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天嶮のファミリア  作者: 深川我無@書籍発売中
第二章【翠泉花と古龍の霊廟】
48/52

#48 愛しい人よサヨウナラ①


 崩壊のすすむドームの中を愛しい人が駆けてくる。

 

「どうして……」

 

 もはや声にならないほど掠れて弱々しい声でパゴタはつぶやき、涙を流す。

 

 そんなパゴタを――四肢を失い焼け焦げたパゴタを見て、レインもまた涙を流していた。

 

「バカ……パゴタのバカ……‼ 一緒じゃないと意味がないのに……あなたが一緒にいないと意味ないのに……‼」

 

 骸を抱くように、壊してしまわぬように、そっと身体を抱き上げた時、レインの涙がパゴタの焼けた頬を濡らした。

 

 業火を冷ます熱い涙にパゴタはただ咽び泣く。

 

 今なお焦煙をあげる身体をレインは優しく包んで、雪銀羊の皮で作ったポーチから翡翠色に輝く小瓶を取り出しパゴタの口に含ませる。

 

「さあ……泉の万能薬を飲んで」

 

「ダメだよ……僕はもう……直らない……生きながらえて……君の人生を縛りたくない……重荷になんてなりたくない……」

 

 とめどなく流れる涙をレインの指が優しく拭う。

 

「重荷になんてならないし、させない! きっと手足も元に戻してみせる。それにパゴタがいない人生はきっと重さも何も感じない空っぽの人生だよ」

 

「どうして……僕はここで死ぬべきだったのに……」

 

 その時だった。

 

 パチパチと手を叩く音がする。

 

 出口の暗がりから現れたのは見慣れぬ黒服に身を包んだ一人の痩せこけた男だった。

 

「素晴らしい。よもや複製体を倒すとは……素晴らしい力だ。何よりもその尋常ならざる想いの強さ……愛を知らぬ魔族とは思えない。奇跡……と人は呼ぶ類のものだろう」

 

「アノニー……」

 

 パゴタは身を捩ってレインを守ろうとしたが、それを他ならぬレインが許さなかった。

 

「ダメだよパゴタ……今度は、わたしがパゴタを守るから……! 絶対に……!」

 

「ダメだ……ここじゃ古龍の楽園(ドラゴニック・ヘブン)は使えない……レインじゃ……あいつには勝てない……」

 

「大丈夫……」

 

 背中にパゴタを背負い、レインは右手に魔力を籠めて振りかざした。

 

 すると烈火が迸り、アノニーに襲い掛かる。

 

 しかし男は右手をさっと振るうだけでその火を消して微笑を浮かべる。

 

「国王軍の中級魔導士並みの力……人の世では十二分に通用するだろう。しかし少年の後ではなんと……矮小」

 

 しかしレインは男の言葉など意に介することなく炎を飛ばし続けた。

 

「話にならないな……雫を渡せ……‼ そがあれば〝慈しみの果ての君〟を再びこの地に呼びもどすことが叶うやもしれん……! それほどまでに、その雫には価値がある……!」

 

 炎を掻き消し、無数の影の手が男の背から湧きだした。

 

 縦横無尽に迫りくる腕を傷だらけになりながらレインは躱す。

 

 パゴタをこれ以上傷つけぬために、家族で再び笑い合う未来のために、少女は竜の咆哮を上げて喰らい付く。

 

「少年に敬意を払って殺さずにおいたが……それでは君もまた止まらないのであろう? ならばせめて共に(おく)ってやるのが優しさというものだ……灯影魔法〝影葬り〟」

 

 地に両手をついてアノニーが詠唱すると、影の棺が二つ地面からせり上がるようにして現れた。

 

 蓋が開き、封じられていた常闇が顔を出す。

 

 そこから這えた無数の腕が、レインとパゴタを掴み、二人を引き剥がそうとした時、パゴタが魔力が火花を散らす。命を散らす。

 

「冥撃魔法〝反雷(レボウンド)〟」

 

 レインの身体を黒紅色の雷が包み、絡みつく影の手を跳ねのける。

 

 その時、パゴタを包んでいた布が音を立てて裂けて、パゴタは棺の方へと引きずり込まれていった。

 

 サヨナラ……愛しい人……

 

 微笑むパゴタは口には泉の水が入った小瓶が咥えられていた。

 

 それをアノニーのほうに放り、パゴタは男を睨みつける。

 

「いいだろう……少年。私も君の悲しいまでの愛に敬意を表して、少女に手をかけることはすまい」

 

 悲痛なレインの叫び声が木霊する中、パゴタを納棺した漆黒の棺は地の奥深くへと沈んでいった。

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