女子が立ち上がる。その子を見て明音はドキッとした。明音はその子が苦手だった。何故か明音が先生に指されて答えを言うと皆は笑顔を向けてくれるのに、その子だけが怒っているような顔をしているのだ。きっと彼女は私の事が嫌いなんだろうと明音は思った。だから出来るだけ

近づかないようにしていた。


「起立」


 凛とした彼女の声が響く。皆、一斉に席を立ち上がる。明音は慌てて席を立った。結局、皆と出遅れて立ち上がった。残念、今日は皆と席を立てると思っていたのにと、少ししょげた。


「きょうつけ」


これは皆と一緒に出来た。


「礼」


 と皆で先生に向かってお辞儀をする。


「着席」


 これでようやく座れる。皆は簡単にやっている事が明音にとっては一つ一つの行動が緊張の連続であった。


「今から始業式があるので体育館に行って下さい」


 そう言われてみんな、ガヤガヤと移動した。楽しそうな声が聞こえてなんだか自分も楽しくなる。


「静かに行きなさい」


 と先生の声が聞こえる。それでしばらく静かになるが、またすぐに騒がしくなる。先生も諦めたのか、もうこれ以上に何も言わなくなった。体育館に入ると大勢の生徒が綺麗に整列していて壮観だった。全員並ぶといよいよ始業式が始まる。


 音があるとまた雰囲気が違ったようなものに見える。校歌合唱も始めて聞いた。あれだけの人数が一斉に歌うと迫力があった。最後の校長先生の話も、こんな声をしているんだと新鮮だった。


 そんなこんなで始業式が終わると教室に帰ってホームルームになった。


「えー、今日は宮本さんから話があります」


 そう言われて明音は立ち上がる。実は昨日、先生から耳が治った事を自分の口から報告するようにと言われていた。それで明音は昨日から一生懸命、練習したのだ。


「先生~耳も聞えないのに喋れるんですか~」


 と一人の男子が手を上げて言う。それに対して周りがクスクスと笑っている。


「良いから聞いていなさい」


 そう先生が諭す。そして明音は前に出る。いよいよ本番だ。緊張で胸が張り裂けそうになるのを落ち着かせる。そして用意した原稿用紙を取り出す。


「ミナサン、オハヨウゴザイマス」


 明音が喋ったとたんに何故か教室では笑いが起きていた。何かおかしい言い方を仕方のかもしれない。明音は慌てた。


「ア、ウ、スイマセン、マダナレテイナイノデ」


 そう言うとさらに教室では大きな笑いが起こる。明音はさらに混乱する。


「静かにしなさい! ちゃんと聞きなさい」


 先生がそう言う事で何とか場が収まった。明音はホッと撫で下ろして再び原稿を読む。


「ワタシハミミガキコエマセンデシタ。イツモソノセイデクラスニメイワクヲカケルコトモタクサンアリマシタ。フツウナラキラワレテモシカタガナイトコロヲクラスノミンナハアタタカクミマモッテクレマシタ。ホントウニアリガトウゴザイマス。ワタシハトッテモシアワセモノデス。ダケド、ミミガキコエナイノハヤッパリサミシイ。ミンナトオシャベリデキナイシコエモキクコトガデキナイ。ソコデワタシハケツイシテミミノシュジュツヲウケマシタ。ケッカ、シュジュツハセイコウシテミミガキコエルヨウニナリマシタ。コレデワタシモミンナトオシャベリデキルヨウニナリマシタ。マダシャベルノハナレナイデスガイッショウケンメイ、ヤッテイクノデマタヨロシクオネガイシマス。


(私は耳が聞こえませんでした。いつもそのせいでクラスに迷惑を掛ける事もたくさんありました。普通なら嫌われても仕方が無い所をクラスの皆は温かく見守ってくれました。


本当にありがとうございます。私はとっても幸せ者です。だけど、耳が聞こえないのはやっぱり寂しい。


皆とお喋りできないし声も聞くことが出来ない。そこで私は決意して耳の手術を受けました。


結果、手術は成功して耳が聞こえるようになりました。これで私も皆とお喋り出来るようになりました。まだ喋るのは慣れないですが一生懸命、やっていくのでまたよろしくお願いします。)」


明音は精一杯やった。ちょっと緊張して上手くいかなかった所があったけど、手ごたえはあった。

そして明音はクラスのほうを見た。だけどクラスは呆然としていた。


 そして一人の生徒が手を上げて


「先生~何言っているか分かりませーん」


 そう言うと、また爆笑に包まれた。明音はショックだった。だけど仕方が無い。また喋るのが下手な私が悪いんだ。そう考えた。ふと日直の女子に目がいった。彼女は黙ってむっつりとした顔をしていた。ちょっと恐いと明音は思った。


「はい、静かに」


 先生が生徒を注意する。


「つまりだ。宮本さんは夏休みに手術を受けて耳が聞こえるようになったんだ」


 そういうと生徒が固まって明音の方を見た。その目はあまり好意的には感じられなかった。


 パチパチ


 と誰かが拍手をする音が聞えた。それにつられて徐々に拍手が増えていった。やっと明音はホッとした。ようよく祝福されている事を感じたのだ。


「じゃあ、宮本さん。席に着いて下さい」


 そう先生に言われて私は席まで歩いた。


「良かったわね」


 そう誰かに言われた。そちらを見ると日直の苦手な女子だった。明音は驚いて何も言えずに自分の席に座った。チラッと彼女を見たら少し寂しそうな顔をしていた。明音は少し悪い事をしたな

と思った。


「他には特に無いので終わります。日直、号令」


 と先生が言うとすばやく立ち上がり。


「起立」


「きょうつけ」


「れい」


と言ってお辞儀をした。明音は、今度は皆と揃ってすることが出来た。

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