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カイとリアナ



「カイー、リアナちゃん来たわよー」

 開け放たれた扉の向こうから、声が聞こえた。


「んんっ…リアナか…」

 ぼくはその声に反応しパッと目を覚ます。

 寝起きが悪いぼくに届いた言葉を繰り返し、一度寝返りを打つ。


「__えっ、リアナ…?」


 扉の向こうから聞こえた母の声か、自分で繰り返した言葉かは分からない。

 だが、確かにぼくは今『嵐』の予兆を受け取った。

 

 バタバタバタ!とぼくの部屋目掛けて足音が近付いてきたのを聞いて、ぼくはベッドから飛び起きう/る。


「勘弁してよ、もう…」 

 完全に立つ事はしない。

 迫り来る『嵐』に立ち向かう最善の手は、ベッドに腰掛けて待つことだと最近ようやく編み出した。

 


「カイー!!」

『嵐』は今日は特別元気そうだ__恐らく前々から言っていた『あれ』の許可がようやく下りたのだろう。

 

 どちらにしてもこの様子だと、今日もダメージを負うのは確定だ。

 両手を部屋の入口の方に置き、ぼくはため息をつきながら音の正体を待ち構えた。



 廊下を走る音が急に止み廊下を滑る音が始まった。

 ぼくがその音にグッと両手を前に突き出した頃、見慣れた女の子が部屋の前に急停止した。


「__お待たせっ!」

 そのまま彼女はぼくが両手を突き出しているのを見て、頭から飛び込んできた。



「グッ…!」

 構えた手で彼女を抱えてそのまま身体を捻った__対策はバッチリだ。

 だがそれでも受け止めきれない衝撃が身体を襲い、ぼくは思わず苦悶の声を漏らす。


 当の彼女はそんなぼくの呻き声を無視し、ベッドから頭を上げて言葉を続けた。

 

「説得終わった、早くいこっ!『街の外』!」



 彼女__リアナはいつもこうだ。

 ぼくが寝ているのも構わず、何かを報告しにいつもベッドに飛び込んでくる。


 最初のうちはまだ状況も把握できていない寝ぼけたままの状態でこの攻撃を食らっていた。

 あまりにも痛いので頑張って上半身を起こすようにしたら、踏ん張りが効かず壁に頭を打ちつけた。


 最近こうして受け流す方法を編み出したが、それでもまだ僕はダメージを受け続けている。



「リアナ、リビングで待っててっていつも言ってるじゃん…いてて」

 もちろんぼくの申し出など彼女は聞いていない。


「ゲホッ…(こも)るんだから、開けといてよっ」

 ぼくの部屋のクローゼットをガッと開けて文句をつきつつ、下着や靴下が入っている棚を既にガサゴソと漁り始めた。



 これもいつもの光景だ。

 ぼくがベッドを立ち上がる頃にはもう、ぼくの前に今日着て欲しいものを全部持ったリアナがいるのだろう。


 そんな事を思いながらリアナの方を見ると、彼女は棚から小さな布__ぼくのパンツを出してじっと見ていた。

 彼女は少し引いた目をしてこちらを向き、親指と人差し指で布の端限界の所を摘まんでいる。



「カイ、こんな子どもみたいなパンツ卒業した方がいいよ…?もう、十歳なんだから」

「…余計なお世話だよ」

 まだ少し残る痛みを堪えつつベットから立ち上がり、リアナが汚そうに摘むぼくのパンツをひったくった。

 パンツを取られた彼女は、何事もなかったかのようにまた棚を漁り始める。



「__というか、摘むなよ。ちゃんと洗ってるんだから」

「え、やだよ。ばっちいじゃん」

 リアナはそう言いながらぼくが今日着るであろう外着に、摘んだ指を当てゴシゴシと擦った。



 最近のリアナはこんな感じだ。

 十歳になったからか知らないがオシャレに目覚めたらしく、よくこうしてぼくに『細かい』ファッションチェックを行なってくる。

 そんな彼女は、今日は胸元に可愛い刺繍が施されたワンピースとリボン付きのカチューシャを身につけ、お気に入りのフリルの靴下を履いていた。


 細部まで自分の思う『可愛い』が詰め込まれた服だ。

 きっと__



「あ、そうだ。私のパンツはね__」

「わあ!それはダメ!」

 リアナがガバッとワンピースの前を開けようとしたので、その手を掴んで全力で止めた。


「なんで?可愛いから、見せようと思っただけなのにっ」

 キョトンとした顔をするリアナ。

 そんな彼女を見て思わずぼくはため息をついた。


「『もう十歳なんだから』分かってよ…」



 リアナは相変わらずこうだ。小さい頃から一緒にいる事もあり、ぼくに対してほとんど恥じらいがない。

 それなのにオシャレには目覚めるもんだから、ぼくはいつも彼女の行動をヒヤヒヤしながら見る羽目になった。



「…すぐ行くから、リビングで待ってて」

 怒涛の情報に朝から疲れてしまったぼくは、リアナの背中を押して部屋を追い出す。

 押された彼女は、えー、と不満の声を漏らしながらも、


「早く来てよねっ__『街の外』、楽しみにしてたでしょ!」

 そう言って、リビングにパタパタと向かっていった。


 __ぼくが行きたいって言い出した訳じゃないんだけどな…



 リアナはいつもこうだ。


 いつもぼくの話を無視する。

 いつまでもぼくを子ども扱いする。

 おまけに何でも自分で決めてしまう。


 __それでもぼくは、彼女といつも一緒にいる。

 付き合いの長さもあるだろうけれど、彼女と過ごす時間はとても楽しいからだ。


 今日もリアナの提案に付き合う形になったけれど、きっと『街の外』でも彼女といれば楽しいものになるのだろう。

『街の外』を走り回る彼女を想像し、思わず笑みが溢れた。



「…喜んでくれるかな、リアナ」

 誰もいない部屋で一人呟き、上の着替えを済ませた。

 そのまま下を履き替えるべく、寝巻きのズボンを下ろす。



「__えっと…」

 扉の方から声が聞こえたのでズボンを下ろした体勢のままそちらを向くと、リアナが扉から半身を出してぼくの方をチラチラ見ていた。

 視線を向けられた彼女は、少し困ったように目を泳がせている。


「…えっとね、勘違いさせてたら…ごめんね?」

 リアナは視線をこちらに向けたまま何かを言い始めた。


 __流石に見られながら着替えるのは、恥ずかしいんだけど…


 そんな事を思うが、彼女はぼくから目を離さない。

 ぼくは仕方なくそのまま着替えを終わらせ、彼女の前に立った。


 

「…リアナ、楽しみにしてたんじゃないの?」

 ジトッとした目を向け質問をするぼくは、この後リアナが続ける言葉にめどを立てていた。


『私は別に『街の外』は楽しみじゃないよ…?』


 今更そんな事を言うのではないか。

 散々引っ掻き回しておきながらそんな事を言われたら、たまったもんじゃない。


 だが、彼女が口に出した言葉は全く違うものだった。


 

「…パンツ」

「__え?」


「そのパンツ、私に見せて喜ぶと思ったんだよね?__ごめんね?ちょっとそういうの『へんたい』っぽくて、私はやだな…あはは…」

 それだけ言い残してリアナはスッと部屋を離れて行った。


「__え、どういう事?」


 

 リアナはいつもこうだ。


 せっかちで、気が早い。

 すぐに自分で何でも決めて、その決定をぼくに押し付ける。

 今だって、いつもと変わらず勝手に何か思ってぼくにそう言ったのだろう。


 でも__



 __『へんたい』っぽくて、私はやだな



 そう言いながら顔を少し赤くするリアナは、いつも見る彼女と少し違って見えた気がした。


 何故かは、分からない。

 だからぼくは、


「十歳に、なったからかな…」


 とりあえずその全てを十歳に、押し付けることにした。

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