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天嶮のファミリア  作者: 深川我無@書籍発売中
第一章【忘却に差す光】
8/39

#08 岸壁の霜降り鷲

 

 翌朝早く、レインとパゴタは起き出し西側の岸壁を探索していた。

 

 二人の手には魔石のブレスレットが朝日を浴びて輝いている。

 

 魔力に頼らずロープとピッケルで岸壁を下りながら、二人は霜降り鷲の卵を探していた。

 

 なんでもシルファの作るプリンは絶品らしく、レインのみならずフリークまでもが太鼓判を押す始末だった。

 

 二人の口は、いつしかプリン一色になり、呆れたシルファが言ったのだ。

 

「明日パゴタとレインが霜降り鷲の卵を獲って来られたら作ってあげるから。まずは二人とも涎を拭きなさい」

 

 こうして朝から岸壁を下りながら巣を探しているのだが、目当ての巣はなかなか見当たらなかった。

 

 せり出した岩の上で、お弁当に持たせてくれたサンドウィッチを頬張りながら二人は岸壁に視線を泳がせる。

 

 その時パゴタが何かを見つけてレインの肩を叩いた。

 

「レイン! あれは?」

 

 パゴタが指さした大きく抉れた崖の窪みには霜降り鷲の巣があった。

 

 はるか下界から運ばれた木や骨で組まれた美しい巣の中には、雪銀羊の毛に包まれた卵が6つ並んでいる。

 

「まさしくあれだよ! パゴタお手柄!」

 

 二人は急いでサンドウィッチを食べると巣のある窪みへと向かって崖を下りて行った。

 

 近づくにつれ明らかになる巣と卵の大きさに、パゴタは思わず目を見張る。

 

「デカい……」

 

「気を付けてね。霜降り鷲はとっても凶暴だから。お母さん鷲が帰ってこないうちに早く獲ろう!」

 

 両手で抱えるのがやっとの大きさの卵に、レインは手早く網をかけて背負えるようにした。

 

 パゴタも見様見真似やってみるが、重心の取り方が難しく思うようにいかない。

 

 その時だった。

 

 黒い影が二人の上に被さったのは。

 

 ごくりと唾を呑んで二人が見上げると、そこには怒りの形相を浮かべた霜降り鷲が浮かんでいる。

 

 羽音のまったくしない特殊な羽毛のおかげで、まったく気配を感じなかったが、パゴタが接近に気付けなかった理由はそれだけではない。

 

 少年は魔力を封じるブレスレットに視線を落として確信する。

 

「ねえレイン……このブレスレットって魔力感知も……?」

 

「うん……出来なくなるんだった……」

 

 鋭い爪が二人に襲い掛かる。

 

 パゴタはレインを後ろに突き飛ばしてピッケルで爪に応戦した。

 

 まるで鋼同士がぶつかったような硬質な音が響き渡り、火花が散る。

 

 霜降り鷲は両翼を広げて距離を取ると怒りの嘶きを上げて魔力を練り始めた。

 

 開けた嘴の奥に、赤い魔力が集約していくのが見える。

 

 その意味するところをパゴタはすぐに理解した。

 

「まずい……翼閃(バード・レイ)が来る……!」

 

 怪鳥類が有する魔法の中でも指折りの攻撃魔法、翼閃。

 

 パゴタは迎え撃とうとブレスレットに手をかけたが、ブレスレットはどうやっても外れそうにない。

 

「レイン⁉ もしかしてこのブレスレット……」

 

「うん……15歳になるまで取れない!」

 

「噓でしょおお⁉」

 

 一点集約した灼熱の光線が放たれた。

 

 目にも止まらぬ速さで自分たちを射貫かんとする紅蓮の矢を前に、パゴタが覚悟を決めたその時だった。

 

 超高濃度の魔法防壁が二人を包む。

 

 それは翼閃を一瞬で分解し、青い光の粒子へと変えてしまった。

 

 あまりの驚きにパゴタが呆けていると、レインがパゴタの手を引いて巣の淵へと駆け出した。

 

「今のがパパとママの編み込んだお守りの魔法だよ! 悪意のある物理攻撃と魔法攻撃を防いでくれるんだって!」

 

「はは……すごいや……」

 

 逃げようとする二人の前に霜降り鷲が先回りした。

 

 母鷲は血が出るのも構わずに防壁の上から何度も爪で襲い掛かる。

 

 そんな必死の母鷲を見て、パゴタは急に胸が痛んだ。

 

「レイン……この卵……返してあげないか……?」

 

「大丈夫だよ! パパとママのお守り魔法があれば、このまま」

 

「そうじゃないんだ。このお母さん鷲、必死に子どもを守ろうとしてるんだよ……シルファさんやフリークさんがレインを守るみたいに……」

 

「あ……」

 

 レインはその言葉で、力なく両手を下げた。

 

「獲物を食べるのは仕方ないことだって分かってる……この鷲だってきっと別の生き物の子どもを食べるだろうし……でも、今は、返してあげたいんだ……」

 

 そう話すパゴタの辛そうな顔を見て、レインは微笑んだ。

 

「そうだね。今日は返してあげよう。それがいいよ」

 

「ごめん。せっかくプリン楽しみにしてたのに」

 

「次のチャンスがあるよ! それに、プリンよりパゴタの今の気持ちのほうが大事だと思うん……だ……?」

 

 パゴタの瞳孔が引き絞られた。

 

 黒い光。

 

 それが霜降り鷲と防御魔法を諸共貫き、レインの肩をも貫通してパゴタの頬をかすめていった。

 

 巣に落下してのたうちまわる母鷲の向こうには、酸素マスクを被った人間が、黒い魔力を迸らせて浮かんでいる。

 

 「やっと見つけたぞ…魔族のガキ…!」

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