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天嶮のファミリア  作者: 深川我無@書籍発売中
第二章【翠泉花と古龍の霊廟】
51/52

#51 光差す場所

 

 レインとパゴタはドームを抜け、横穴を脱し、地上へと続く螺旋の縦穴を上っていった。

 

 その足取りは降りてくる時よりも慎重で、その手はしっかりと互いの手を握り合っている。

 

 照れくささなど、離れ離れの苦しさを知った二人にとってはもう些細なことだった。

 

 手の中に相手の温もりがあることの、どれほど心強く幸せなことだろう。

 

 やがて暗黒は終わる。

 

 頭上遥かに穴の入り口が見えた。

 

 それは(かす)かな光の点。

 

 見逃してしまいそうな小さなそれが、パゴタの胸に深く突き刺さる。

 

「あれが、僕の目指す場所だ……」

 

「うん! やっと出口が見えてきた!」

 

 レインはそう言って、いつもと変わらない笑顔を浮かべた。

 

「イシシ……!」

 

 屈託のない笑顔でそうこぼすレインを見ながらパゴタはレインの手をほんの少しだけ強く握る。

 

 僕が、僕を愛せる未来……

 

 家族みんなで心から笑い合える未来……

 

 小さくても、微かでも、光はきっとある……

 

 そっとレインがパゴタの手を握り返した。

 

 素知らぬ顔で、でもほんの少しだけ頬を春の色に染めて。

 

「ねえパゴタ……?」

 

「どうしたの?」

 

 二人の視線が重なった時、脇にやったはずの照れくささが再び込み上げてきた。

 

「やっぱりなんでもない……!」

 

 そう言ってレインはパゴタの手を引き駆け出した。

 

「ちょ……⁉ レイン⁉ 手が熱いよ? まさか熱があるんじゃ⁉」

 

「うるさい! パゴタのバカ!」

 

「な⁉ 馬鹿とは失敬だぞ⁉」

 

「だってバカなんだもーん!」

 

 そんなやり取りの尊さを噛みしめながら、二人は地上へ向けて駆けていった。

 

 太陽を再び目にした時、小屋の戸に手をかけた時、そして石化したジークとシルファの前に立った時、二人は涙をこらえることなど出来なかった。

 

 けれど石化が解かれた二人に雫を飲ませ、竜化が癒えて四人で抱き合った時には声を上げて泣きじゃくるのを堪えられなかった。

 

 これは秘密の話だが、ひとしきり無事を喜び合った後にシルファとジークがカンカンになって二人を怒った時にも、二人は少しだけ泣いた。

 

 こうしてサンダース家を襲った謎の病は収束し、忘れられた天嶮――バーべリアに平和が戻ったのだった。

 

 ブルメン・ネーブルの季節は過ぎ去り、夏の日差しが草原の青草に照り付ける。

 

 燦燦と輝く太陽の下で、レインとパゴタは雪銀羊の世話や、冬の間に食べるソースや乾物の材料になる畑作業に明け暮れた。

 

 変わったことといえば、暇を見つけては二人並んで崖に腰かけ、雲海の遥か先に広がる世界に想いを馳せるようになったことだろう。

 

 ジークとシルファはそんな二人に気付かないふりをしながら、夕焼けに浮かぶそのシルエットをそっと見守っていた。

 

 

 *

 

「シルファ……気付いたことがあるんだ」

 

 ある日の夕暮れにジークは町で仕入れてきた貴重なコーヒーを飲みながら切り出した。

 

「二人のことかい? ふふ……死線を乗り越えて、なんだか仲良くなっちまって寂しいんだろう?」

 

 向かいの席に腰かけ、同じくコーヒーを啜りながらシルファが悪戯っぽく笑った。

 

「はは、それも確かにそうなんだが……本題はそこじゃない。今回の病気の件だ」

 

 その言葉でシルファの顔から笑みが消えた。

 

 ひんやりとした夜の空気が、音もなく小屋を満たしていく。

 

「あれから何度も地下に潜ったが、様子がおかしい。何かが失われたような、空虚さがあるんだ」

 

「霊廟の前に救ってた主をパゴタが退治したからじゃないのかい?」

 

 ジークは黙って首を横に振った。

 

「脅威であるとはいえ、あれにそこまでの力はない。もっと強大で邪悪な何かが、動き出したのかもしれんない……もしかすると、その前触れか、あるいはお告げだったのかも。花冠を戴く女神が、私達に気付くようにと願いを込めて」

 

「まさか……神話の時代の……?」

 

「分からない……だが、準備を始めるに越したことはないだろう」

 

 

 *

 

 その頃二人は、夕焼けに燃える雲海をただ黙って見つめていた。

 

 いつの間にかレインの頭はパゴタの肩に乗っている。

 

 姉弟……あるいは兄妹のようであり、親友のようでもあり、もっと親密な間柄にも思えるその影を見ている者は誰もいなかった。

 

「ねえパゴタ……?」

 

「どうしたの?」

 

「あの時、守ってくれてありがとう」

 

「うん……」

 

「パゴタは嬉しくないかもしれないんだけどね、」

 

「うん……」

 

「助けてくれた時の背中、かっこよかったよ」

 

「……」

 

「外の世界にもきっと、危険なことがいっぱいあると思うんだ」

 

「うん」

 

「だからもし外の世界に行く時はね、またこうやってここに帰ってきて家族みんなで笑えるように、きっと女神さまはその力をパゴタに与えたんだと思うの」

 

「……」

 

「パゴタ」

 

「なあに?」

 

 レインは顔を上げ、パゴタを見つめて笑った。

 

「だからその力は、呪われた力なんかじゃないよ! イシシ! 前に言おうとしたこと! それだけ!」

 

 夕日が雲海に沈んで、宝石のような最後の光が差した。

 

 パゴタはその瞬間を心に焼き付ける。

 

 決して忘れないように、強く抱きしめる。

 

 そうしてパゴタはレインのその言葉を信じることにした。

 

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