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第2話――不意打ち――

何気なくなのだろう。ふぅ、と一仕事を終えた小波が息をついた。


それにしても、と俺はたった今目の前で繰り広げられた光景をリフレインする。


俺の想像を超えたとはいったものの、可能性の一つとしてそのプランはあった。


すなわち、あの隙に乗じて一気に大宮をしとめること。


しかしそれを行うことの前提として協力者、つまり小波との連携は欠かせない。


そんなチームワークが俺たちの間に存在するはずもなく、仕方なしに大宮と俺を分断するという妥協案に留まった。


本来その時点で俺の作戦は万々歳。十分成功といっていいはずだった。


それをこの女は………………。本能か、そうした方がいいという瞬時の判断か。

                ・・・・・・ 

とにもかくにも、小波は俺の動きに合わせてきた。


もっともそれはこの状況において喜ぶべきことなのだろうが………。


そんな俺の視線の先にいる小波はブレザーの懐から携帯を取り出してどこかに連絡していた。


おそらくゴスペルの本部だろう。


「大宮 智瀬は仕留めた。後は早急に救助部隊の手配を。生き埋めになっている人達がいる。」


「もう向かってんよ~」


電話の受話口から小さく相手の声が雨音に混じって聞こえてきた。


その声と同時、道路の向こうに複数の乗用車の影が見えた。


黒の車の助手席に乗った一人の男がフロントガラス越しにのんきに俺たちに向けて手を振っていた。


乗用車群は俺たちの近くで止まり、次々に人が降りてくる。防水対策の一環として皆雨合羽の上下を着込んでいる。


そんな人々の中で一人だけビニール傘を差したひげ面の中年男がいた。


「ういじゃ、ひとつよろしくう!」


白衣を羽織った男のそんな緊迫感のない合図とともに救助作業が開始される。


わらっと一斉にそれぞれの持ち場につくべく人が動き出す。


俺はその勢いに押されるかのようにしてバスから離れた。上に乗っかった土砂が順調に取り除かれていき、次第に非常口から、一人、二人、と出てくるのが確認できた。


この分ならもう力を使う必要はないだろう。


「よー、また会ったな、少年」


その時、戦闘が終わって緊張の糸が切れたためかボーっとたたずんでいた俺に声がかけられた。


件のこの場で唯一傘を差した白衣の中年男だった。


よく周囲に気を配れば小波がジッと俺のほうを見つめていた。相変わらず何を考えているのか表情からはうかがい知れない。


「しかし、少年もついてないなー。この前事件に巻き込まれたばっかだってのにまーた事件たあ、カーッ!参るだろ?」


まるで俺ではなく自分自身がそうであるかのように男はいった。他者にここまで感情移入できるとは、この男は随分豊かな感性とユーモアを持ち合わせているらしい。


「ま、こんなとこで立ち話もなんだ。疲れてんよな。そんだけ濡れてりゃ風邪もひいちまうってもんだ。着替え一式ならあっからよかったら向こうのキャンピングカーでシャワーでも浴


びてきていいぜい?」


「いや、でも」


「いやいや、遠慮しなくていいって。ここは大人の好意に甘えときなさいって。それにどうせ少年をすぐに返すわけにはいかんのだよ。ほら、君がここにいて優と一緒にいたってことは


事件の目撃者なわけだっしょ?」


ふざけた語尾をつけた白衣の男は続ける。


「これ、どういう意味か分かるっしょ?」


つまりはそういうこと。前の事件と同じく俺から証言をとる必要があるわけだ。


しかも今回に限っては小波以外の目撃者は俺だけ。他の人間に押し付けるわけにも行かない。


もっとも、小波が報告さえすればすみそうなものだが、恐らくそう都合よくいくことはないだろう。


「じゃあ、お言葉に甘えて」


「おう、この場は俺に任せて、速く行くんだー」


「………………」


男のそうであるかどうか判別のしにくいボケに突っ込みを入れるかどうか迷いつつも結局何もいわず、俺はその場を後にして道の端っこに駐車されてある大型のキャンピングカーに向け


て歩き出した。








「こんなんでえーかい、優?」


「何を突然」


「優の中のわだかまりを解消するのは今がチャーンス、だと思うぜい?まだ確信持てないんだろ?」


この男は相変わらず、と小波は内心で呟いた。ふざけた言動をして自分を見ていないようでしっかり見ている。


角川 七音について出た結果に納得がいっていないことはお見通しだったらしい。


そのために今、角川を誘導してこのシチュエーションを作り上げた。


「今なら誰の邪魔の入らない密室で二人っきりー。いやん」


「その表現はどうかと思うが」


「いーじゃん。実際その通りなんだしさー。で、どうすんの?」


小波は考え込むような素振りを見せる。自分の中の疑問の解消。


「折角の大人の好意には甘えとくべきよー?」


「お前のような輩が大人だとはあまり認めたくはないがな」


先ほど角川にいったようなものと同じような台詞を吐く江崎をバッサリと小波は切り捨てる。


だが、口ではそういいつつも足はすでに角川の消えたキャンピングカーへと向いていた。


真実を求める。その欲求が小波を突き動かす。小波は江崎に2,3何かを呟いてそして角川の待つキャンピングカーへと向かった。








制服はは長時間雨に打たれてずぶ濡れ。体の方も夏も間近だというのにすっかり冷え切っていた。


だが白衣の男にいわれたようにすぐにシャワーを浴びる気にはなれず、地面を転げ回ったせいでところどころ汚れたり擦り切れかけたブレザーを脱ぎ捨てて手近なシートに腰掛けた。


フーッと大きな息をついて首もとのネクタイを緩めてワイシャツの第一ボタンを外す。


首を締め付けていた感覚がなくなり、わずかな解放感。


同時に終わったのだ、という感覚が俺の全身を駆け巡った。ミッション、コンプリート。


前回に引き続いてなし崩しに巻き込まれた事件。


いやはや大して間をおかず、またこのような事件に巻き込まれるとは思いもよらなかった。


命の駆け引き。綱渡り。


………………今回も、生き残ることができた。


そう、今回『も』。


小刻みに震える両手。身のうちに宿るわずかな恐怖。だがこんなものはなんでもない。


『あの事件』に比べれば。


思わずそう呟く。『それ』がフラッシュバックしそうになる。


響き渡る悲鳴。飛び散る赤。痛みに悲鳴を上げる自分の体。


全てを思い出す前に俺は無理やりに思考を断ち切った。知らず、体の震えが大きなものとなっていた。


そこでタイミングよく車のドアがノックされる音が車内に響いた。


ゴスペルの人間だろうか。だとすればどのように対応すればいいのだろう。


はい、ともどうぞ、ともいうことができず躊躇しているとドアが勝手に横にスライドした。


「入るぞ」


その心配はどうやら杞憂であったらしい。入ってきたのは俺と同じくずぶ濡れの濡れ鼠になった小波だった。


「何か用か」


そうだそういえば、と。俺は緩みかけた精神を再び引き締めなおし、臨戦態勢に持っていく。


まだやるべきことが残っていたな。きっと来ると思っていた小波の追求。


何か用か、と口にはしたもののほとんど社交辞令のようなもの。用件は分かっていた。


「聞きたいことがある」


「………………お前は本当に勤勉だな、小波。前に質問してから再び質問とはな」


茶化すようにいう俺に合わせてか小波も言葉を返してくる。


「いや、そうでもないさ。なにせ今回私の聞きたいことは一つだ。そしてその質問も前回となんら変わりはない」


床にしっかり固定されたテーブルの側面に小波は立っていた。それは身に染みついた癖なのだろうか。


小波の立ち位置はさりげなく俺の逃走を防止するような位置取りだった。


「もう一度聞こう」


言葉がその部分で切り抜かれたかのようにはっきりと耳の奥に響いた。


「お前は、能力者なのか?」


前回と一字一句違わないその質問。


「違う」


今回は明確に否定した。決してはぐらかさない。いい加減小波も気づいているだろう。


俺が能力者である、と。実際に能力を使うところをこいつには見られている。


だが逆に言えば小波にしか気づかれていない。そして俺には能力の検査をかいくぐる手段がある。


いくら小波が証言しようとも俺が能力者ではないという世間的な事実は揺らがない。


「やはり素直に吐いてはくれん、か」


「俺はいつでも素直で誠実な人間であることを心がけているが?」


「馬鹿を言え。お前のどこが誠実であるものか」


小波は俺の冗談めかした軽口を一刀のもとにバッサリと切り捨てた。


「ところで角川、あれを見てみろ。」


小波がついっ、とキャンピングカーの前方、フロントガラスの向こう側を視線で指し示した。


その向こうには未だに積みあがった土砂、崩壊したトンネルの出入り口、土をどけられて先ほどよりも車体を覗かせている横転したバス。


救助活動はもう終わったのだろうか。辺り一帯から人が退避している。


同時に、ふと疑問が浮かぶ。乗客の救助は終わったのだろう。それは分かる。


だがまだ瓦礫が残っている。その撤廃作業はどうした?他の部署に回すとでも?


そんななかキャンピングカーの前方に一人の男が躍り出る。もはや見慣れつつある白衣の男だ。


その男がこちらに向けて両腕で大きく丸を掲げている。何かのサインか。


そう思ったと同時だった。肩口が強い力で押さえつけられて俺は無理やり後ろを向かされた。


かと思えば次の瞬間に腹部をに衝撃。固く握りこまれた小波の拳がめり込んでいた。


体内の空気が全て放出させられて、無理やり圧迫させられる。体を思わずくの字に折り曲げて痛覚を紛らわそうとする。


「あのバスと土砂には未だに能力が働いているはずだ。お前が能力者だと仮定して、お前の意識がなくなれば能力は消える。そうなれば何らかの変化が起こるだろう」


その確認のために、俺の意識を刈り取る。まずい。そう思いつつももはやどうにもならない。


完全に主導権は小波に握られていた。ただでさえ意識が飛びかけたこの状態。


そこへ首筋に更なる衝撃が加えられる。小波の二つに重ねられた両手が鉞のごとく真下に振り下ろされたのだ。


鉄槌。


チェックメイトだった。その止めの鉞は俺の意識を綺麗に刈り取る。


薄れ行く意識の中、遠くでズズズズズッという押さえ込まれていた自然災害が俺の意識が切れるのに呼応して再び動きだす音が聞こえる。


深く、深く。俺の意識は深い闇に引きずり込まれて次第に視界が真っ暗になっていった。



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