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耳が聞えなかった少女  作者: 伊藤 孝一
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序章




 明音(あかね)は生まれたときから耳が聞こえなかった。


 両親の方針で一般の学校に通っていたが気にはしていなかった。よく、いじめられるとか言うけど明音はそんな事は無かった。


 授業中は先生の目線や口元の動きを確認していた。ちゃんと出ているか分からないけれども声を出して答えた。すると先生が笑顔で返してくれる。そしてクラスメイトも笑顔で見守ってくれていた。だから明音は幸せだった。


 そして高校2年の夏休み。


 ついに明音の聞えなかった耳が治る手術を受けられる事になった。これで、さらに幸せが増えると思った。今まで文章でしか知らなかった、音。想像するしかなかったお母さん、お父さん、友達の声。それがついに聞けるんだ。


 そう思うだけで明音は胸が詰まった。涙が出て来た。


 そして今日が手術の日だ。明音はすでに病室のベッドの上だった。


 看護師と医者がやってきた。いよいよ手術の時間だ。


 (大丈夫、きっと成功する)


 そう自分に言い聞かせながら目をつぶった。明音は手術室まで運ばれていった。




 

明音の手術は見事に成功した。


 しばらくして麻酔から覚めた。


「声、聞こえる? 明音?」


 手話を交えてお母さんが聞く。明音の瞳から一滴の涙が流れ落ちる。


 明音は頷いた。


 それを見た両親は涙して喜んで、明音を抱きしめた。初めて聞いた両親の声は幸せな泣き声だった。凄く大きい音だったけれども幸せを感じる。


(ああ、これが音なんだ)


 何もかもが真新しく全てが違って見えた。両親の声だけでなく、他の人の声、病院の機械音、外から聞える雑音。全てが明音にとっては素晴らしいハーモニーを奏でる楽器であり、音楽だった。


「ア……ア……」


 有難うと明音は言いたかったが、どう発音して言いか分からない。そもそも、どうやって声を出していいのかも分からなかった。それを聞いたお母さんが


「明音、お母さんよ」


と手話を使いお母さんが発音の仕方を教える。明音はそれに習って声を出そうと必死に喉から声を絞り出す。


「オ…カ…ア…サ…ン」


それを聞くと、また一滴、お母さんが涙を落とす。


「そうよ、お母さんよ」


「オ…カ…ア…サ…ン」


そうやって、明音とお母さんは何度も何度も声を出し合った。





 この日から明音のリハビリが始まった。夏休み中に出来るだけの事はして学校に行けるようにしたいと思っていた。


 手話を使わずに声の音だけで会話を理解するのは中々大変だった。今までとは違うコミュニケーションの取り方に慣れず、何度も泣きそうになった。


 だけど明音は決して諦めなかった。学校で待ってくれているクラスメイトと、ちゃんと声で会話する為に、もっと仲良くなれるように毎日毎日、一歩ずつ一歩ずつ前進していった。


 夏休みの終わり頃、明音が出す声はまだ普通の人たちに比べたらおかしかった。だけど少しずつ会話が成立するようになってきた。相手の言葉は難しい言葉でなければ分かるようになった。


 これで皆と一緒に会話を楽しめる。


 明音は夏休みが終わるのが待ち遠しかった。他の人は夏休みが終わるのは残念な事なのだろうけど、明音にとっては楽しみな事だったのだ。





 そして退院の日


 お世話になった先生、看護師が病院の門までお見送りをしてくれた。


「おめでとう」


 看護師から花束を貰う。明音は涙を浮かべながら


「ア…リ…ガ…ト…ウ」


 と詰まりながら答える。すると先生が満足そうに笑顔になって


「だいぶ喋れるようになったね。これなら学校でも、大丈夫だ」


 と言って励ましてくれた。その心に明音はまた涙ぐむ。本当に良い先生に会えて良かったと心から思った。


「学校で一杯友達つくるのよ」


 そう言うのは、いつも色々な相談に乗ってくれていた看護師さんだった。リハビリがつらくて泣きそうになった時も、上手く声が出せなくて落ち込んだときも、いつも励ましてくれたのは看護師さんだった。


 私は頷いた。もう、感極まって声が出せなかった。本当に優しい人達に囲まれて幸せだと心から思った。


「さあ、行こうか」


 とお父さんに促された。明音は何度も何度も病院が見えなくなるまで振り返りながら歩いた。そして病院が見えなくなった。


 明音は何処か寂しい思いを感じたが、もう振り返らずに前を向いて歩いた。それは雛が巣立ちする気持ちと一緒なのだろうと明音は思った。


 雛が大空に飛び立つように自分も飛んでいけるといいなと漠然と思い、空を見上げた。そこには晴れた青い空が一面に広がっていた。


(きっと、楽しい学園生活が始まる)


 この空を見て明音は確信する。蝉が煩わしいくらい鳴いている。だけど明音には祝福のファンファーレに聞えた。車の音、人の足音、その他、全ての雑音が明音には祝福の音楽に聞えた。


 明音はこの時、寂しさを忘れ、明日への希望に胸をときめかせた。


 きっと学校には今まで以上に楽しい生活が待っていると


これからの明音の生活を楽しんでいただければ幸いです

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