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第2話――行為の代償――

呼び出しを受けて職員室に着くなり俺は一人の教師の誘導を受けて視聴覚室の近くに連れてこられた。


その教師は学年主任の教師で一瞬本当に自分の知らないうちに何かをやらかしてしまったのかと思ってしまうのは一種の条件反射だろう。


街中をパトロールしているパトカーを見たときの感覚に似ているかもしれない。


もともと俺の校内での印象はあまりよいものではない。


その教師の表情には敵意のような嫌悪のような表情がありありとにじみ出ていた。


「中に入れ。」


簡潔にいうなり教師はもう用は済んだとばかりにさっさと職員室に戻って行った。


俺がここに連れてこられた理由は何でも能力検査の再検査のためらしい。


この検査は各地域の保健所からの派遣員が行っているのだが何でも今回その保健所のほうで手違いがあったらしく俺の検査データを紛失してしまった。


そのためにもう一度検査をしてデータをとれないかとのことだった。


去っていく教師の後姿を見送った後で軽く木でできた引き戸をノックする。


コツコツと小気味いい音が響く。


「どうぞ」


「失礼します」


俺は引き戸を引いて中に入る。中にいたのは白髪の交じりかけた初老の男が一人ともうすぐ30に手が届こうかという年齢のしかしそれでもまだまだ若々しさを感じさせる看護師だった。


いずれも白衣を身にまとい医者特有の清潔さを感じさせる服装だ。


視聴覚室、とはいうもののその構造は特別教室となんら変わりない。


広さも部屋の構造もほぼ教室と同じように作られている。


違いをあげるとするならばこの部屋に用意された机は教室のものと違って長机であること、教室前方に黒板が取り付けられておらず、代わりに上方に収納式のスクリーンが設置されていることだ。


しかし今は部屋が検査用に使われている為かいつも綺麗に並べられている長机は部屋の隅に綺麗に片づけられ、スクリーンのほうも収納されている。


用意されているのは窓際に置かれた長机とイス。


イスは机を挟むようにして置かれており、窓を背にして白衣を着た医者はすでにイスに腰掛けている。


「座って」


指示に従って空いているパイプイスに腰掛けた。年季が入っているのか


体重をかけた途端にギシギシとイスが悲鳴を上げた。


机の上には検査をするための機材。これは脳波の検出用だ。


検査といってもそんな仰々しい事はしない。検査を受ける人間がする事はヘッドフォンのような機械をかぶってしばらくじっとしている。


ただそれだけだ。


能力者というのは一般人とは違う脳波を発する。


その脳波をこのヘッドフォンのような機械で検出し、モニタに表示するという仕組みになっている。


専門家ではない俺には詳しいことはさっぱり分からないのだが。


医者の指示を受けて看護師が机上のモニタのスイッチを入れた。


モニタは医者と検査を受けている人間双方が見えるようになっている。


「じゃあ、それをかぶってくれるかな」


渡されたヘッドフォンをつける。


途端にモニタに表示されている緑色の線が揺らぎ、波形を形どった。


これが俺の現在の脳波ということらしい。左から右へ流れる俺の脳波を見て医者は何かを考え込んだ後看護師に指示を加える。


すぐさま看護師が返事をしてモニタの電源部の近くにあるつまみを回転させる。


表示が切り替わり波形だった俺の脳波がさらに大きいものになる。


それをしばらく見つめて医者はうーむ、と唸っていたが次第に納得したらしい。


手元の書類に何やら結果を書き込み、看護師にスイッチを切るように指示してから


「もう外していいよ、お疲れ様。」


「あ、はい」


「時間をとらせて悪かったね」


「どうでしたか」


「うん、春に検査した時と同じで異常はないね。」


「………………そうですか」


「それじゃあ、後は教室に戻ってくれて結構だよ。重ねて言うけれどお疲れ様」


人当たりのいい柔和な笑みを浮かべて医者はいった


「はい、では失礼します」


立ち上がり、一礼してから入って来たドアと反対側のドアを開けて俺は廊下に出た。


背後では機材を片づける物音。思考を切り替えて、俺は先ほどのやり取りについて考える。


結果を聞いた時、あの医者はこう言った。異常はない、春と同じで。


春の俺の検査結果をあの医者は覚えている。それは何もおかしい事ではない。


以前の検査結果で反応がでなかったからこそ俺はこの学校にいるのだから。


だがそうじゃない。あのニュアンス、口ぶり。


俺にはデータを紛失した者のように聞こえなかった。


いうなればそう、前にあったデータと今回のデータを照らし合わせた上で異常はない。


そういった感じがしっくり来る。そんな理由をでっちあげてまで今の時期に再検査。


昨日の今日でこの出来事。これは、おそらく………………。


あくまで可能性の一つではあるがその可能性は決して低くない。


ゆえに俺はこう考える。


「奴の差し金、そう考えるのが妥当だろうな」






「陰性、だったってよー」


「………………そうか」


とある部屋の一室。日も落ちかけた逢魔が刻。


差し込む夕日が室内を朱色に染めあげる。


部屋の半分には黒革のソファとガラス張りの低いテーブル。


もう半分には大きなビジネスデスクが鎮座している。


机上にはたまった書類が山積み。


棚のほうも最低限の整理しかなされていないのかところどころくしゃくしゃになった紙切れが顔をのぞかせている。


応接室と私室がごっちゃに合わさったような部屋だった。


部屋の中には男女がひと組。


ビジネスデスクに備え付けられた肘掛け付きの回転椅子に座るのは中年の男。


机上の書類が乱れるのも構わず両足を机の上に投げ出している。


口にはタバコ。


おもむろに口もとのタバコをとって灰皿にもっていきトントンと灰を落とす。


その灰皿はすでに吸殻で一杯になっており皿のふちでどうにか落ちてくる灰を受け止める。


そんなだらしない男とは対照的なのが応接間のソファに座る少女のたたずまいだ。


高校の制服を着込みソファに身を預けたまま腕を腹のあたりで組み、落ち着き払った態度で黙って男の報告を聞いていた。


「能力者かもしんねーっつーお前の予想、外れちまったなー優」


「検査結果に間違いは………………ないのだろうな」


「まー、あの検査の精度に間違いなんてこたーまずねーからなー」


気の抜けるような真面目とはかけ離れた口調で男はいう。


「けど、目撃証言が2つもあるわけだしなー。お前と、京楽と。見間違いだったわけじゃなーよなー?」


「ああ、確かに見た。コンクリートが京楽の攻撃を防ぐところをな」


そして最後の決定打。あれも角川 七音が能力を行使したものであると、小波 優は仮説立てている。


それ以外にあの現象は説明がつかない。


小波優の中でその仮説は半ば確信めいているといってもよかった。


だがその仮説が今日出た検査の結果によって真っ向から否定された。


検査の結果が陰性。それはつまり一般人である事の証明だ。この検査をかいくぐる方法など聞いたことが無い。


陰性、という結果はそれだけ真実に近い情報であると言っていい。


しかし小波 優は自分の見たものを無下に切り捨てない。


あれは確かに見間違いなどではなかった。


小波 優の中で2つの矛盾した事実がせめぎあう。


「まあ、ひとまずは調査は打ち切りってとこか。優のいっていたやつは能力のない一般人でした。これでいちおーの解決、だなー」


「…………そうだな」


そう呟いたきり小波 優は口を閉ざす。思索にふけっているのだろう。


そんな小波 優の様子を見て男はちょっかいを出す。


「なーんか不服そうだなー」


「………………」


「ふむ、状況から推測するにー。うーん、なんだろなー、そう、たとえば!」


男はふざけた口調で遊戯にふけるかのように小波 優の不満を推測し始める。


回転椅子にもたれ、タバコを口にくわえたまま男は左腕を頭の後ろに回したままピン、と前に出した右手の人差し指を立てる。


「件の角川くん、お前に何かした?」


「………………それは報告した通りだ。京楽に追われていた角川を避難させた。そして私と京楽が戦っていたところにヤツが飛び出してきた。出てくるなり指示を飛ばしてその通りに動いて事態は解決。それだけだ」


「ふむ、で、何が不満なワケー?」


「別に不満があるわけではないのだが、そうだな、強いていうならば」


「いうならば?」


「あまり論理的でないいいかたは好きではないのだが、なんとなく、だな」


「………………へーめーずーらーしー、優がそんないいかたするなんて」


男が茶化すようにいうと小波は言うべきではなかったかもしれない、と己の迂闊さを反省して内心で嘆息した。


これ以上ここにいても生産的ではない。用はもう済んだ。


そう思い立った小波 優は傍らに置いてあったカバンを手にとって革張りのソファから立ち上がる。


「では、また何かあったら呼んでくれ」


「ほいほーい。」


相変わらず軽い調子で男は軽く手をひらひらさせる。それが男なりの別れの挨拶なのだ。


本人曰く、別れを重いものにしないようにするためにあえてぞんざいにしているらしい。


だが小波 優は断じて信じない。これは本人が単純に面倒くさがっているだけであるという説を強く信じている。


「ではな、名暮」


パタン、と静かに部屋のドアが閉じられた。部屋に残されたのは男一人。


小波 優が出て行った後もマイペースを崩さずプカプカとタバコをふかしている。


そんな小波 優に名暮、と呼ばれた男がおもむろにデスク上の一組の書類を手に取る。


そこには一人の高校生のプロフィールから昨日の私生活までに及ぶ詳細なデータが記されていた。


「角川 七音、ねぇ」


このデータは昨日の事件の後から小波に事情を聞くなりすぐに部下に集めさせたデータだ。


そんな個人情報をたやすく手に入れられるだけの権力をこの男は持っている。


「たっはー、職権濫用だよな、個人情報入手とか」


江崎 名暮。ゴスペル桜森支部の支部長。男の名前とついてる役職名である。


「それにしても、角川 七音クンなー。おもしれーじゃねーの。人生波乱万丈ってかい」


一度目を通した書類に再び目を通して江崎 名暮はほくそ笑む。


夕暮れの一室に一人の男の抑えたような笑い声が響きわたった。



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