傑物
着替えが終わったぼくが急いでリビングへ向かうと、ちょうど父とリアナが会話をしている所だった。
「ハロルドさんっ!この格好、どう?」
「可愛いとは思うけど…『街の外』に行くのはちょっとなあ…」
そこまで言ったところで、リビングに入ったぼくの方をハロルド__ぼくの父が向いた。
「おはよう、カイ」
『街の外』に行く為の装備を既にある程度整えている父。
恐らく今日あたりこうなる事だろうと予測していたようだ。
腕に付けられた籠手の縫い目の部分に、少し淡い琥珀色の光が滲んでいるのが見えた。
「ようやく起きたの?カイ。リアナちゃん待ちくたびれてるわよ」
キッチンの方から母__ヘレナがそう言いながら、両手に皿を持って現れた。
慣れた手つきで持ってきた朝食を食卓に並べると、たちまち良い匂いが部屋に充満する。
「リアナちゃんも食べていく?」
「うん!さっき食べたけど、ヘレナさんのご飯も食べたい!」
リアナはもう既にぼくがいつも座る椅子の隣を陣取っていた。
ぼくは少し苦笑いを浮かべながら、リアナの隣に座る。
「そんなに食べたら太るよ、リアナ?」
「今日いっぱい動くからいいもん!__ね?ハロルドさん」
そう言いながらハロルドの方を見るリアナ。
ぼくが父を見ると、ぼくと同じような苦笑いを浮かべていた。
「リアナちゃん…動くつもりなら、やっぱりその服装は__」
「あっ、ヘレナさんありがとう!いただきまーす!」
タイミング良く__いや、悪くリアナの前に置かれた朝食で、父の言葉は無いものとなってしまう。
「ヘレナ、今はちょっと…」
その様子に父が、はは…と呟きながら頭を掻いていると、
「あら、あなたならちゃんと守ってあげられるでしょ?
__ね?リアナちゃん」
全員分の朝食を配膳し終わった母が、そう言いながら父の隣に座った。
「うん!ハロルドはん、ふっごく強いかららいじょうぶっ!」
母の作ったサンドイッチを口いっぱいに頬張り幸せそうな顔をしたリアナが、母に相槌を打つ。
そのままゴクンと飲み込み、
「だって、『トワイル』に三人しかいない『忘骨』の探索者だもんねっ!」
リアナは続けた言葉の後、口に付いたソースをペロッと舐め取った。
父は『探索者』としてぼく達の住む街__『トワイル』で活動している。
リアナが言った通り、探索者階級は『忘骨』__実質的な最上位の階級だ。
探索者階級は全部で五__いや、四つあり、下から、
『白塵』
『縫殻』
『脈晶』
『忘骨』
となっている。
それぞれの階級は『階級素材』によって決められ、素材の名前がそのまま階級の名前に対応している。
そして__
「『魔法』、私も使いたいなあ…空を飛べるやつっ!」
「あら、素敵じゃない。空飛ぶリアナちゃん、魔法少女って感じがして格好よさそうねえ」
好物の甘みたっぷりのミルクティーをんぐんぐと飲みながらそう言うリアナに、ふふっ、と微笑みながら向かいの母が言葉を返す。
そう。
階級素材は『魔法』という、ぼく達が本来持ち得ない概念を探索者に与える。
具体的には『脈晶』以上の素材を保持した探索者が、魔力を使用出来るようになるらしい。
原理は未だ解明されていない部分が多いらしく、目下研究中とのことだ。
「ぼく達はまず『白塵』からでしょ、リアナ__あ…」
ぼくは隣にいるリアナにそう言いながら自分の前にあるサンドイッチを手に取る。
四つあったはずのサンドイッチは、ぼくが一つ食べただけなのに残り二つになっていた。
「ぼくのサンドイッチまで食べるなよ!」
「んー!やっぱりヘレナさんのサンドイッチ、すっごく美味しいっ!」
聞いちゃいない。僕が『白塵』の話をしたのもどうせ聞いていないのだろう。
「はあ…それで、今日はどこに行くの?父さん」
僕はリアナとの会話を諦め、正面にいる父の方を向いた。
母の淹れてくれたコーヒーを飲んでいた父は、僕の言葉にん?と言った後、読んでいた新聞をそっと机に置いた。
「今日は『森』に行こうと思ってるよ。最近『魔獣』の報告もないからね」
それでも危険なんだけどね、と付け加えて父はサンドイッチを口にする。
__『森』かあ、確かあそこはマーツ茸が…
僕が『森』と聞いて、そこで採れる『レア物』の事を思い浮かべていると、
「__マーツ茸!」
同じく父の『森』という言葉に反応したリアナが、ガタッと椅子を揺らして立ち上がった。
「うわっ、なんだよリアナ!」
「お母さんの作るマーツ茸ご飯、美味しいんだよね__楽しみっ!」
驚いたぼくがリアナの方を見ると、これでもかというほど目を輝かせたリアナがぼくを見ていた。
込み上げてきたヨダレをジュッと鳴らして吸い取り、
「へへ…楽しみだねっ」
と口元を手で擦るリアナを見てぼくは、
__なんでリアナはこんなに食べているのに、まだ食べ物の話が出来るんだ…?
目の前の『傑物』の胃袋と食欲に少し、いやかなり引いていた。




