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第1話―同級生―

本日のカリキュラムすべての終了を告げるチャイムが鳴り、


苦行を終えた学生たちはすぐさま席を立つ。


ある者は部活動、ある者は友人同士で街に繰り出す計画を立てていたり。


さて、どこかによって帰るのも悪くはない、そんな気分だ。


ついでに五反田も誘ってみよう。


そう思って辺りを見渡してみたものの見当たらない。


内心で舌打ちする。


いなくてもいいときにのこのこしゃしゃり出てくるくせにこちらから


アクションをかけようとすればこれだ。


なんとかみ合わないことか。


些細なことに少々の苛立ちを覚え、何気なく歯噛みする。


そんな折に話しかけてきた人物は非常に間が悪かったといえよう。


事実俺の対応は褒められたものではなく――――――。


「か、角川くん。」


「何だ。今俺は忙しい。」


半ば反射で声の主を確認せず応答。


同時に思索をめぐらせる。授業は終わったばかり。


いくら五反田といえどまだそう遠くにはいっていないはず。


追ってみるか?


「その、ちょっと、伝言があるんだけど……」


「何だ」


思考を邪魔されてついつい物言いがきつくなってしまう。


ゆれる両天秤。


五反田を追いかけてまで街に繰り出す気分か否か。


悩みどころであるがゆえ答えに窮する。


「えーと、五反田くんが自分の代わりに角川くんが掃除してくれる


っていっていたんだけど、本当?」


「……」


伏せていた顔を上げて目の前に立っている声の主を確認する。


小柄な女子だ。髪は肩につくくらいのショートカット。


視線はうつむきがちで華奢な体躯もあいまって全体的に弱々しい


雰囲気を醸しだしている。


近年は~系という言い方が流行っているがそれに当てはめるならば


小動物系という言い方が一番しっくりくる。


クラスメイトであることは間違いないのだろうが、いかんせん俺は


クラスの人間に興味がなく、交流もないためにクラスメイトの名前はろく


に覚えていない。


だが名前を覚えていずとも会話は成立するもので……


「いや、そんな話は聞いていないな。五反田に任された覚えはない」


「あ、そうなんだ」


それを聞いてあからさまにシュンと落ち込む目の前の女子。


その姿に思わず憐憫の情を抱きそうになる。


それくらいの薄幸そうな雰囲気を目の前の女子は醸しだしていた。


いかにも貧乏くじを引いて生きていそうなそんな印象。


何もしていないはずなのに何故か湧き上がってきそうになる


罪悪感を押さえ込む。


「用はそれだけか?なら、俺は帰るぞ。」


「あっ、うん引き止めてゴメンね、角川くん。」


もとより返答を待つつもりはない。


目の前の女子が何か言い終わる前にカバンを手にして席を立ち横を


通り過ぎる。


決めた。


もとより五反田がいなければならない用があるわけでもない。


誘おうと思ったのは単なる気まぐれだ。


一人で街をぶらつくことにしよう。






「おっ」


「あっ」


街に繰り出す前に俺は校内の図書室に寄っていた。


図書館ほどとはいえないものの、学校の図書室にも割りあい


豊富な図書が揃っているもので、俺はよくこの学校の図書室


を利用している。


今も読み終わった本を返却して新しい本を借りてきたところだ。


図書室を出て昇降口に向かう五反田と偶然鉢合わせたのはそんな


折だった。


そこからはほとんど思考するまでもなく体が反射的に動き、気づけば


逃げ出そうとしていた五反田の襟首を引っつかんでいた。


「どうして逃げるんだ、五反田?」


「ち、違う!俺は何もしていない!」


「何もしていないなら逃げる必要はないだろう」


「俺はお前を売ったりなんか断じてしてねぇ!」


「……きもちのいい自白をどうもありがとう。」


「だ、だからやってねぇって!」


「あー、分かった分かった。一応言い訳は聞いてやるから、いってみろ。」


五反田の襟首をしっかり掴んだまま下駄箱から外履きを取り出して


履き替える。


器用なことに五反田も襟首をつかまれた姿勢のまま首をすくめて高さを


調節をしながら下駄箱から靴を取り出す。


……傍から見ればたいそう奇妙な光景に見えたことだろう。


男二人がくっついて靴を履き変えているこの光景は。


履き替えて玄関を出る。流石にゼロ距離でくっついて歩きたくはない。


男二人ではむさくるしいことこの上ないので、逃げないよう釘を刺しつつ五反田の襟首から


手を離してやる。


五反田が口を開いて自白をし始めた。


「でな、七音、お前を売ったのはな……」


「ほう」


「違う!間違った!今のは単なるいい間違え!」


まあ、俺はこいつが黒だと知っているのでいまさらどう弁解しようが


一向に気にしないのだがそれでも弁解の第一声が罪の告白とはいかがなもの


だろうか。


ジト目でにらむ俺を前に五反田は大きく咳払いをひとつして仕切りなおす。


「ウォッホン。えーとだな。まず授業が終わって俺はすぐに教室を出ようと


したわけだ。その速度、まさに電光石火のごとく!


俺の通った道には稲妻が閃いたもんさ。


だが、そんな俺に追いつく影が一つ。なんと委員長ではあるまいか。


女子の身でありながらその身のこなしも電光石火。瞬く間に俺は追いつかれたよ」


「……電光石火で動く女子高生とはいかがなものか。」


委員長。俺に話しかけてきた女子のことだろうか。


「そして!捕まえた俺に委員長ーーーあー、委員長っていちいちいうのも


微妙だな。えーと不二家がな、こういったんだ。


掃除をちゃんとして、と。俺の体を電光石火の衝撃が走りぬけたよ。」


「好きな、電光石火」


「で、だ。俺はそこで咄嗟に言い訳を考えついた。


俺の虹色の脳細胞フル回転」


「幸せそうな思考回路だな」


「大事な用があるから今日だけは無理なんだっていったら不二家が


じゃあしかたないって折れてくれたんだよ。


フフ、我ながら自分の言い訳作りの才能に恐れを抱いちまったぜ。」


「なら、どうして今ここで俺の追及を受けているんだろうなぁ。」


「でもな、言い訳はうまくいったんだけどよ。でもその後の不二家が


なんていうか、不憫でよぉ。


思わず七音のことが口からついてでてな、いっちゃったんだよ。


そういやぁ七音に頼んであるんだったって。やー、はは、俺、いいやつ」


五反田がポリポリと照れたように後頭部をかく。


……抑えろ。まずは話を最後まで聞こうじゃないか。


「けどな、そんな俺がまっすぐ帰ろうとしてたのによ、


運悪くウッチーに見つかっちまってなぁ。」


ウッチーとは宇都宮教諭のことだ。担当教科は数学。


俺たちのクラス担任でもある。五反田の成績は推して知るべし。


故に五反田はしっかりと宇都宮教諭にマークされている。


このように補習と臨時課題が追加されるのも割合いつものことだ。


「んで、職員室に連行されて前のテストの補習プリントこんなん。」


そういってカバンから取り出したるは厚みのある20枚ほどの


B5のプリントの束。


補習のプリントというからにはあらゆる教科の最低限かつ最重要の知識が


ぎっしり書き込まれているに違いない。


それすなわち宇都宮の愛といっても過言ではないだろう。


「……それで?」


「ん?後はそのまま玄関に向かって七音と鉢合わせて今って感じだけど?」


「で?」


「いや、で?、って他に話すことなんかあったっけ?」


「俺をお前が言うところの仕方なくかつ断腸の思いで売り払った理由とは?」


「あ、あー、あーあー……」


「……判決は有罪でいいか?」


「異議あり!」


「却下する!」


両手はグー。それでもって五反田の両こめかみを固定。断罪。


「ーーーーーッッッ。ぐあああぁぁぁぁーーーッッッ!!!」


最初こそ声をこらえようとしていたもののそれはほんの数秒もたず、


口から地獄のそこから響き渡っているといっても違和感のない断末魔の


叫び声をあげて五反田が悶絶する。


俗にいうグリグリである。力の弱い人間でもアラ不思議。


最小の力でも最高の痛みを引き出せます。


それにしても五反田の苦しみ方は予想外であまりにも声が大きいもの


だから周囲に人がいないか反射的に気を回す。


こんな状況を見られていらない誤解を受けたくはない。


そんな風に辺りを見回していると俺たちの教室が目にとまった。


何か動いている。


まだ人が残っているのか?注意してみるとそれは先ほど俺に話しかけてきた


女子だった。


教室の端から端。


女子の細腕ではやはりそれは重いのかえっちらおっちらといった様子で机を運んでいる。


掃除をし


ているのか……?遊びであんなことをしているわけではあるまい。


今の今まで何往復も何往復も。


先ほど見たときの印象に違わずどうやら本当に貧乏くじをひく人間であったらしい。


ふむ。よく考えれば責任の一端は掃除をサボった五反田にもあるわけだ。


俺が自分で刑を執行するのもやぶさかではないが、もっと適した方法があるじゃないか。


「……五反田、お前の刑が決定したぞ。」


「い、今のが、刑じゃ、な、かった、だと……!?」


息も絶え絶えの憔悴しきった五反田を歩くよう促し今来た道を戻る。


目には目を、歯には歯をかの古代文明の法典の有名な一説だ。


何をさせるつもりか、などここまで言えば後は説明するま


でもないことと思うので説明は割愛する。






教室の前、ドアの数歩手前まで来て俺たちは立ち尽くしている。


教室の中からは見ようとしない限り見えない場所。


教室内からはせっせと机を運ぶ物音がする。


こっそり中をうかがってみればどうやら委員長こと不二家一人だった


というのは俺の見間違いだったらしい。


物音は二つ。


少し驚いたことに、それは昼間見かけた校内でも一、二を争う有名人と


いっても過言ではない、小波 優だった。


「えーと、小波さん。手伝ってくれてありがとね。」


「……ああ」


「小波さん、放課後に用事とかなかったの?迷惑じゃなかった?」


「……ああ」


「そ、そっかぁ」


アハハ、と苦笑いしつつ言葉を濁す不二家。このやり取りを見ただけで


俺は今までどういうやり取りがされてきたのか軽く理解できた。


場を和ませようと努力する不二家。


対して小波は無愛想に、見ようによってはめんどくさそうに応答。


結果的に不二家の努力は空回り。


それに無意識のうちに力関係も構築されているのではないだろうか。


「こ、小波さん。その机運び終わったら……」


本人にその気はないのかもしれないが傍から見ている分にはジロリと


いった表現がしっくりくる、そんな目つきで小波は机を持ったまま


立ち止まって不二家を見やった。


「えぇと、やっぱり掃き掃除私がやっておくね……」


完全に小波の立ち位置が不二家を上回っている。


あれは果たして素でやっているのだろうか。


ある意味一本筋の通った生き方だといえなくもない。


中の様子を伺ってから、なおも躊躇して教室にはいろうとしない


五反田を叱咤する。


「なあ、七音よぉ。本当に行かなきゃ駄目か?」


「ここまできて怖気づくこともないだろう。そもそもお前の蒔いた種だ。


拒否権はない。」


「なんていって入ればいいんだよ」


「そんなものはなんだっていいだろう。それくらい自分の言葉で考えろ」


「ぐぬぬ……」


突き放すような俺の言葉に歯軋りする五反田。


やがて覚悟を決めたのか勢いよく教室に入っていった。


俺も後に続いて入っていく。


「あれ、五反田くんと角川くん?どうしたの?」


「お、おう、そ、その、だな……。き、今日は天気がいいなぁ!」


「え?う、うん、そうだね?」


不二家が突然のことにどうしていいかわからないけれども


とりあえず反応をしておこうとでもいう風にきょとんとし


つつも律儀に五反田の相手をする。


「っ……。だ、だから……」


なおもいいあぐねる五反田。


一度嘘をついたことで話しにくくなっているのか歯切れが非常に


悪い。


……しょうがない。このままでは話が進まない。


助け舟の一つでも出してやろう。善意ではない。決して。


これはあくまで俺の欲求を、五反田に俺を謀った罰を与えるためなのだ。


と、内心でつぶやく。


「今のを要約するとな、掃除をサボってすみません、だな。」


「え、でも五反田くんは大事な用事があったんだよね?」


「いや、それはーーー」


五反田が口を開きかける。


随分と遅いものだがようやく自分で罪を白状する気になったらしい


が、機先を制するように目の前の女子ーーー不二家といったかーーーが


閃いたといった様子で笑顔になる。


「そっかぁ。ここにいるってことは用事が終わったんだ。


それで掃除の事思い出して手伝いにきてくれたの?。嬉しいな。えへへ」


…………バカか、こいつは。


思わず口をついてでそうになる言葉をのど元でどうにか飲み込み、内心で


そのバカさ加減にあきれ返る。まず疑うべきは目の前の人間が嘘をついていた


という可能性だろう。


いや分かっていて見逃した、あるいは今もその前提が成り立っている上で追及を


避けているという可能性もある。


だが目の前の女子はそんな狡猾なタイプにはとても見えない。


人をだますというポジションから遠く離れたバカがつきそうなほどの正直なタイプだ


と思う。


もっとも人は見かけによらない。


目の前の不二家という女子についてろくすっぽ知っているわけでもない。


そんな不二家という人間について混乱しつつも状況は進行する。


不二家の都合のいいととれる解釈。


五反田はそれを不二家の優しさと受け取ったらしい。


何故か妙に気合の入った様子で


「あ、ああ!実はそうなんだよ!やあ、やっぱり誰かに掃除を


押し付けるってのはいけねぇよな、うん!」


溌剌として掃除にとりかかった。


五反田の台詞が若干勘に触ったがそれはこの際だ。


無視してやることにする。


「俺、何すればいい!?」


「じゃあ、小波さんと一緒に机を運んでくれるかな?」


「おっけぇぇい!」


小波 優は俺たちが教室に入ってきたのもまったく気にせず


ただ淡々と机を運び続けていた。


まるで俺たちのことなど関係ないと言外にほのめかしているかのようだ。


掃除が再開されて俄かに教室が活気付く。


1人より2人、2人より3人。


不二家について考えていた思考を振り払い3人の掃除する様子を


教壇に腰掛けて眺める。


何気なく教卓の上から手に取ったクラス名簿。


中を開いて一つの名を探す。


探すといってもそれは探すというほど手間のかかるものではなかった。


不二家 千代子。


名前の横には赤い印。


それはおそらくクラス委員であることの証明か。


クラス委員、ね。


責任の伴う割りに大した利益も見出せない役職だ。


これを担う人間は正に貧乏くじを引いたといってもいいのではないか。


自分からやると言い出す人間はよっぽどのお人よしくらいしかいないだろう。


金を積まれでもしない限り俺にはとてもやろうとは思えないな。


「え、えと、か、角川くん。」


「ん?」


いつの間に立っていたのだろう。目の前には自在箒を持った不二家がいた。


なんとなく自分が今まで不二家の欄を見ていたことを見抜かれているので


はないか、そんな少しばかり後ろめたいような気持ちになりつつクラス名簿


をパタリと閉じる。


「も、もしよかったら…、ほんとにもしよかったらでいいんだよ?


その……、角川くんも掃除手伝ってくれないかなぁ、なんて……」


「いやだ」


上目遣いで頼んでくる不二家の言葉を俺は最後まで聞くことなく即答。拒否。


なぜ当番に割り当てられてもいないのに掃除を手伝わなければならないのか。


そんなものはボランティアと同義で、更にいうなら一銭の足しにもなら


ないボランティアというものが俺は大嫌いだ。


絶対にやりたくはない。


「そ、そっかぁ……」


萎れた花のごとく、瞬く間に浮かんでいた笑顔は消え去り、


シュンというのがぴったりな様子落ち込む不二家。


その哀愁漂う姿が俺の胸を刺激する。……あぁ、五反田の言っていたことが


少し分かるような気がする。


立ち去るその不二家の背中を見ていると俺は罪悪感を抱かずには


いられなかった。


五反田と小波に混じって再び掃除を再会する不二家。


しかし負のオーラはそのままで、先ほどまでシャンと伸びていた背中は


すっかり丸くなり周囲の空気が湿っているような錯覚さえ起こさせる。


それだけでも十分見ている人間を不快にさせるが、極めつけはーーー


ザッ、ザッ、チラッ。ザッ、ザッ、チラッ。


数掃きするたびに諦めきれないといった様子の視線をこちらに送ってくるのだ。


気にすることはない。


無理やり自分に言い聞かせて無視を決め込む事にする。


何となく視線を外し、そっぽを向いてしまう。


「…………」


ザッ、チラッ、ザッ、チラッ、ザッ、チラッ。


「~~~~~~ッッッ。はぁ~~~~~~~~~ッ」


深いため息をひとつついて重い腰を上げ、掃き掃除をしている不二家の


近場の机に手をかける


「貸し一つだぞ。」


「え、あ……、うん!ありがとう、角川くん!」


萎れた花はどこへやら。


花はすっかり元気を取り戻して満開に。


そう思えるくらいの笑顔を不二家は俺に向けた。


よほどご機嫌だったのか、その後の掃除の最中も不二家の笑顔は影をひそめる


ことはなく、小さな声で鼻歌まで歌い出す始末だった。


たかが掃除を手伝うといっただけでここまで喜ぶとは安い人間だ。


そう考えつつもほんの少しだけこんな笑顔を見れるならば手伝う甲斐


が少しはあったかもしれないなどと、不覚にもそう考えてしまったのだった。 



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