13「感情の正体」
雲一つない青空。春を連想させる長閑で温かな空気、微風。広い花畑の中心、一つだけ不自然に存在を主張する木の家。煙突からぽっぽっと漂う灰色の煙。庭には色とりどりの花が植えられ、鶏舎からは鶏の鳴き声が騒がしく上がっている。
如雨露を手に、白いドレスを着た少女が微笑む。髪色、肌、服、どれも真っ白だった。彼女にだけ色が存在しないように思えるが、彼女の瞳の深紅がぱっと強調して見える。
彼女はしゃがんでから花へ水をやる。水を浴びた花々が喜んでいる。
その空間に突如として裂け目が生じる。文字通り、空間に裂け目。その裂け目は真っ黒で、中から黒いドレスの女が現れた。彼女もまた真っ白な髪をしている。
「アデラ、久しぶりね」
アデラと呼ばれた白いドレスの少女。アデラは花へ水をやるのを中断し、如雨露を持ったまま立ち上がる。
「ウツグ・・・」
黒いドレスの女をウツグと呼び、アデラは無表情のまま視線を送る。
ウツグはアデラの元へ歩み寄る。
「いい加減、ここから出ようとは思わないの?」
ウツグの問いにアデラは如雨露を握る手に力を込めた。
「どういうこと?」
「そういや、貴方はあの時の記憶が・・・まあいいわ」
ウツグは追及を諦めて、花畑を見やる。色とりどりの花々が風に戦いでいた。
「そういえば、貴方のティアーとかいうお友達がとある王族を殺害したみたいだけれど、あれ、私が今滞在している国で話題になっているわ」
「そうなの」
「ええ」
ティアーはアデラの友人の名である。するとウツグが指を立てて話しを切り出す。
「私が今いる時代に、『魔王』の魂と『勇者』の魂を継いだ者がいるの」
『魔王』と『勇者』。そのキーワードを耳にしたアデラの目付きが変わる。
遥か昔に存在した『魔族』と『人間』という二つの強大な種族。『魔族』を率いる『魔王』、『人間』を率いる『勇者』の二つの勢力が長い間戦争を続けた。最終的に、現代では『人間』が勝利をおさめたとされ――『魔族』は滅びたとされている。その事実を、シンフォニ王国の王族だけでなく全世界の王たちが認めている。
しかし、『人間』というものは『勇者』を除き魔法を扱えない。
「私は私の計画のためにその魂の継承者を利用するわ。『魔王』と『勇者』の力を一つにしたら、一体どうなるのかしらね。どう、興味が沸かない?『魔王』の娘さん」
ウツグの最後の一言を聞いたアデラが顔をムッとしかめる。
「ウツグ、意地悪・・・」
アデラは言い終えると如雨露を片付けに家の中へと去った。彼女はそれから鶏たちの餌を持って戻って来た。彼女の後ろに着いて行くウツグと会話を続ける。
「『魔王』と『勇者』を復活させて、その力をウツグが奪うってこと?」
「ええ。そして私の計画に利用するわ」
「計画って?」
アデラは鶏舎のある柵の中目がけて餌を投げ入れる。鶏たちがこっこっとけたたましく鳴きながら餌をつついている。
「私の最愛の人――『大罪の勇者』エネアを『天外』へと封じ込めた神々への復讐よ」
『大罪の勇者』エネア。かつて存在した最強の勇者の名前だ。彼は世界を救った英雄として語り継がれている。しかし、その力のあまり神々からは危険視され、やがて封印される。
『天外』とはこの世界の外・・・。つまり、別世界のことを指す。
「今日ここに来たのは貴方に私の計画を手伝ってほしいからよ。なにせ、貴方は魂を操る禁術『魂操術』を扱える」
「無償では手伝わない」
「分かっているわよ。そのために、貴方へあげたいものがあるの」
するとウツグが突如として魔方陣を展開した。魔方陣からとある少女が浮かび上がる。
黒髪の少女。年齢は幼い。
アデラがその少女を見て溜め息を吐く。
「もしやその子が『魔王』の魂を継いだ者?」
「ええ。実は『魔王』の魂と『勇者』の魂はそれぞれ二つに分裂しているの。つまり、この子は『魔王』の魂を継いだ内の一人ということだわ」
ウツグはアデラの側へと少女を移動させる。
「貴方にはその子を・・・そうね、七年。七年の間貸し出すわ。その間、この子の体は好きに使ってくれて構わないわ」
アデラはじっと少女を見つめる。宙に浮かぶ、眠る幼い少女。傷一つ付いておらず、体の状態も良い。
「いいよ、手伝う」
「ふふっ、貴方なら乗って来ると思わっていたわ。それじゃ、また来るわね」
それだけ言ってウツグはこの場を立ち去った。空間の裂け目――ワープホールを通して、彼女は現世へと戻った。
この花畑の世界は『乖背の魔女』アデラが暮らすためだけに作り上げられた空間。ここに出入りできる者は彼女と同じ『魔女』か、ワープホールを扱えるそれなりの実力者のみ。『復讐の女神』であるウツグはその内の一人である。
ただし、アデラはなぜ自分がこの空間にいるのか分かっていない。全ての記憶を失っているというわけではないのだが、すっぽりとここにいる理由だけを忘れてしまっている。
アデラは宙に浮いたままの少女の額へと触れる。
「ダイア・ヴルピウス」
魂からこの少女の記憶を読み取ったアデラが呟く。
それからアデラはすっと目を閉じ、静かに微風へと吹かれた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
夜。クリスマス会は大いに盛り上がっていた。クレシアの家に遅れて駆けつけたルーズを迎え入れ、一行は食卓を囲んだ。シチューに、チキン。大人たちはビールを片手に乾杯。
ドミナとルノートは朝と同じ距離感のまま座り、共に食事を楽しんでいた。
「ドミナさんも、ルノートさんも、相変わらず仲が良いですね」
少し酔っているのか、顔を赤くしたルーズが言った。彼は普段こういった近所の集まりには参加しない。それは彼の仕事が忙しいという点にあり、今回のクリスマス会が初となる。
「仲が良い」と言われ慣れてしまったルノートとドミナは適当な笑みを浮かべてそれを返事とし、ふと、ドミナが隣でシチューを食べ進めるルノートを見つめた。
彼はその視線に気づき、ドミナを見つめ返す。
それは突然だった。ドミナが自身のシチューをスプーンで掬い上げ、彼の口元へ運んだ。
「ん」
「ん?」
二人の間に曖昧な空気が流れる。ドミナは少しだけ頬を赤くして、じっと彼を観察している。
反対にルノートはというと、自身が味わっていたシチューの入る皿をテーブルの上へ置き、彼女の行動の意図を探っている。
「わたしのも食べて」
「もしかしてお腹いっぱい?」
「うん」
ルノートは彼女が運んだスプーンを口の中へ。その瞬間、ドミナの顔が段々と赤みを帯びていくではないか。二人の光景を驚いたように眺めるルーズとクレシア、そして親指を立てて「よくやった」と言わんばかりに鼻を鳴らすリアネルの姿。
ふとルノートが何か思い出したのか「あ」と声を上げる。声を聞いたドミナが一瞬だけびくりと肩を跳ねさせる。
「ドミナ・・・お腹いっぱいってまさか、クッキーの食べすぎじゃないの」
「え、ええとそれは・・・うん」
「それなら仕方ない。もらうね」
ルノートがドミナの皿を持ちあげた。彼は自分の皿からスプーンを持ってきて、シチューの海に突き刺す。
彼は平然とシチューを食べ進めた。
「本当に美味しいですね」
「あら、ありがとう」
ルノートはクレシアにそう言うと、一気にシチューを平らげてしまった。その時になってようやくルノートは気が付いた。周りの視線が彼自身へ集中していることに。
理由を探ろうと彼はドミナを見た。しかし、彼女は顔を赤くして俯いたまま固まっていた。彼女の手にはルノートが口を付けたスプーンが未だに握られたまま。
「ドミナ?」
「ど、どうかしたか・・・!?」
「みんなの様子がおかしいんだ。ぼくは何か悪いことしたかな」
「いや、別に悪いことじゃないと思うけど。むしろ・・・」
「ん?」
ドミナの含みを持った言い方に疑問符を浮かべる。すでにクレシアたちの視線は離れていた。彼女たちは意図的に視線を外したように思えるが。
ルノートは違和感を感じつつも、自身の目の前に置かれたチキンへと手を伸ばした。半分ほど食べ進めた骨付きのチキン。それをかじり、咀嚼する。
そのまま微妙な時間が流れた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
リアネルの言葉が頭の中で何度も繰り返し流れていた。
『ルノート君のこと、好きでしょ』
ドミナはその言葉を繰り返す度、自分の感情を意識せざるを得ない。もどかしく、苦しく、だがどこか心地の良い温かさのある不思議な感情。これが恋なのだろう。
リアネルの言葉がきっかけに、ドミナは今まで行っていた自分の行動に恥ずかしさを感じる。間接キスだけでなく、特にあのホテルでの混浴だ。一緒のベッドで眠ることはまだしも、体を寄せ合うことさえもその『恥ずかしさ』に繋がった。
クリスマス会が終わった後も尚、ドミナの体に纏わり付いた高熱は離れてくれなかった。
あのクリスマス会の最中にルノートが離れた瞬間、リアネルとドミナは作戦を立てた。リアネルから教え込まれた様々なテクニックをドミナは実践するつもりではいるが、やはり直接本人に尋ねた方が楽なのではないかと思う。だが、それは覚悟しなければならない。恥ずかしい上に、もしあちらが恋をしていなかった場合が大変だ。
今では彼の顔を直視することすら難しくなってしまった。
「ドミナ、楽しかったね」
クリスマス会を終えたドミナとルノートは共に家へと帰った。二人共それぞれ就寝の準備を済ませ、ベッドの上へと座っている。
「ねえ」
ドミナが突然話を切り出した。
「ルノートはさ・・・わたしのこと、どう思う?」
途端に熱が溢れた。ドミナは顔を真っ赤にして、下を向く。彼女は指先を遊ばせながら、ルノートの返答を待っているようだ。
ルノートは質問の意図を一瞬だけ探ろうと言葉を迷っていたが、それはやめた。彼は微笑む。
「ぼくはドミナのこと大切に思っているよ。家族として大事に思っているし、守りたい」
「家族としてじゃなくてさ・・・その、一人の人間としてはどうなの」
言ってしまった。ドミナはきゅっと力を込めて、握り拳を作る。
「だらしないし、頭も悪い。礼儀もなってないし」
「・・・」
ドミナは耳を疑った。彼女の顔に纏っていた熱が瞬く間に消え去った。直後、心の中に悲しみが溢れる。
自分だけだった。自分だけが恋愛的に意識して、好意的に思っていたのだろう。彼はそんなことなかった。ルノートは本音ではドミナのことを邪魔に思っていたのだ。
ドミナは泣きそうになる。必死に涙を堪えようとするも目から溢れてきて――、
「でもそんなところも含めて、ぼくはドミナのことが全部大好きだよ。本当にドミナと出会えて良かった。ぼくはドミナのこと、尊敬してる」
今度は嬉しさの意味で泣きそうになったドミナ。
「ばああっ!」
ドミナは突如として大声を上げ、ベッドへ寝転んだ。彼女は自分の枕の中に顔を隠すように埋めている。
「ドミナ?」
驚いたルノートが彼女へ問いかける。
「わたしも・・・私も、ルノートのことが好き」
ドミナは枕から少しだけ顔を離して、嬉しそうに目を細めた。




