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第4話~江崎名暮の見解~

「そこの路地を右。そのまま地下駐車場に入ってくれ俺の予想通りなら


もうすぐそこに犯人グループが現れるはずだ」


「了解」


直後、通信機の向こうで大きな音。戦闘が始まったようだ。


そこに待ち伏せされているとは思っていなかったためか犯人グループの


野太い狼狽する声が聞こえる。


犯人の抵抗が始まる。声に続く発砲音。


場所が地下であるためかその音は増幅されてただでさえ大きい音が


鼓膜を余計に刺激する。


あまりに音が大きすぎるため、集音性の高いマイクに時折ノイズが


混じる。


直に、地力の差が表れ、男の呻き声が一つ、二つ。


人体が地面や車に叩きつけられる音。


今回小波は銃を使用していない。


小波の能力ならば無闇やたらに銃を使うよりもそっちの方が無能力者の


無力化には都合がいい。


それでも相手が銃を用いていることを考えれば並大抵の体術で対応


できないのも確かだ。


確かな裏打ちのある実力。


アラウンズの一角たる小波 優は今存分にその力を振るっていた。


体格差のあるであろう相手を俊敏な動きで翻弄して決してその動きを


捉えさせない。


死角外からの一撃は相手に気づかせず。


その能力ゆえにガードは不可能。


触れただけで不思議なほど体は制御を失い、宙を舞う。


男に向けられたフックのようの一撃はわき腹に突き刺さり、


まるで鈍器で殴りつけるかのような低く、鈍重な音。続いてドサリ、と


人体が崩れ落ちていく。


一人、二人と打ち倒されていく中、荒げたようなドスの効いた声が一つ


響き渡った。


「動くんじゃねぇ!それ以上動くとこいつがどうなっても知らねぇぞ!」


リーダー格と思しき男が警備員の中年の男性の首もとに刃渡りの長い


ナイフを突きつけていた。


地下に備え付けられた防犯カメラ越しに俺は状況を見守る。


警備員の男性は目の前のナイフに命の危機を感じてひどくおびえた表情を


していた。


「どうするよ、七音?このままじゃピーンチ、だぜ?」


「心配は要りません。小波、そいつは無視していい。捕縛を続けろ。」


「……………人質を見捨てろというのか?」


「いや、そんなことをいうほど俺も外道じゃないさ。結論から言おう。


そいつは人質でもなんでもない」


「………なるほど」


それだけで小波は俺が何をいわんとしているか察してくれたらしい。


小波はすぐさま戦闘の続行に移った。


予想外のことに男は狼狽するが、激情して人質に傷をつける気配はない。


リーダーを守るようにして立ちふさがった男達を小波は瞬く間に地に沈


めていく。


ストップ&ダッシュ。緩急をつけた小波の動きにタイミングを外されて


男の横なぎに払われたナイフが空を切る。


その隙に乗じて男のナイフを持った腕の外側に回りこんだ小波が軽くな


でるようにその肩口に手を置く。


男の体が半回転。


下を向いた男の頭を小波がそのまま肩口の服を引っつかみ重力の力も借


りてアスファルトに叩きつける。


男の意識は一瞬で刈り取られた。


アスファルトにひびが入ったかのような、そんな錯覚すら抱いてしまう


ほどダイナミックな一撃だった。


続く、2人目が男を倒した直後の隙をついて小波の背後から迫る。


警棒を持って小波の首を絡めとろうと両腕を回す。


それを察知した小波は身を屈めて逆に反撃に転じ、体を半回転させて


男の足を払って転ばせる。


自分の攻撃の空振りも相まって体勢を崩した男の体がさらに崩れる。


背中から男が地に倒れこみ、その頭が地に触れる瞬間、立ち上がった


小波がその首もと付近に蹴りを放つ。


空ぶっていたかのように見えたそれはその実小波の狙い通りにヒットし


ていたらしい。


掠めるようにそれでもしっかりと顎をとらえたその蹴りは男を無力化。


倒れた男の体はピクリとも動かなかった。


「あー、俺にもわかってきたわ。もしかしてそういうオチ?」


「ええ、そういうオチです。犯人が立てこもっている際に人質が一人い


るという話でしたが犯人は逃走経路であるこの地点までごく短時間で


やってきました。


人一人を抱えた状態では考えられないような速度。


仮に脅されていたとはいえ、人質がそこまで全力で走れるものでしょう


か。


恐怖に駆られた極限状態で、さらに犯人の拘束を受けた状態で。


考えられるのは人質はもともと人質ではなく強盗犯の一味であったこと。


そして移動中は拘束を解かれてあった、です」


その推論を裏付けるかのようにリーダー格の男に刃物を突きつけられて


いた男が突然敵意をむき出しにして牙を剥いた。


警備員服の腰元からスッと警棒を抜き取って小波に振りかぶる。


正中線めがけて振り下ろされたそれを一歩距離をとって紙一重で避ける。


チェンジオブペース。


振り下ろされた凶器が振り終わるのを待って、その瞬間に小波は前へ


ゆらりとした回避動作から雷のごとき前進動作へと切り替える。


手首を返してなお小波に逆袈裟気味に警棒を振るおうとした男の手に


小波がスッと手を添えた。


人体力学上ありえない動きで男の体が宙を舞う。


出力は抑えたのだろう。


男の意識はまだ残ったままだ。


それは計算ずくの、次打の布石となる一撃。


小波は力強く一歩をダンッと踏みしめて全体重を預けた一撃を宙に浮か


ぶ男のどてっ腹に叩き込む。


先行する体に遅れるようについてきた右腕が男の腹部に嫌な音を立てて


めり込んだ。


受けた男の表情が苦痛に歪み肺から空気がもれ出る。


まるで体内から何かを搾り出すように小波の握りこぶしは男の腹部に埋


まっていく。


全てがスローモーションになったその一瞬。


とうとうその反発を受けて男の体が跳ね飛んでいく。


その先には先ほどまで人質を抱きこんでいたリーダー格の男。


全ては一瞬だった。


先に襲い掛かった男に続いて自身も小波に襲いかかろうとしていたの


だろう。


その予想は一転して覆され、リーダー格の男には先行した男が自身を襲う


障害と化すなど予想できなかった。


不意をつかれた男は思わず男を受け止める形となった。


受け止めた勢いのまま男は数歩後ろに下がった後でしりもちを


つく。


その拍子に取り落としたナイフが綺麗に舗装されたアスファルトの


床をカラカラと音を立てて回転しながら滑っていく。


小波が目元にかかった髪を頭をひと振りしてうっとうしそうに左右に


振り払った。


「大人しく着いてきてもらおうか」


「ぐっ………くそがっ…………!!」


リーダー格の男が歯噛みして悔しがるも自身の敗北を悟ってか抵抗する


素振りはない。


江崎の指示を受けて地下駐車場に次々とゴスペルの人員が投入される。


事態は無事収束に向かった。








「いやー、なかなかの手腕じゃねーの、七音」


「いつ失敗するかドキドキものでしたよ」


「ぬかせ」


笑いながら江崎が俺のわき腹を肘で小突く。


意外と強いその一撃に少し眉をしかめる。


小さい事件から大きい事件まで、ここ最近はことあるごとに呼び出しを


受けて解決に協力した。


俺の実験期間ということもあってかゴスペルの担当範囲外であるはずの


単なる傷害事件にまで介入している。


今回もその一件で銀行に立てこもった強盗事件を担当した。


ポジション的には参謀。


実質的な責任者である江崎に意見を述べて江崎がそれを参考にして指示


を出す。


とはいえ、作戦を立てたのは全て俺なので失敗すれば責任の追及は


間違いなく俺が被ることになる。


そういうポジションに置いたのは間違いなく俺を試すためだ。


そしてどうやら俺はその期待に応えることができたらしい。


犠牲者はなく、事件は無事に解決という形で幕を閉じた。


江崎はその結果に大分満足そうでさきほどからニヤニヤと頬が


緩みっぱなしだ。


「………………気持ち悪いです。こっちを見ないでください」


「照れるなよう。ほめてんだから」


「照れてません」


「やー、もう七音ってばやーっぱツンデレだなぁ」


そっぽを向いて視線を反らした俺の態度をそのように取られるのは不快


だったが突っ込むとさらに泥沼にはまりそうで怖い。


なにぶん、江崎の性格は癖が強い。


そのせいか俺はどうにもうまく折り合いがつけられずこの江崎という男に


小波とは別種の嫌悪を抱いている。


その構築した壁すらも江崎の独自解釈によって踏み荒らされて俺のほうへ


侵入してこようとしてくるのでなおさら性質が悪い。


「そういや、今回も連携ばっちりだったな」


「何のことですか」


「決まってんだろー。優との、だよ」


いしんでんしーん、と隣で戯言をほざく江崎。


今日の締め、事件の幕引きは小波の手によって行われたわけだが、その


作戦を提案したのは俺だった。


セオリーとしては待ち伏せ地点に大人数を配置しておくのだろうが敵にも


味方にも被害者は出したくない。


さらにいえば大人数を地下駐車場という狭い範囲に展開すれば身動きが


取れない。


理想は少人数による制圧。


その点で戦力的に理想的だったのが小波だったという


それだけの話だ。


事件の最後、臨時的に俺は指揮権を江崎に渡されていたわけだが、


そのときに小波に出した指示のやり取りを指しているのだろう。


人質に対するたいした説明もせずに小波に意図は伝わった。


「相性バッチリなんじゃない?お前ら」


「プライベートではまったく相性がかみ合いませんけどね」


「んー、やっぱ優のこと、嫌い?」


ふっ、と息を噴出すようにして俺は笑った。


「愚問ですね」


これ以上話すことは何もない。そう思い俺は江崎に背を向けて距離を


置いた。


「こりゃまだまだ道のりは遠い、かな」


江崎が捨て台詞のように呟いた言葉は俺の耳に届くことはなかった。





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