第1話―学校―
カツ、カツ、カツ、カツ-------。静寂に包まれた教室内に甲高くチョ
ークを黒板に打ちつける音が響く。
音に続き、繊細と呼ぶには程遠い、歳のいった男性教諭の無骨な手で文字
が描かれていく。新たに書き足された板書をみてそれをノートに書き写す。
授業の行われている教室。
当然ノートをとっているのは俺だけではない。
カリカリ、サラサラと各々のやり方でペンを繰り、勉学に励んでいる。
ふと教室を見渡せば真面目に授業を受けているものは多い。
物事には手を抜いていいものとそうでないものに分かれる。
この授業は手を抜いてはいけないものなのだと、それを皆理解してい
るのだ。
「グォーッ、グォーッ。」
今年2年生になった俺たちだが、この教師の授業を受けるのは決して初
めてではない。
1年のときにも経験済みなのだ。
そしてその経験は多くのものにとって苦いものとなった。
泣きを見た人間は数知れず。彼らは一人残らず後悔したことだろう。
なぜ自分はノートを取らなかったのか、と。
この教師のやり口を学習した彼らは二度とこのような事態は招くまいと誓い
を立てた。その結果が今俺の前にある秩序の保たれたこの静謐な空間なのだ。
「スピーッ、ムニャムニャ。」
この教師の生徒に自主的に真面目に授業を受けさせるという思惑は見事成功
したといっていい。
しかしながら何事にも例外はあるものでこの世に100%や絶対というもの
はありえないのだ。この状況において眠っている強者。
今現在このクラスにおいて眠っている猛者。
あろうことかそいつは俺のとなりにいるのだ。不真面目な授業態度が後に自
分にどう帰ってくるか、一度それを経験したならそうは忘れそうにないものだが。
覚悟の上で寝ているのか何も考えていないだけなのか、はたまた授業を受ける
必要もない桁違いの頭脳を持ち合わせた天才児か。
いずれか、と聞かれたならば俺はこう断言できる。1番目は問題外で2番
目は大正解。3番目は半分正解。よく天才と馬鹿は紙一重だといわれる。
半分正解。ようするに、筋金入りの馬鹿なのだ、こいつは。
ベクトルさえ変えれば天才になれるのではないかと思えるほどに。
「よし、今日はここまでだな」
区切りのいいところで板書を書き終え、腕時計をみて終了を宣言する教師。
そのタイミングはちょうどよく、宣言の後教室に備え付けられたスピーカ
ーからチャイムの電子音が鳴り響く。
合わせて、生徒たちも後片付けを始め、にわかに教室が騒がしくなる。
先ほどまでの水を打ったような静けさは一瞬で消失した。
それでも隣席の男は目覚めない。
1時間目から3時間目が終わる今の今までずっとこの調子だ。
よほど深い眠りについているのか休み時間に入った今も起きる気配は微
塵もない。
流石に眠りすぎだろう、とは思いつつも生憎起こし
てやろうなどという甲斐性を俺------------角川 七音は持ち合わ
せていない。
起こしてやったところで俺にメリットがあるわけではないからだ。
それに見ようによっては起こさない方が親切ということもあるだろう。
睡眠を妨げられるということはそれだけで不快なものだ。
隣席の人間についてはいつものように無視を決め込むことにする。
教科書をしまう代わりに1冊のカバーをかけた文庫本を取り出す。
退屈でたまらない休み時間。
それもいつものこと。もう慣れた。
俺は本に没頭して次の授業までの時間を潰すことにひたすら努めることにした。