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第2話――嘘吐きと味方――



「くっ!」


身の危険を感じて俺は横に移動、今自分の身に迫る危険から身を遠ざけることだけを考えて不恰好に右へ転がるように飛んだ。


まるで映画で三流役者が背後で起こる爆発から逃れるかのような無様さだったことだろう。


地面に強く肘を打ちつけ、膝を打ちつけ、ただ頭だけは守るように転がりまわった。


土の弾丸はガガガッという音を立てて土砂からむき出しになった車体部分に衝突するとべチャリと潰れてその形を失い、消えた。


俺にとって幸運だったのは男が俺をすぐさま追撃するほど切羽詰っていなかったこと。


そして男が自分の撃った弾丸が思い通りの効力を発揮しなかったことに驚いたことだ。


「あれぇ、おかしいなぁ。僕の弾丸って車の装甲程度なら貫通はそりゃぁしないけど、傷とかへこみくらいは作るはずなんだけどなぁ。弱くしすぎちゃったのかな?」


「あんた、一体何なんだ。何がしたい。あのバスを落とすだと?」


ところどころに擦り傷を作りつつもすぐさま体勢を立て直して片膝をついて男に質問する。


知らずのうちに極度の緊張からか俺は荒い息をついていた。


「そうだよ」


「何のために?それをやってアンタにどんな利益があるんだ?」


「一つは頼まれたってことかなぁ。僕のいる組織ってねぇ色んな依頼を引き受けてるんだけどその中の一つにあのトンネルの破壊があったんだよねぇ。何かあのトンネル壊れると喜ぶ人


がいるんだってさ。責任問題だとか、利権の奪い合いだとかで、ね。まあ、なんていうか、一言でいっちゃえば大人の事情ってやつかなぁ。その中にある項目で人的被害があると尚よし


ってとこ。その責任の追及に使えるからね。だからあのバスを落とす。で、もうひとつの理由は僕の個人的な趣味」


男はそこでニコリと無邪気で破綻した爽やかなスマイルを俺に向けた。


「人が不幸でのた打ち回っている顔が見たいんだぁ。でも、これって別に説明する必要あるかなぁ?人間誰だって他人の不幸を見ると幸せになれるよねぇ。人の不幸は蜜の味とはよくい


ったものでさぁ。これって人間の本能でしょ」


瞬間的に荒くなった呼吸を抑えつつ男の話に耳を傾ける。一方でこの状況をどう切り抜けたものか思案する。


前の時と違って何かを用意する猶予はない。


現時点の俺に用意されているのはこの逃げるための足だけだ。


立ち向かうつもりなど初めから毛頭ない。俺のような戦う力のない人間が準備もなしに単身で能力者に挑むなど無謀もいいところだ。


逆にいえば計画と準備さえできれば立ち向かおうという気も起きるのだが。


とにかく、今は逃げが最善の一手だろう。


しかし、同時に懸念も存在する。チラリ、と土砂の下に埋没したバスの方を見遣る。


触れた物質を硬化させることができる。それが俺の能力だ。そしてもう一度触れて、念じれば能力を解除できる。


この能力の効果は手を離れてもある程度継続するがそれは永遠ではない。やはり時間制限というものは存在する。


約10分間。これを過ぎれば俺の意思とは関係なしに効果が切れて対象の物体は元の硬度に戻ってしまう。


そう、10分だ。


能力の切れる10分以内にあのバスとその周辺の土石を再びコントロールしなければバス内の乗客の身の安全は確実に揺らぐ。ほぼ確実に負傷者、死傷者が出るだろう。


「………………俺が言うのもなんだが、アンタ歪んでるな。」


「自覚はあるよぉ。けどしょうがないじゃない。それも個性の一つってことで何とか受け入れてちょうだい」


「随分と過激な個性だ。悪いが俺には刺激が強過ぎて食あたりを起こしそうなんで遠慮しとく」


それを聞いて男ははっはっはっ、と額を抑えて笑い、降りしきる雨の中曇り空を仰いだ。


「そっかぁ、受け入れられないかぁ。じゃ、死んでくれない?まぁ受け入れたとしてもどのみち殺す予定だったんだけどねぇ。目撃者は生かしておくわけにも行かないからさぁ。」


こうして秘密もしゃべっちゃったことだし、と男が付け足す。


それが合図だった。男の周囲に再び土の球体が浮かび上がる。


それらは男の使い魔のように忠実で、いちいち男の動作の一つ一つに機敏に反応する。


そして男が再びターゲットを俺に定めて腕を振り下ろす。進行上にある雨粒を弾いて一直線に俺に襲い来る。


思考回路を高速で回し回避ルートを瞬時に導き出す。この状況、一番安全な逃げ道は━━━━


必死で地を蹴り、後方に飛ぶ。


弾丸を防ぐ遮蔽物を求めて道路沿いにあるわずかな木の一つの後ろに身を隠す。大木に背を預けて再び荒くなりつつある息を何とか整えようと苦心する。


そんな俺の無様を嘲笑するように男の声が言葉を紡いだ。


「いいのかなぁ、隠れる場所がそこでぇ。」


その時、周囲の土が俺を取り囲むかのように襲い掛かってきた。


「そこも僕の領域(テリトリー)だよぉ」


勝ち誇る男の声。


「ああ、知ってるさ」


計算通り。あくまでも頭は冷静に俺はほくそ笑んだ。


俺を取り囲もうとする土の化生。それが俺に襲い掛かる直前、軽く、柔らかく、その手で土の表面に触れる。


念じる。ただそれだけ。ただそれだけで土はただの彫像と化した。


獣の顎は開いたまま、しかしその牙が獲物に届くことはなかった。俺は自分の体重を極力乗せて彫像に体当たりする。


脆弱な彫像は一瞬で砕け散って文字通りただの土へと還った。


大木の陰から出て一気に走り出す。男は少し驚いた顔をしていたものの次の手を打つべく再び地面から球体を浮かび上がらせた。


だが、こちらもただ黙って逃げるだけで逃げ切れるとは思っていない。


先手を打って先ほど拾っておいた幾つかの石を一息に投げつける。下手な鉄砲も何とやら。


男は攻撃を止めてその石のつぶてを防ぐことに決めたらしい。


そしてそれは俺の狙い通りだった。逃げるための目くらまし。陽動。


俺に必要なのはこれらだった。しかし俺がそんなに都合よく煙幕やその代用品を持っているはずがない。


だったら


「煙幕を張ってもらえばいい」


男の付近の土が盛り上がって壁を形成した。これで男の視界から消えることができる。


そして俺は男の目を盗み、走って男と距離をとり、塞がったトンネルの方向とは反対の道路に逃げ道を求めて走り出す。――――――ようなことはせず。





・・・・・・・・・・・・・・・・

道路の反対車線の茂みに潜り込んだ。






逃げようとすれば逃げられただろう。俺の作った隙はそれが可能だった。


それでもここに残った理由。そんなものは決まっている。


俺はもう一度バスの安全を確認するようにそちらを見た。


自分は冷たい人間である。俺は自分への評価をそう下している。多分これは客観的に見ても


間違っていない正当な評価だと思う。


我が身が可愛い。自分を守るためならば他者を踏みにじる自信があった。


自分が生き残るためならプライドも何もかも捨て去って生へ執着することに全身全霊を傾ける。


他者を差し出しその人間が体の隅々まで切り刻まれ、拷問されつくされ、苦しむと分かっていてもその地獄にそいつを蹴り落として自分は助かる。


それは人としての底の底、性根の性根までズブズブに腐ったようなやり方。


「あーあぁ、してやられたよぉ。まさかあそこで反撃してくるとは思わなかったぁ。窮鼠猫を噛むってやつかなぁ」


俺はそういう人間だとそう思っていた。そう、過去形。今このときまで。


だが、どうやら俺の性根は思ったほど腐りきっていなかったらしい。少なくとも


(人の死を間近にして自分に助ける力があると分かってて逃げ出そうとしない程度には、な)


この前の事件は俺一人の力でどうにかできるようなものじゃなかった。


それはきっと言い訳になるのかもしれない。倒れている人間を助ける余裕も力もない状況だった。


さらにいえば小波がいた。自らその場を収めえる力を持った小波が。


それは多分俺自身が言い逃れをするための免罪符だ。だがその免罪符も今はない。


あのバスに乗っている人々を助けられるのは俺だけだ。だったららしくない、とは思いつつも理性に反した本能がそれを押さえつける。


(今更ここまできてやらない?……ハッ)


選択肢の一つを一息で切り捨てる。


だが同時に朝、母さんと約束したことを思い返す。トラブルに首を突っ込まない。


もしそうなりそうだったら全力で逃げる。ハハッ、と内心で乾いた笑いを漏らしながら謝る。


悪い、母さん。やっぱり俺は嘘つきだったらしい。


決意を固めた俺は頭の中で再びロジックを組み立て始める。勝利条件を明確に設定。


どうにかしてバスに近づいてバスが落ちないように、潰れないように周囲を『補強』すること。


中にいる人たちの安全の確保。かつ生き残ること。


ヤツを倒すことではない。それと比べればハードルは随分下がった方だろう。


とはいえそのハードルの高さは決して低いとはいえないレベルだ。


実際にはその設定した勝利条件を満たすことすら困難。


想いだけでどうにもならないのが現実。


騙しだまし男の攻撃をしのいでは来たものの状況が悪すぎる。


俺は丸腰。前の事件の時の様に周囲に何か使えるものがあればいいがここは外の公道だ。


使えそうなものは何もない。それどころか相手は土を操る能力者だ。ここ一帯はヤツ自身のいったとおりヤツの領域といっていい。


馬鹿正直に突っ込んでいったところで狙い撃ちにされるだけだ。


唯一こちらに利があるとすれば男が俺がまだここに残っていると気づいていないことか。


ヤツは完全に俺が逃げたと思い込んでいる。確実に隙をつける一回分のチャンス。


これを最大限に活かすには陽動が欲しいところだが………。


(そのための一手が足りない)


将棋のタイトル戦で惜敗したプロのごとく俺は思わずギリリと歯噛みする。


せめて、せめてもう一手。何でもいい。地震が起きたり、突然木が倒れて男の行く手を阻んだり。地上に限らず気を反らせるなら空からだっていい。


戦闘機からのピンポイント爆撃だったり、極小サイズの隕石が雨あられと降って来てだとか。


だがもちろんそんなことが起ころうはずもない。


もはや結果の出たシミュレーション。それでも祈るなどという俗物的なことはしない。


そんなエネルギーがあるなら他の事に回せというのが俺の持論だ。


ただただ現実を見つめてそのシミュレーションを繰り返す。すっかりずぶ濡れになった頭を必死でまわす。光明が見出せると。抜け道があると信じて。




ところで、




俺は現実的な人間だ。神頼みをして受験に受かろうだとか、願掛けをするために真冬に冷水を浴びるだとか、誰かを声を出して応援するだとか。


そういう宗教的、あるいは何の根拠もないただ祈るという行為を無駄だとバッサリ切り捨てる人種だ。


そんな暇があったら手を動かす。頭を回す。行動する。重要なのはそれ。何かをすること。


そして今俺はそれを実行している。


だが、そんな俺でもこの状況、心のどこかで打開策が降って沸いてくることを祈っていたのか


もしれない。もしそうなればどれだけ素晴らしいことか、と。


先ほどの将棋のたとえで言うならば一手ではなく二手さしていいといわれたとき。


その幸福感はどれほどのものか。そのわずかはとても大きなわずかだ。


そして


この絶望的な状況にやってきたわずかもとても大きなわずかだった。心から望んで止まなかった一手。


荒事に対処するための物騒な一対の無骨な銃。しかし持ち主はそれを持つにふさわしくないアンバランスな若輩。


だが、これまたその人物は年齢に見合わないその銃を扱うに足る技量を持ち合わせている。


ゆえにその銃器は主人を認めて吸い付くようにその掌に収まっている。


ジャリッと身に着けたスポーツシューズが濡れた路面に散らばった砂利を踏みつける。


男が頭の後ろを掻きながら眉尻を上げてひどく面倒くさそうな顔をする。そしてため息。


「やれやれぇ。計算外の邪魔が入って手間取ったおかげでさらに面倒なことになっちゃたなぁ結局あの子を始末するのも失敗しちゃったっていうのにさぁ」


黒い長髪。そのくせ整っていない枝毛だらけのボサボサの髪の毛。表情がないことが特徴の鉄面皮。性別の割には長身。そしてずば抜けた運動スペックと戦闘能力、さらにその身に異能


力までも宿した常識外の女。そいつは日常を連想させる緑水高校の制服をまとって非日常のこの戦場に現れた。


「ここ数日、この街でいいようにやってくれたようだな」


小波が無遠慮に無感情に無機質に冷たく言い放った。


「さてぇ、何のことかな?ここ数日頻発している土砂崩れのこと?僕には全然心当たりがないなぁ」


「何のことか説明するまでもないようだな。ならば私がここに何をしにきたのかも、いうまでもあるまい」


小波が続ける


嘲笑する泥濘(ダーティマディ)大宮 智瀬。貴様を連行する」


「おやおやぁ、僕の話を聞く耳なしぃ?」


「貴様がどれだけ言いつくろおうとも言い逃れはできん。証拠はすでに挙がっているからな。おとなしくついてきてもらおうか」


小波は勝ち誇った様子もなく淡々と事実を突きつける。ここで驕った様子を見せず、隙を見せないのはさすがというべきか。


「いやだっていったらぁ?」


「私としては抵抗のない方が一番好ましいのだが………」


いつの間に仕掛けたのだろう。ふわふわと大宮の操る土球が小波の背後に滞空していた。


大宮の指がクイッと小波の見えない位置で動いてその球に指示を与える。


指示を受けた土は弾丸と化して小波の頭部に狙いを定めて一直線に突き進んだ。が、


パンッという銃声が一つ。土の弾丸は十分な加速度を得られず、最高速に達する前に打ち砕かれた。


左肩越しに回して照準を後ろに向けた右手に握られた銃の口からはわずかな硝煙が吹き出て宙をたゆたっていた。


「抵抗しないと思うぅ?」


「………………」


仕方ないとでもいいたげに小波が一つ息をついた。それだけであたりの空気が一気に張り詰めたものに変わっていく。


互いに向けられた殺気が拡散して近くで見ている俺の肌をピリピリと叩いた。


直後、2人の能力者による戦闘が始まる。

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