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第2話――心配と悪意――

「次のニュースです。ここのところ続いた雨により各地で土砂崩れが頻発しています。地盤が緩くなっている地域が多々ありますので、山道等を通る方は十分注意してください」


朝食を口に運びながら何気なくニュースを聞く。


画面には崩れた土砂が道路をふさぐ光景が映し出されていた。


実際にこの土砂崩れに巻き込まれて死傷者も出ているらしい。


そしてそれはどこか遠い場所で起こっているという話ではなくここ桜森市でも起こっている話だった。画面に映っているのは正にその桜森だ。


「土砂崩れかぁ。最近雨が降り続いているものねぇ」


「梅雨に入ったんだろ」


事件に巻き込まれてから数日が経過した。今日は休み明けの月曜日で多くの人が憂鬱に感じる一週間の始まりの日だ。


ブルーマンデーというやつが重く両肩にのしかかり、今すぐ自室に戻って布団に潜り込みたいという欲望を駆り立てる。


土曜日から降り続けた雨は今も現在進行形で降り続いている。


その雨量はバケツをひっくり返したというにふさわしい土砂降りだ。


そのような雨なものだから先ほどニュースで言っていた土砂崩れに留まらず、川の氾濫、それに伴う洪水などの水害も相次いで起こっているらしい。


土砂崩れが起こってもなんら不思議なことではない。


洗濯物が乾かなくて困るわぁ、などと母さんが傍らで味噌汁をすすりながらごく小さな愚痴を口の端からこぼしていた。


「大丈夫か。よければ市役所に行くついでに乗せていくが……」


「遠回りだろ。いつも通り歩いていくから問題ない」


父さんの言葉を遮ってご飯を咀嚼しながら答える。


父さんは市役所勤めの公務員だ。


その為、よほどの事情がなければ職にあぶれる心配はないし経済面でも安心できる。


どしっと頼りがいのあるウチの大黒柱だ。


どれだけ帰りが遅くなろうとも、休日であろうともこうして毎日朝食の席を囲むことを極力意識している。


「そんなこといって、またこの前みたいにトラブルに巻き込まれるんじゃないの?」


「あれは好きで巻き込まれたわけじゃない。」


「あれ『は』?あら、じゃあ自分から突っ込んだトラブルもあるのかしら」


「単なる言葉の綾だよ、母さん。揚げ足を取らないで欲しい」


もっともある程度は自分の意思で闘争の渦中に突っ込んでいったことも否定できないので全てが本当かと聞かれれば返答に窮するところだ。


「まあ、仮にまた巻き込まれそうになったら今度は全力で逃げるさ。俺は平和主義でトラブルが嫌いな人間だからな」


「へー、そうなの。ま、一応信じることにするわ。」


「一応」


言葉を区切ってから続ける。


「息子の言うことが信じられないのか?母さん」


「っていってもアンタはよく嘘をつくからねぇ。親の私がいうのもなんだけれどアンタはなかなか食わせ物だし?」


「………………」


それを言われると返す言葉がない。


実際今だって半分嘘に近いことを言っているのだ。


俺はまるで逃げるかのように急いで茶碗の中身を空にして席を立った。


「ご馳走様。じゃあ、行ってくるよ」


「七音」


そのとき、今まで一度も会話に口を挟まなかった父さんがその重い口を開いた。


「母さんを悲しませるようなことだけはするんじゃないぞ」


言葉少なな父さんの重い口から出る言葉は相応の重さを伴っていた。


言葉が俺の心にのしかかる。


脳裏によぎるのは兄さんの死を知って玄関先で泣き崩れた母さん。


母さんが泣いているのを見たのはあの一回きりだ。


多分これは父さんなりのメッセージ。


「分かってるよ。父さん」


そう短く、けれども思いの丈を極力乗せた言葉を返して俺は学校へ向かった。







雨脚は止むことなく放課後まで延々と降り続いていた。


よほど厚い雨雲が桜森の上空に停滞しているらしい。


予報によれば今日の深夜当たりまでがピークで明日からは徐々に雨脚が弱まっていくようだ。


クラスの人間も手早く荷物をまとめて帰る準備をしている。


賢明な判断だ。


こんな日にわざわざ街をうろつこうとするような馬鹿はそうそういないだろう。


「なあ、七音、ゲーセンよってかね?」


「お前は本当に空気の読めないヤツだな」


「え、何で?」


俺の前の席に陣取って椅子に後ろ向きに座り、上半身を椅子の背もたれと俺の机に預けた五反田。


心底分からないといった風に首を傾げて目が点になっている。


「周りを見ろ。何が見える?そうだ、家に帰ろうとするクラスメイトだ。外を見ろ。何が見える?そうだ誰もが出歩きたくないと思うような大雨だ。そして、ここで問題だ。俺たちは何


をするべきだ?」


「ゲーセンに行く!」


「馬鹿が!」


突っ込みと同時、俺の机の上に乗っかっていた五反田の右腕の肘関節をデコピンで強打してやる。


「ふぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁちゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


瞬間、奇声とともに五反田の体が勢いよく飛び上がった。


俺が弾いたのは俗に言うファニーボーンと呼ばれる部位である。医学的には上腕骨内上顆と呼ぶんだとか。


人間の体には神経が通っていて大半は体内の深い位置を通っているものの、この肘関節の部分は神経が浅いところを通っているらしく外部からの神経にひどく敏感だ。


刺激されると電流を流されたかのような錯覚を覚える。


と、まあ俺がしたことの説明は以上のようなものだがどうにも説明がくどくなってしまった。


時折何かのギミックを説明したがるのは分析癖からくるものかどうにもくどくなってしまうきらいがある。


ふぅ、と内心で一つため息をつく。反省。


「はぁ、はぁ。し、しびれたぜ………」


床をのた打ち回っていた五反田がようやく刺激から解放されたのか片手を俺の机について復帰する。


「それにしてもなぜ今日なんだ。別にゲーセンに行く日なら別の日でもかまわないと思うが」


「あれ、七音。忘れたのか?今日新作の稼働日じゃん。インブレの」


「………あぁそういえば」


正直ここ数日にあった出来事があまりにもインパクトが強すぎて頭の片隅に追いやられてしまっていた。


インブレとはインフィニティブレイドの略称で俺たちの世代で莫大な人気を誇る格闘ゲームだ。


すでに1、2と出ており今日稼動するのは3。


前評判も上々で前作、前々作をも超える売り上げがすでに見込まれているという。


かくいう俺も興味本位で多少はやってみたいという思いはあるものの、五反田ほど格ゲー好きというわけでもない。


そんなゲーム一本をプレイするためにアメニモマケズな精神を持つことなど俺にはとても不可能だ。


「というわけで行かない」


「絶対?」


「絶対だ」


「何が何でも?」


「何が何でもだ」


「天地神明に誓って?」


「天地神明に誓ってだ」







「と、いいつつもなんだかんだで折れてくれるから七音、俺お前のこと好きだぜ。愛してる。」


「気持ち悪い離れろ。別にお前のためについていくわけじゃない。ただお前にインブレのネタバレをされるのがいやだっただけだ」


結局、五反田があまりにもしつこく、その熱意に押される形で一緒に行くことを承諾してしまった俺はまだまだ甘いのだろう。


駅前とは違い、ゲームセンターは繁華街の方にある。その繁華街に俺たちの通う緑水高校から行くにはバスに乗っていくのが一番効率的だ。


バスは雨の抵抗を受けつつもちょっとした山道に差し掛かったところ。


そのバスの中、隣に座った五反田がニヤニヤとしまりのない顔で俺の方を見ているあまりに不快なので俺はつい、と窓の方へ無理やり視線を移した。


相変わらず雨脚は弱まる気配を見せない。


雨粒が路面に当たって勢いよくはねている。


学校からバス停までの短い距離とはいえ走ったせいで濡れたスラックスの裾が気持ち悪い。


バスの屋根からは大量の雨粒が叩きつけられる音が響いている。


前方のフロントガラスを見遣れば視界を確保するためにワイパーが忙しなく規則的に左右を動き回っていた。


そこでふと唐突に思い出す。そういえば


「本の返却期限、今日までだ」


図書室から借りた本。それは今も俺のカバンの中に簡単な防水加工の一環としてビニール袋に包まれたまま収まっている。


今日の昼休みに返す予定だったものをすっかり忘れてしまっていた。


別段一日くらい遅れて返却しても一向に構わないかもしれないが。


たかが校則、されど校則。


守るに越したことはないだろう。


守ることに意固地になるつもりはないが、破ることにも意固地になるつもりはない。


それにこの大雨といえどまだ学校からそんなに距離も離れていない今ならそこまでの手間になるわけでもなさそうだ。


席から少し腰を浮かせて近場のバスの停車ボタンに手を伸ばす。


「どした?まだ降りる場所じゃねえだろ」


「悪いけど先に行っててくれ。図書室に本を返してくる」


「あぁ?そんなもん明日でもいいじゃねえかよぅ」


「後で必ず行くから」


「絶対?」


「…………またそのネタを引っ張るつもりか?」


軽く受け流すと五反田がニヒヒ、といたずらをしかけた子供のような笑みを浮かべた。


停留所が近かったのかバスはすぐに停車した。


プシュウッとガスの抜けるような音がして出口が開く。


「そういうわけでちょっと行ってくる」


「しゃーねえな。すぐ追いついて来いよ」


軽く笑って言う五反田を席に残して運賃を払ってバスのタラップを降りる。


すぐさま傘をさす。


さした瞬間雨粒が傘の皮を叩く音が耳に響く。


バスの扉が開いたときと同じガスの抜けるような音を出して閉じていく。


ここで降りる客は俺一人だけだったらしい。


まあそれもそうだろうこのような山道で降りる人間がそういるはずもない。


山道に設置されたバス停。


その数十メートル先にはトンネルがある。


何でもこの辺の道路というのはやや強引に山を切り開いて作られたものらしい。


その見えやすい証拠の一つが目の前にあるこのトンネルだ。


山のどてっ腹をくりぬいてこのトンネルは桜森の市街地の方へと通じている。


排気ガスを撒き散らしながら過ぎ去っていく大型バスの後部を暫し見送り、学校へ向かおうと今来た道を戻らんとする。


そのときだった。不意に背後で小石の転がる音がした。


注意しなければ聞こえないほどの本当に小さな落下音。


普段気にも留めないはずのその音がなぜか無性に気になって俺は思わず後ろを振り向いた。


濡れた路面に石が一つ。それ以外になんら先ほどと変わったところはない。


どうやら俺の思い過ごしだったらしい。


何でもないことにまでわざわざ疑いの目を向けて情報を得ようとする


のは時に無駄な労力かもしれない。


細かいところまで気を配るのと心配性は似て非なるものだ。


内心でため息を一つつく。反省。


そう思って学校まで戻ろうと振り向いたときだった。


カツンカツンコツン、と背後で再び物音がした。


どうせまた石ころの転がった音だろう。


先ほどの反省を踏まえて構わず歩き続ける。


しかしその音は止むことはなく。


断続的に複数の小石の落ちる音が立ち続ける。


その音は徐々に増え続け、数に比例して音も大きくなっていく。


さすがにおかしい、と気づく。こんなのは普通じゃない。


三度、トンネル方面の道路を見遣る。


小石は石へ、石は岩へ、岩は岩石へと流れ落ちる物体群は徐々にその姿を大きくしていく。


そして。


ドドドドッという地を震わせるような音とともにその土石流は俺の視界の先にあるトンネルを捕食した。


俺がたった今の今まで乗っていたバスごと。


走っていたバスが横からの重量と衝撃に耐え切れず流されるがままに横転する。


その土石流に重量に耐え切れず、壊れたトンネルの瓦礫が混じる残ったトンネルの外縁部に引っかかったためかどうにか山道の下に落下せずには済んだものの、そのバランスは危うい。


もう一度同じような衝撃がくれば落ちてしまうかもしれない。


事実まだすべり足りないといった風に山の上の方からパラパラと時折小石が転がり落ちてきている。


それ以前の問題としてバスの上に乗っかっている土石流の量だ。


辛うじて車体の後部は確認できるものの、その大半は土石流に埋め尽くされている。


今はどうにかなっているが車体がギシギシと鳴っていていつ潰れてもおかしくはない状態だろう。このままだと、中にいる人たちは……。


辺りを見回す。山道であるがゆえに周囲に人はいない。


車も通る様子はないようだ。


それだけ確認して俺は潰れかけているバスの方へ駆け寄った。


ほんの少しはみ出した車体に手を触れる。そして俺は能力を行使した。


硬化ハーディス!」


ギシギシとたわんだ音を出していた車体からその危うい音が消え去る。


硬化したことで重量に対する耐性がついたためだ。


今、このバスの強度はそんじょそこらの力では破れないものになった。


ひとまず潰れることは防いだ。


さらにバスを伝って周辺の土砂にも干渉する。


俺の能力範囲限界ギリギリの半径7メートルまで。


遥か山の情報で燻っていた自然の力がピタリと俺の硬化した土砂という支えを得たことで停止する。


これでバスの車体が道路下に落下するという二次災害は防げた。


後するべきは救助隊の要請か。


そう思い立ち、能力を行使しつつも空いている手でポケットから携帯電話を取り出そうとしたときのことだった。


ジャリッという周囲に散らばった砂利を踏む足音が聞こえた。


能力を行使していることをバレてはいけないという一種の後ろめたさから思わず俺はビクリとして後ろを振り向いた。


「おー、大変だ。死んだ人とかいないかな?君は怪我してない?」


綺麗な身なりをした男が立っていた。質素なグレーのチノパンにどこかのサッカークラブのシャツに見えないこともない赤と黒の織り交じった縦じまのポロシャツ。


襟はパリッとしており、男なりの着こなしなのか両方とも立ててある。片手をポケットに突っ込んで空いている手で遠くを見るように開いて額の辺りに当てている。


突然のことで驚いたもののすぐに平静さを取り戻して応対する。


「あ、はい大丈夫です」


「うーん、バスが一台埋没。今は辛うじて無事ではあるものの時間が立てば危ないってところかな?何か角度的にもう一押しで落ちそうだし。それにしても被害者はゼロかぁ」


男が喜ぶべきはずの事実を呟き、なぜかそこで一つため息をついた。


そのことに俺は不気味な感覚を覚えた。


そもそも、だ。この男はどこから来たのだろう。


トンネルが塞がれた今、この山道にくる術は反対側の道路から来る道しかない。その方向から人が来ないことはすでに先ほど確認済みだ。


この男の服装や態度からして救急隊員にはとても見えない。せいぜいが野次馬だ。


そのような細かい疑問が次々に脳裏をよぎる。そして出た結論はひとまずこの男を放っておくこと。


今優先すべきはそんなことではない。


人命第一だ。捻くれた俺にだってその程度のモラルは備わっている。


「あの、俺レスキューの人呼びますね」


土砂に埋もれたバスに背中を向け、男と対峙する格好。


俺はポケットを探って携帯を取り出し119番をプッシュして耳に当てる。


「くふっ、くっくっくっくっ………」


そこで男がなぜか笑い出した。心の底からおかしいとでもいった風に。その様子に俺は薄ら寒いものを感じた。


それはきっとこうも言い表せる。


嫌な予感。


俺の嗅覚が明確なトラブルの匂いを嗅ぎ取った。そしてそれが確信に変わるまでそう時間はかからなかった。


ヒュッという音とともに俺の耳元を何かが横切り、その何かは俺の手から携帯をひったくっていった。


携帯は濡れた路面を俺の手を離れた勢いのまま軽快に滑っていった。


「何を------------」


「困るよぉ。レスキューなんて呼ばれちゃぁ。あそこにいる人たちを落とせないじゃないかぁ」


男の口元がつり上がってとんでもないことを言い放った。そこにあるのは明確な悪意。


なるほど、当たって欲しくなかった予感は見事に的中してしまったようだ。


男がすっと手を上げた。すると男の足元にあった土砂がグッと持ち上がる。


その中からプクッと無重力空間にあるような土でできた玉が複数生まれる。


━━━━━━能力者!


男が腕を振り下ろすと同時、命じられたそれらは俺に向かって凄まじい速度で牙をむいた。


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