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天嶮のファミリア  作者: 深川我無@書籍発売中
第二章【翠泉花と古龍の霊廟】
50/52

#50 翠泉花

 

 静けさが戻ったドームの中心で、レインはパゴタを抱きしめ続けていた。

 

 そんなレインをサリエルが見つめる。

 

「パゴタ……勝ったよ? 一緒に帰ろう……私達の家に……」

 

 しかしパゴタは答えない。

 

 悲し気な優しい笑みを浮かべたまま動かない。

 

 〝レイン……その子はもう……〟

 

 頭の中で響いたサリエルの声にレインは首を振って抗った。

 

「そんなわけない……! 信じない! 認めない……! パゴタと家に帰るんだ……! そうだサリエル……あなたの魔法で……」

 

 希望を宿した縋るような瞳を見て、エメラルドの竜は俯いた。

 

 〝あなたが私を呼び出した時、すでにその子の心臓は止まっていたの……もとになる生命力が無ければ、私の魔法は意味を成さない〟

 

「そんな……」

 

 レインはそう言って絶望しそうになる自分を振り払い、パゴタの胸に手を置いた。

 

「じゃあ心臓が動けば……あなたの魔法で回復出来るんでしょ……⁉ パゴタ……‼ 戻ってきて⁉ わたしと一緒に世界の綺麗なところをたくさん見るんでしょ⁉ パゴタ……!」

 

 しかしパゴタは応えなかった。

 

 翡翠の泉に濡れながら、ただ微笑み続けるだけ。

 

 レインの目に涙が溢れた。

 

 ポタポタと雫になって、降り始めた雨のように、パゴタの頬を濡らし、翡翠の水を流していく。

 

 〝さあ。彼の想いを無駄にせぬよう、地上の家族のもとへ……〟

 

 サリエルは翼で優しくレインの背中を押した。

 

 その時、わずかにパゴタの身体に触れた翼から、サリエルの身体に雷が走る。

 

 〝これは……⁉ 魔力……? 〟

 

「パゴタ……⁉」

 

 レインは小瓶を取り出し、エメラルド色の液体を自分の口に含むと、躊躇うことなくパゴタに口づけした。

 

 ゆっくりと、ゆっくりと、パゴタの口に雫を流し込む。

 

 パゴタの唇から冷たい熱が伝わってくる。

 

 同時にパゴタとの日常が、思い出が、レインの脳裏に蘇る。

 

 それが涙を誘った。

 

 嬉しいはずの記憶なのに、楽しいはずの記憶なのに、涙が溢れて止まらない。

 

 アノニーに言った言葉が返ってくる。

 

 こうやって、美しい思い出を糧に生きるには、レインも、パゴタも若すぎた。

 

「もっと、もっと、先があるはずだよ……パゴタが自分を愛せる未来があるはずだよ……だからお願い……生き返って……」

 

 思い出が、感情が、涙と混ざり合っていく。

 

 愛が溢れて、流れ落ちていく。

 

 それが泉の水と融け合った時、突如として翡翠色の花があたり一面に咲き誇った。

 

「ブルメン・ネーブル……?」

 

 〝いいえ……これは《《翠泉花》》……ブルメン・ネーブルの真の姿……またの名を……黄泉がえりの弔花〟

 

 金色の光の雫を撒き散らしながら、突如姿を現したブルメン・ネーブルは翡翠色。

 

 地下の闇一切を払い除ける、優しく暖かな光の粒が、渦を巻き、凝集し、細い滝のようになってパゴタの口元に落ちていく。

 

 

 ……とくん……

 

 

 小さな小さな、けれど確かな命の音だった。

 

 産まれたばかりの赤子のように、頼りなく、力強い心音を受け取り、レインは応えるようにパゴタを抱きしめる。

 

 〝薬竜魔法 流転再生(ザムサーラ)

 

 翠泉花の光を巻き込んだ竜の息吹がパゴタを取り巻いた。

 

 失われていた手足が、肌艶が、血が、命が回復していく。

 

 強くなっていく鼓動を感じながら、レインは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながらパゴタを抱きしめ続けた。

 

「レイン……」

 

「パゴタのバカぁあああ……絶対、絶対許してあげないから……!」

 

 レインはさらに強くパゴタを抱きしめた。もうどこへも行ってしまわないように。ぎゅっと。

 

「ゴメン……僕は……他に……方法を知らなくて……誰かを殺すことでしか、守れないって……そう思って……」

 

 レインはそっと手を緩めて、パゴタと正面から見つめ合った。

 

 そこにいたのは、ただただ泣きじゃくる愛を知らずに育った憐れな少年だった。

 

「パゴタ……独りにしてごめんね……わたしが、パゴタをこんなになるまで追い詰めたんだ……だけどもう独りにはしないから。わたしが……ずっとあなたと一緒にいるから……だからパゴタも独りになろうとしないで……自分だけが不幸になろうとしないで……心が闇に沈むときは、わたしも一緒にそこに向かうから……どんなに深い穴にだって、わたしも一緒に潜るから」

 

 嗚咽を鳴らし、啜り泣くパゴタは何も言えなかった。

 

 それでもなんとか頷いて、レインの気持ちに応えようとする。

 

 泣きじゃくる二人ともが、その道の険しさを予感していた。

 

 それほどまでに、バーべリアに空いた縦穴は深く、闇が濃く、底知れなかった。

 

 世界に空いた深い穴は、そのまま心の深さと暗さを表している。

 

 けれどこの日、この時、二人は決めたのだ。

 

 どれほど深い闇が待っていようとも、共に進んでいくことを。

 

 エメラルドグリーンに輝く竜と、翡翠色をしたブルメン・ネーブルの花々は、それを静かに見届けると、光の粒となって消えていった。

 

 〝あなたたちの行く末に、どうか春の陽だまりのような、優しい未来があらんことを〟

 

 そう言い残して。

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