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天嶮のファミリア  作者: 深川我無@書籍発売中
第二章【翠泉花と古龍の霊廟】
49/52

#49 愛しい人よサヨウナラ②

 

 土を掻く音と、悲痛な声が響いた。

 

「パゴタ……! パゴタ……⁉ 嫌だ……そんなの……嫌だぁああああ! 一緒に、一緒に……」

 

「諦めなさい」

 

 ざり、と足音がすぐ後ろでなって、レインは振り返りキッとアノニーを睨んだが、その目には涙が溢れていて、掲げた手の炎はすでに消え入りそうな程弱々しかった。

 

「可哀想に。愛する者を失う辛さは私にもよおく分かる。だがもうじきに〝慈しみの果ての君〟が、あまねくすべての者達を葬ってくださる。そうすればもう、悲しみも別れもない。肉体のくびきを捨てて愛する者と永遠に……」

 

 レインは涙を拭い再び手に魔力を籠めた。

 

 弱々しかった灯が強く燃え上がり、金色の光を帯び始める。

 

「それがあなたの考えなのね……でも、そのために死ぬのも、殺すのも間違ってる……たとえいつか離れ離れになったとしても、残された人は生きなくちゃいけないんだ……それが愛する人への(はなむけ)だから。笑って空を見上げて、わたしはあなたのおかげで幸せだよって……胸を張れる生き方をして。そうやって命を、歓びを繋ぐんだ……悲しみが世界を覆ってしまわないように……‼」

 

 立ち上がったレインの頬を再び一筋の涙が伝う。

 

 それでも金色の炎を握りしめて、レインは叫んだ。

 

「英霊召喚魔法……〝古龍の楽園(ドラゴニック・ヘブン)〟」

 

 レインを中心に無数の亀裂が地面を走った。

 

 そこから翡翠色の光の筋が幾本も立ち昇り、暗いドームの中を光が埋め尽くした時、花冠を戴く女神のような、優しい歌声が響きわたり、ブルメン・ネーブルの甘い香りが広がった。

 

 甘い香りの春風去りて

 潮騒を乗せた夏風がやってくる

 秋風は黄金の景色

 揺れる小麦の穂に収穫を告げる

 吹雪と氷は星屑を真似て踊り狂い

 命の終わりを音もなく彩る魔法

 愛しい人よサヨウナラ

 弔いの言葉を芽吹く花と共に

 めくりめく春風が花びらをさらう

 繰り返す命の円環(ワルツ)

 互いの尾を食むウロボロスの輪舞(ロンド)

 生と死の賛歌は永久に

 

「まさか……これは……この歌は……サリエルの……」

 

 アノニーがたじろき、後ずさる。

 

 レインがゆっくりと振り返った先にはエメラルドグリーンの竜が一頭、慈愛に満ちた目でレインを見つめて浮かんでいた。

 

 その両手に抱かれたものを見て、レインの顔がくしゃくしゃに歪む。

 

「パゴタぁああああああ」

 

 泉の水に濡れたパゴタにレインは駆け寄った。

 

 エメラルドの竜はそっとパゴタをレインに渡し、アノニーの方に顔を向ける。

 

「信じないぞ……サリエルは今も……ガラスの中にいる……‼ ここにいるわけがない……‼」

 

 〝それは抜け殻。当の昔に、私達は竜人族の英霊の輪に加えられたのよ〟

 

 頭の中で聞こえた声は怒りでも嫌悪でもなく、悲しいまでの優しさと憐れみの色を帯びていた。

 

 〝このままあなたを放っておけば、あなたはいずれ多くの無関係な人を不幸にする。だから私があなたを止める。妻として、あなたを愛する者として〟

 

「まさしくサリエルの言葉だ……疑いようもないほどに……だがお忘れか⁉ そうやって私の前に立ちはだかって、お前は私に敗れたことを‼ 回復と守りの魔法しか持たないお前では、私を倒すことは出来ないことを……‼ 灯影魔法 奥義〝黄泉影(よもつかげ)〟」

 

 アノニーは大きく口を開き体内の闇を露わにする。

 

 それは男の口から這い出して地に両手を付いた。

 

 信じられないような禍々しい気配と邪悪な奔流が溢れ出し、呼吸する全ての者の心の臓を腐さり落とさんと毒牙を剥いた。

 

 レインは瘴気から庇うようにパゴタの身体を強く抱きしめた。

 

 そんなレインとパゴタを包むように、サリエルの翼が覆いかぶさる。

 

 〝大丈夫〟

 

 優しい声が頭に響き、レインが顔を上げると、サリエルの頭上には翡翠で出来た花冠が浮かんでいた。

 

 アノニーの口から這い出した影の悪魔は上半身を擡げて祈るように手を合わせた。

 

 瘴気が濃くなり渦を巻く。

 

 しかしサリエルの咆哮がそれを吹き飛ばし、アノニーの目が大きく見開かれる。

 

 〝確かに私は回復と守りの竜。けれど過ぎた炎が我が身を焼くように、過ぎた生命力もまた、身体を蝕む呪いとなる薬竜魔法 流転再生(ザムサーラ)

 

 ぞっとするほど穏やかな風だった。

 

 その風に乗る香りは弔花。

 

 聞こえる歌声は哀歌。

 

 それを耳にした次の瞬間、アノニーの四肢が膨張し爆ぜた。

 

「なに⁉ 内側から⁉」

 

 叫んだそばから新たな手足が傷口から生えてくる。

 

 しかしそれは止まることなく体内から溢れて、身体を内から破裂させ続けた。

 

 手足の身ならず、身体にも頭にも、異常な再生が及び、アノニーは途切れ途切れに何かを叫び、対処方を見出そうとしたが無駄だった。

 

 思考が……次々と……新たにされて……連続しない……

 

 〝それはあなたの生命力が尽きるまで続く過剰な成長と再生。終わることなき生と死の円環。愛しい人よサヨウナラ……願わくばあなたの魂が来世で愛を知りますように〟

 

 その言葉を最後に、アノニーは巨大な肉の塊になってしまった。

 

 もはや思考もできず痛みも感じない。

 

 憐れみを込めた目でサリエルはそれを見届けると、パゴタを抱きしめて涙するレインに視線を移した。

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