虚ろの戦火と無実の厳罰
世界は理不尽だ。
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無実の罪と罰は自らに。
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「…………」
俺はベッドに倒れ込んだ。隣の部屋でヴァルホールとヴァルトバスが騒いでいてグシオンがそれを叱る声が俺の無音の部屋を包んでいた。
「…………」
半回転してうすら白い天井を睨み付ける。
「うるっせーバカホール!バカトバス!」
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今日はクニーガ・チェロヴェークの大図書館、ビブリオテーカの所に行ってきた。
彼奴を見ると昔の事を思い出して苦しくなるというか、悲しくなる。
あいつは俺の妹に何となく似ているのだ。男勝りな口調と言い、俺とよく似たヒネクレた性格といい、そっくりなのだ。
俺の妹――レライエはヴォルシェーブニクにしか無いサクラの花が大好きだった。いや、ヴォルシェーブニクという国が大好きだった。
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俺らの生まれた国、パグロームは種族での差別が酷い国で、ジェノサイドがまだ起きてなかったのが不思議なまでだ。勿論俺が天涯孤独なのはその後々起こったジェノサイドのせい以外の何ものでもない。
それに対しヴォルシェーブニクは平和ボケした国、と昔教科書で読んだ。数百年生きる王女が起こす大宴会だとかパーティーだとか「今夜も無礼講じゃーい!」と葡萄酒の満ちたワイングラスを片手に叫ぶレギーナの姿を想像し、ただただ羨ましく思った。人間から妖怪・悪魔、機械人形に獣まで、呑めや歌えや騒げやの騒ぎで、種族なんて気にせず踊って呑んで食って騒いで夜を明かすのだ。
なんて羨ましいことだろう!
街へ買い物に行けば『悪魔なんかに売るものはねぇ!』とパンの代わりに空の酒のビンを投げつけられ、学校に行けば冷たい嘲りと蔑みの笑いを向けられる。先生には無意味に怒られる。教科書は池に沈められて、取ろうとすると後ろから蹴落とされる。
それでも俺達――つまり悪魔の子供達は反抗しなかった。それを代々継いできた悪魔の本能的考えがそれを辛うじて阻止してきたのだ。しかし、板挟みで自殺未遂を起こす者も跡を断たなかった。
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「兄貴」
「……なんだ?」
レライエが俺の教科書を眺めながら言う。
「ヴォルシェーブニクに行ってみたいね」
「……そうだな」
俺はレギーナのニヤケた顔写真を眺め、宴で騒ぐ街並みのイメージの絵を見やった。
国中の人が笑顔で窓から扉から手を振り、楽しそうにネズミと猫さえも手を取り踊る。
「こんな国早く滅べばいいのにね……」
深く溜め息を吐いた。
現実を見れば嫌気がさした。悪魔は冷たくあしらわれる。それがまだ幼かった俺とレライエに突きつけられた事実と日常だった。
パグロームは人間以外を迫害する傾向が特に強い。事実、その数百年前に『悪魔・妖怪を迫害・差別をするべからず』と御触れが出ていた筈なのにそれを無視し続けた。
挙げ句、そんな莫迦な国はナザレに滅ぼされた。政治家を全員惨殺され、ある者は民家を火の海に変えらある者は魔術で殺されある者は刃物で胸元や首元をズタズタにされ。口を阿呆みたいに空けていた俺にナザレは言った。
「……目の前に敵は居るのに何で殺さない?」
「か……敵はお前じゃない……、お前が殺した、奴等だ……」
俺は腰を抜かして立つことが出来ず、こいつに感謝することも殴ることも出来ず、敵の血塗れのあいつを見上げることしか出来なかった。
「……奇遇だな。俺もこう言う輩が嫌いなんだ――――」
忌々しそうに、ヘドロを吐き出すように言ったのをまだはっきりと覚えている。
「――――道理と道徳のない奴等がな!」
どの口が『道徳』とか『道理』なんて言う、とは言わなかった。ナザレのその憎々しげな、この世で一番恐ろしい表情をして、眉間に皺をよせ、眉を吊り上げ、深く噛みしめ過ぎ血がうっすらと付いた犬歯を剥き出しにするナザレにそんな事を言ったら殺されるような気がしたのだ。そして「ケッ」と舌打ちし、また『制裁』に精を出した。
彼奴にとって『あいつら』はどんなものに見えて居たのだろうか。生きた肉塊か、人間か、はたまた害虫程度か。
羨ましかった。
妹を守ることも。
仕返しすることも。
他人にすがることも。
人を手にかける勇気も。
そんなもの、全部無かった。
だから全部、失った。
俺は何も持ち合わせてなどいなかったのだ。
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その日は何時になく風が吹き荒れていた。タイフーンが近い、いや、タツマキが近くにあるかのような、街から家への風が兎に角酷かった。もうその時既に、(そんなんかいるのか知らんが)風の神は『遠くへ逃げろ』といってたのだ。
朝起きて、空腹感をまぎらわすには少なすぎる朝食を食べ、ひたすらヴォルシェーブニクの写真を眺め、少しでも現実から目を背ける予定だった。
「火事だ!****の家が燃えている!」
誰かが叫んだ。近所のフェレナントおじさんだった。
そこで俺の意識は全て現実に強制的に向けられた。
外へ出て、鉄砲やらナイフやら持ち武装した人間を見た時、あぁ遂に来てしまった、と絶望した。
――ジェノサイド。
民族虐殺ならぬ――種族虐殺。
俺はレライエの手を握り、教科書を抱え、家から飛び出し――道は地獄絵図の様な有り様だった。
フェレナントおじさんは頭をカチ割られて死んでいた。骨ごと割られ、中から血と脳味噌を構成してたものが辺りにぶち撒かれて、血と油とモノの焼ける焦げ臭い臭いもした。
逃げて、逃げて、暫く行った所で御袋が心臓を一突きされて死んでいるのを見つけた。
「母さん!」
勿論返事などない。それでもレライエは叫び続けた。「母さん……!」
「レライエ逃げよう!火の回りが早い!」
俺は無理矢理立たせると服で口を押さえながら走った。不幸中の幸いか、風は追い風で走るには不自由はなかった。しかし煙が酷くなんども走っては身体中の酸素が薄くなって行くのを感じながら噎せた。
後ろに続く悪魔達は確実に数を減らして逝った。
――なんで!
なにもしてないのに!
煙が『そんなの人間のエゴ以外の何物でもない』と言った――気がした。
――理不尽だ!
そんなの理不尽だ!
俺たちはひたすら耐えた。復讐もせず、ただただ我慢した。なのにこの仕打ち!なんて理不尽なんだ!
とにかく走り、走った所で別な人間に挟まれ、俺より先を走っていたレライエはそいつに捕まってしまった。
「おい離せ!」
「『おい』?人間様にナメた口利くんじゃねぇ!」
レライエの当然の言葉に男は腹に一度パンチをいれやがった。
「なーにがニンゲンサマだよ!どーせ群がってワサワサやってるくらいしか出来ない癖に!」
額に汗を浮かべ、余裕ぶっこいて言う。確かに事実だ。
「黙れ!」
「事実だろうが!」
俺は男よりも声を張り上げ叫んだ。「群れて虐殺するしか脳が無い癖に!」
そして生き残りも次々にブーイングを投げつける。やれ『何をしたんだ』とか『かあちゃんをかえせ』とか『お前らが殺されるべきだ』とか。
「黙れ!小娘がどうなってもいいのか!」
それに対してのブーイングも次々と上がる。「汚いぞグズ人間!」「子供を人質にとるなんて卑怯だ!」「卑怯者!」
その中男は右手に斧を構え、そして止まるのを待つ間も無くレライエの首を切り落としてしまった。
「早く逃げろ、バカ兄貴」
と呟いて、人生の苦痛と侮蔑と怒りとをぐちゃぐちゃにした視線で男を睨み『――――』と低い声で忌々しそうに呟いて。
「こーなるんだよ」
冷静に、しかし虐殺を楽しむかのように言った。
「命をなんだと思ってやがる!」
逃げるったって何処に?人間に囲まれたグランギニョルしか約束されていないこの舞台から?摩天楼何かより高く、階段も無いこの舞台から!
俺が死ぬのを覚悟し、魔術のみで対抗しようと、回りが止めるのも無視して男に突進した刹那――男はバラバラになった。
「――え?」
びちゃっ、と生暖かい男の血が顔に飛んだ。
「……こうもなる」
男までいかないが、女には低い声がそう言った。
「……悪い事をすれば必ず報いを受ける。だからお前らは報いを受ける」
手に有ったのはたった一本の比較的大きなナイフ。そいつは白銀の髪を適当な長さまで伸ばした、体つきや服装から見て女だった。
「レライエ――レライェは外の世界では『ソロモン72柱』の14番目の悪魔だ。レラージュとも呼ばれるが、大規模な戦争を引き起こすことが出来、傷を化膿させ、相手を苦しめる事も出来る。さらに相手の弱点をついて攻撃すること、集中力をあげてくれたりもする……らしい」
女は無表情で言う。「つまり――何が言いたいのか解るよな?」
そう言った瞬間、数人の人間が苦しみ出した。
「そういう事だ」
事も無げに言う。
「傷口に蛆を湧かすサブノックの姿も重なれば、軍を率いるバルバトスの姿にも重なる」
傷を負った者達が傷口を掻き始め、そしてぼたぼたと血と肉と蛆を落とし始める。
「おいガキ」
女は女々しさもへったくれもない口調で言う。
「ってーかぁ、悪魔の皆さん」
一瞬だけざわつく。
「別に俺ぁジェノサイドだろーがジェット機だろーが、あんまいい訳ですがぁ、やることないし、来ちゃったので――――殺します」
そいつは此方に向かってナイフを向け走り、斬り付けた。何を?
「え――?」
――人間を!
「クソガキぃ、妹の、遺言、忘れてねぇよなぁ?」
生きた人間を肉片に変えながら彼女は叫ぶ。
「戦争と言ったらなんだ!お前らが最初にされた事はなんだ!」
最初にされたこと。
「火だ!街を焼くんだ!」
俺は叫ぶ。
「人間は火に耐える事が出来ないんだ!」
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そして俺達は人間の街に火を放った。街は火の海になった。
もう人間が嫌で憎くて恐ろしくて仕方なかった。飛び出して来た人間も焼いた。それでも反抗する奴は更に火を強くした。
「魔女も人間も同じなんだ……だから人間は炎に入れられれば死ぬしかない」
殺られる前に殺れ。つまりはそういう事だったのだ。先手をいく女は死体から拾った刀を右手に、ナイフを左手に持ちくるくると踊る様に人を殺して行った。
その姿は残酷ながら余りにも美しかった。血飛沫を飾りの様に靡かせ、軽快に踊るのだ。爪先だけで回り、ナイフと刀とでお手玉をし、彼女だけはレライエの呪いにおかされることなく平然としていた。
町中、国中の家を夜通しも焼いて回った。
三日三晩焼いて、終わった頃にはみな疲れきっていた。当たり前だ。一日ずっと魔術を使ってるだけでも疲れるのに移動しながら、三日間休み無しだったのだ。
「……あ、あんたは……」
「わ……じゃなかった、俺はナザレ。ナザレ・コルムバ・ムータティオ。或はノイリーデネス・プロペーティア・ディパーラともいうな」
ノイリーデネス。その名前に聞き覚えがあった。チェロヴェークのある国で起きた殺人事件の少年犯人の名前だ。ミセラーという女の子が殺され、その母親が目を抜かれ爪先と足を切り取られ、腹部を刺され殺された事件。犯人はノイリーデネス・プロペーティア・ディパーラという事が解り、気付いた時には遅し、少女の遺体と少年は消えていたという奇妙な事件だ。
急に目の前のナザレという奴が恐ろしくなり、座ったまま腰を抜かれてしまった。
「で?……目の前に敵は居るのに何で殺さない?」
「か……敵はお前じゃない……、お前が殺した、奴等だ……」
「……奇遇だな。俺もこう言う輩が嫌いなんだ――――」
忌々しそうに、ヘドロを吐き出すように言った。
「――――道理と道徳のない奴等がな!」
生き残りの『残党狩り』か『制裁』――『裁き』か。ナザレはまた槍を片手に持った男の喉笛を切り裂いた。
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思い出したくもない。
俺はまた半回転し、俯せで枕に顔を伏せた。
「ハウレス?」
戸を開け入ってきたのは声的にヴァルホールだった。
「なんだよ、寝かせてくれ」
一度眠れば忘れられるだろう。こんな嫌な思い出……。
「……ついでに静かにしててくれ。俺は忘れたいんだ」
ぎぃ、と戸が軋み、バタン、と重苦しい閉まる音がした。
「夢にすがっても」
俺は出ていったと思っていた為かなり驚いた。「醒めた時の絶望は大きくなるだけだよ」
「……」
ヴァルホールらしくない、と思った。当たり前だ。見たら馬鹿姉弟揃って俺の部屋に不法侵入してやがるんだから。二人は白黒の動物のようなフードに黒い耳の付いたパジャマを来ている。「バクだよー」と言い、ヴァルホールがベッドに飛んできた。
「バクは悪夢を食べてくれるけど悪い思い出とか怖い思い出とかは食べてくれないでしょう?」
「いい夢をみさせてもくれる。でもさ、終わったときは虚しいじゃん。人によっては絶望しちゃうじゃん」
ちびなバク達はベッドから転げ落ちそうになりながら説明しようとする。
言いたいことは何となく解った。
「言いたいことは解ったっちゃ解った。でもな」
俺はベッドに潜り込む。
「数日寝てなくて眠いし疲れてるんだ……」
俺はそのまま眠りに身を任せた。
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「ん゛ー……。……」
二人は何故か俺の腹がある当たりに頭を載せぐっすり寝ていた。
「……」
部屋に戻って寝ろよ。
動くに動けないし、俺は上半身を持ち上げるとヴルトバスのか、『プロディティオー童話集』があった。かなり読み込まれてる。
ぱらぱらと捲る。有名な童話をアレンジしたり、別の視点から見たりとやはり、かなり面白い。
しかしもう廃版になっている。発行日は数十年前。彼女が俺の目の前で首に短剣を突き立てたその日だった。
「……ハウレス、本当勤勉だね」
「!」
本を取り落としかける。ヴルトバスが目を擦りながら言った。「日にちまで覚えてるなんて」
口に出してただろうか?
「……」何故か答えない。
ヴァルホールはというと盛大に「ずびびびー」と寝息を立て爆睡してる。頼むから涎を垂らしてくれるなよ。
長いクセっ毛を背中に垂らす姿は少女にしか見えない。元々女っぽい顔立ちしてるし、声もヴァルホールとそっくりだし。
「……僕にはできないよ。此処に来た日だって覚えてない」
「俺も覚えてない」
今日が何日かわからないのだからどうしようもない。
「でも、その作者が自殺した日だってわかったじゃん」
そう言い、ヴルトバスは『しまった!』と言う顔をする。
「……ヴルトバス」
ヴルトバスは背中をこちらにむけ頭を抑え丸くなる。
「……何でしってんだ?お前」
プロディティオーの自殺は俺以外知らない筈だ。彼女を灰にし、『童話』を撒いたのは間違いなく俺だからだ。つまり彼女の遺体を見たのは俺しかいない。だから自殺と知っているのは普通に考え俺だけなのだ。
「ははーん」
グシオンと同じか?
「『声から真意を読み取る』……か。せけーな」
ははは、と笑いが込み上げてくる。
ヴルトバスはというと此方を見て、驚愕の表情をした。「なんだよ」
「ハウレスが笑ってる……」
「俺が笑ってるのはそんなに珍しいのか?」
「ねぇちゃん!ねぇちゃん!明日世界が滅ぶかも!」
「おいバカトバス!なんでそうなるんだよ!」
「ぅう……?せかい……なくなるのぉ〜……?」
「なーんでお前はそこに反応するんじゃぁーッ!!」
ベッドの掛け布団を怒りに任せて引いた。二人は何故かかるーく浮いた。「すげぇ!」「うおー!?」何故だ。何故浮く。
「本当だハウレスが笑ってる!」
「世界が滅ぶぞー!」
そんなに俺の口元は緩んでいただろうか。
「だーから滅ばねぇよ!」
最近暑くなってきたなー。
どうも、鑿屋です。
最近はなんかアメーバのぐるっぽが盛り上がってたのでそれと同時進行で書いてた話です。解釈やりながらなのでそうとうワケわからんお話になってると思います。
えー、私はメール執筆の『ケータイ小説』のような書き方をしてますが内容はフツーにケータイ小説に縛られない話になるように頑張っていますってかケータイ小説を読んだ事がほとんどありません。『ケータイ小説だ』と思ってもあるいみ新鮮かも知れません。
そんな訳で何で寝てる最中二人は顔面に落書きをさせなかったのかと後悔しながら
鑿屋