イタズラ
「__二人の時は、使っちゃダメだよ」
薄暗い路地の途中。父は辺りを警戒しながらぼく達にそう告げた。
「私達この前通ったよねっ」
「シッ、お父さんに聞こえるだろ」
ぼくとリアナの密談は路地の闇の向こうに消えて父には届かなかったようだ。
あれからすぐ、ぼく達は家を出た。
ぼく達は今、街の中腹にある層__『棲処』を抜けて街の外に続く門へたどり着くため、父といるときにしか使ってはいけないと言われている道を通っている。
「家も店も一緒に建てれば『商殻』なんて作る必要ないのにね」
今度は父にも聞こえるくらいの声量でリアナが呟いた。
正直ぼくもそう思う。
街を『三層』に分けているせいで、ぼく達はこうして少し遠い街の門までの道を歩かなくてはならない。
「ここ最近は無いけど、昔はよく『魔獣』が襲ってきてたからね__人と街を守る為に仕方なくこういう造りになってるんだ」
父の言う事も分かってはいる。
父が若い頃はまだ『ノクサ』から魔獣が街に襲ってきていたらしい。
『__僕より前の世代のファリムの街は、苛烈でね。トワイルとノクサの間にある遺跡があるって言ったよね?昔魔獣たちに落とされた僕達が住んでいるような街だったんだ』
昔ぼくが父から聞かされた話だ。
遺跡となったその街は規模も小さく、トワイルでいう所の『棲処』と『商殻』が合わさった『二層』の構造だったらしい。
家と店が同じ場所に立ち並ぶ街。
トワイルに住むぼく達にとって理想の場所と言える。
だが、滅んだ。
ある時街に『魔女』と呼ばれる魔獣が現れ、街は一晩を待たず壊滅した。
__もちろん、人も全て。
その当時の教訓を得て、それ以降に作られた街は全て『三層』の構造となった。
商業施設や探索者組合などのいわゆる商業施設が立ち並ぶ、人を守る区画である『商殻』
商殻に守られ人々が穏やかに過ごす、『街を』守る区画である『棲処』
そして__
「『命頂』は家とお店が一緒の場所にあるのよね?いいなぁ…」
「噂だと、どのお店を使ってもタダらしいよ?」
「何それ!?ずるいっ!私も『カプラモント』のホットケーキ、タダで食べたい!」
__『商殻』と『棲処』のさらに奥。
山なりの街の頂点に位置する場所に『命頂』と呼ばれる区画がある。
滅びた『二層』の街にもあった、名前の通り街の命を司る場所だ。
そこには、ぼく達の命を守る為の装置が三つ据え付けられている。
街の空気を清浄にする機能を持つ装置__『呼吸炉』
光のほとんどないファリムの街を明るく照らす照明や、機械の駆動に必要な電気を送る機能を持つ装置__『灯明炉』
淀んだ水を濾過し、生活に使用する水に変える機能を持つ装置__『命水槽』
『命頂』はそれら全ての管理をする資格を持つ者や、街の存続に関わる要人が住む場所だ。
区画から出ることを制限される代わりに、区画内の施設に限り自由に使用できるというある種の特権が適用された場所__昔そう父から聞いた。
「親に払ってもらってるんだから、今はタダみたいなもんだろ…」
「あ、確かに」
ぼくの言葉も話し半分で顔を蕩けさせるリアナは、きっとホットケーキの味を思い出しているのだろう。
そんなことを考えていると、急に彼女はパッと顔を元に戻した。
「トゥリアテセラの二階に住めば、こうやって『商殻』まで歩かなくてもいいんじゃない?」
「あ、確かに」
トゥリアテセラは『棲処』の端と街の門のちょうど中間あたりにある。
そこに住むことが出来るなら、街の外に行くことも『商殻』で買い物や食事をするのも楽だ。
リアナと同じ反応をとってしまったのはちょっと癪だが、確かに良い案だなとぼくは思った。
「お母さん達の許可が出たら、カイも部屋に招待してあげる!」
この様子だと『街の外』から帰ったらすぐに親にお願いを始めるだろう。
__半ば強引な、結果が決まりきったお願いを。
「__やめといた方がいいよ、リアナちゃん」
ぼく達の話が途切れたのを感じて、それまで静観を貫いていた父が話しかけてきた。
「リアナちゃんは『微睡』は知ってるよね?」
「知ってる!昔帰るのが遅くなったときにお父さんが、なんか言ってた!」
「…それ、説教じゃ__」
「いいの!お父さんの話は、あんまり聞かなくて大丈夫だから!」
__今まさにぼくのお父さんが目の前にいるんだけど…
「はは…ベリスもリアナちゃんの事を思って言ってるから、たまにはちゃんと聞いてあげてね…」
ぼくと同じことを思っているのか、声に苦さを含みながら父は続ける。
「『微睡』になると『商殻』は空気が薄くなるんだ。
__『命頂』の機能は『棲処』を優先して作られているからね」
そこまで言い切ったところでぼく達は路地を抜け『商殻』の入り口に出た。
飲食店や商店、店を持たない者の露店などが既に軒を連ねている。
細い路地の終わり頃から聞こえていた喧騒は、道の広がりに呼応して急にその姿を大きくした。
「今こうやって道端で声を張って客寄せが出来るのは、『覚動』を過ぎて呼吸炉が正常に動き出したから。
__『微睡』を過ぎると、トゥリアテセラ辺りだとリアナちゃんは結構辛いんじゃないかな」
父の声は先程よりも遠く感じたがそれでもはっきり聞こえた。
隣のリアナを見るとキョトンとした表情をしている。
恐らくこの話は親からしてもらったことがないのだろう。
父の言葉で、呼吸炉には『生命活動のようなもの』が存在する、と以前母から聞いたことがあったのをぼくは思い出した。
「夜になるとね、私達と同じように『おやすみ』って言って呼吸炉も眠るの。逆に朝が来ると、みんなに『おはよう』って言って起きるのよ」
その話を聞いた時__当時五歳くらいのぼくは、母の言葉に顔を青くしたのを覚えている。
「…ひとが、入っているの?」
多分、十歳になった今のぼくでも同じことを思うだろう。
人と同じように活動するのなら、呼吸炉の中には人が入っている__幼い思考でもそう結論付けるのは簡単なことだった。
__そして、母はそれを少しだけ『利用』した。
「あら、知らなかったの?」
今思えば、母は少しイタズラ顔をしていたと思う。
「悪い事をする子は、呼吸炉に入れられるのよ?」
「えっ…」
「カイ、この前リアナちゃんと遊んで遅くなったでしょ?」
「うん…」
「あの時は初めてだったから帰ってもらったけど…。
__次は気を付けなさいね。『命頂』から迎えが来るわよ?」
その日ぼくは父と母の眠る布団に潜り込んで一緒に寝た。
しっかりとベソをかくぼくを、眠るまで二人は撫でてくれた。
後日種明かしをされたぼくが大笑いする二人に激怒したことも、しっかり思い出した。
「__リアナ、この話知ってる?」
当時の事を思い出してイタズラ心が芽生えたぼくは、リアナにそっと耳打ちした。
「リアナ、ぼくによくイタズラするよね?」
「そうだけど?」
__即答かよ…
これまでのリアナのイタズラを思いだし、ぼくは言葉を続けた。
「あまりイタズラが酷いと、『命頂』から迎えが来て呼吸炉に入れられるんだよ。
__リアナも、気をつけた方がいいよ」
「えっ…そうなの?」
ぼくの言葉にリアナが顔を青くしたのを見て、思わず溢れかけたニヤケ顔を抑える。
これでしばらくリアナはぼくにイタズラをして来ないだろう。
そう思うぼくの耳元に、今度はリアナの顔が近付けられた。
「__じゃあ今私にイタズラしようとしたカイは、呼吸炉行き確定だねっ」
「えっ」
驚いたぼくが見ると、リアナはもう青い顔をしていなかった。
それどころか、これ以上ない程のニヤケ顔をしている。
「…知ってたのかよ!」
「ホントにカイってからかいがいあるよねー。そんなの子どもの頃みんな聞いてるって」
ニヤニヤとしながら頬をつついてくるリアナ。
恥ずかしさと腹立たしさが込み上げてきたぼくが「やめろよ…」と言いながら手をどけるが、それでも構わず続けてくる。
「その話して信じるの、今じゃエイベルくらいじゃない?」
「分かったから、もうやめろって__え?」
ぼくの言葉が終わる頃にはもうリアナは隣にいなかった。
走って父を追い越したかと思うと、少し先に見える彼女の両親の店__トゥリアテセラの中にサッと消えていった。
「あー…そういう事か」
その様子を見た父はその場に立ち止まる。
「どうしたの?お父さん」
「うーん…ちょっと待ってようか__多分お母さんを連れて出てくるだろうから」
十数秒後、本当にリアナは母親__アリシアを連れて出てきた。
先程ぼくをつつくのを止めたのは、これをするためだったらしい。
「アリシア、本当に連れていって大丈夫?__ベリスが反対してるんじゃないの?」
その言葉を聞いて、ようやくぼくは今の状況を理解した。
「リアナ…もしかして親の許可取ってなかったのか?」
「取ったよ、ちゃんと『お母さん』の許可!ね、お母さん?」
リアナに見られたアリシアは組んだ腕に肘をつき、頬杖のポーズをしたまま父の方を向いた。
「…このまま行ってくれて大丈夫よ、ハロルド」
「でも、ベリスが…」
「いいの、あの人には言わないで」
そこまで言ったところで、アリシアがはぁ、とため息をつく。
「__ちょっとくらい娘離れしてくれないと、困るのよ」
その言葉で父もぼくも、何となく全ての状況が理解できた。
「分かったよ…ケガはさせないけど、そっちでうまい具合にしてくれよ?」
「こっちは心配要らないから安心して__あ、旦那が出てくるわ」
その言葉と共にぼく達を店から見えない影に隠すアリシア。
それから数秒して、戻ってこないアリシアを心配したベリスが店先に出てきた。
「さ、リアナ。気を付けて行ってらっしゃい__ハロルドの言うことをよく聞くのよ」
「うんっ!行ってきます、お母さ__」
「__あら、どうしたの?あなた」
既にアリシアはぼく達から少し離れたところでベリスと会話を始めていた。
後ろに置いた手をヒラヒラと振って早く行けとぼく達に伝えている。
ぼく達はそれに促されて店の通りを後にした。
「…リアナのお母さん、元探索者だっけ?」
「うん、縫殻で結構強かったみたい」
「結構どころじゃ__いや、何でもない…はは」
父が言いかけた言葉をなぜか飲み込み愛想笑いを浮かべた。
恐らくぼくにもわかるくらい激しく飛んできている『誰か』の気配のせいだろう。
「…リアナ、ぼく思ったんだけど」
「何、急にどうしたの?」
「リアナによっぽどひどいイタズラされたら、今度からアリシアさんに言おうかと思う」
言葉の後、リアナの顔を見た。
「それだけは、やめて…ホントに」
真っ青な顔。
先程のわざとした青い顔ではなく、本当に真っ青な顔を浮かべてリアナがぼくを見ていた。
それを見たぼくは、
__これ、本当に言ったらリアナは何されるんだろう…
ニヤケ顔を作る暇などなく、父とリアナを震えさせるアリシアの怖さに何故か少し怯えていた。




