#45 傷者語り①
アノニーは無数に生やした影の手で激しい攻撃を繰り出した。
まるでそれは闇の濁流。
壁や地面、触れたものを根こそぎ削り取っていく。
削られた場所に残るのは異様なほどに滑らかな断面だけで、それはそのまま技の威力の高さを物語っていた。
「この攻撃は受けられない……‼」
パゴタはレインを気にしながら他位置取りを考えていた。
サンドラの足を掴んで旋回しながら、レインは脱出の機会をうかがっている。
「友達思いだなパゴタ! その子を逃がして、君はどうするつもりだ⁉ ここで死ぬのかね⁉」
「聞くなレイン! レインの動揺を狙ってる……! 僕のことは構わず、逃げることに専念して……!」
左手で着地しそのままバク転で追撃を避けながらパゴタが叫んだ。
冥撃雷を纏わせた剣を振りぬけば、赤黒い斬撃がアノニーを襲う。
しかし無数の影が撚り合わさって出来た壁は、容易くそれを掻き消してしまう。
強い……僕が今まで戦ってきた中でも相当に……
思わず歯を食いしばるパゴタを見て、包帯の奥の目が弧を描く。
「ああパゴタ……可哀想に。分かってしまったんだね? 君は強い。まだ若いのに恐ろしいほどに! さぞ沢山の死線をくぐってきたのだろう。だが皮肉なことにその経験値が君に分からせてしまった。私と君の間に横たわる、如何ともしがたい実力の差を! そして君ですら想像だにしない経験の差を! 君たちは私に勝てない。諦めて雫を寄越したらどうだ? そうすれば君たちは助けると言ってるんだ。おそらく地上の家族が病気か……あるいは魔障による怪我を負ってるんだろう? 全てを救おうだなんていうのは強欲が過ぎるじゃないか? それに私は君たちの命の恩人だ。ならば私のことも救っておくれよぉおおおお⁉」
影の腕がさらに数を増やした。
網目状に互いを掴みながら、完全に背後への道を絶っている。
「くそっ……」
「さあ⁉ 道は絶たれたぞ⁉ 私は君たちが憎いわけじゃない! 家族の尊さは私も知る通りだ! ここで死ぬことはない! 素直に渡しなさい!」
旋回していたサンドラがパゴタの横に降り立つ。
「パゴタ……」
「諦めちゃダメだレイン……! 君はいつだって諦めない! そうして僕を救ってくれた。だから今度は僕が君を救う……! かならずジークさんとシルファさんを救って見せる……! 僕が今から道を《《くり抜く》》。あの時の要領だ……わかるね?」
レインはパゴタの意図に気付いて小さく頷いた。
「合図したらそこを通ってサンドラと一気に地上に出るんだ! 大丈夫。僕は絶対に負けたりしない。それに雫が無ければ、彼も僕を殺そうとは思わないだろうから。だからレインは二人を連れてここに戻ってきて?」
「わかった……絶対だよ……?」
心配そうなレインにパゴタは精一杯の笑顔を見せた。
消えてしまいそうな悲しい笑顔。
今までのありがとうと、溢れるような愛しさを込めて作った、今の自分に出来る最高の笑顔。
「さあ行って! 準備を……!」
再びサンドラが舞い上がった。
いまだ不安げな表情を浮かべるレインを見送り、パゴタはアノニーを睨みつける。
「お話は済んだかな? 答えを聞こうか?」
「猶予をくれてありがとうアノニー。あなたは確かに恩人だ。だけど、あなたのことは信じられない。あなたが家族と呼んだサリ・エルは、あなたが雫を手に入れることを拒んだ。そして今はあなたの部屋で瓶の中に浮かんでいる……あなたは彼女に何をしたんだ……?」
「大人の事情だ……愛は時としてすれ違い傷つけあう。君にも分かる日が来るだろう……! 雫を渡せぇええええ!」
闇の奔流が光を呑み込み迸った。
ゆらりと動いたパゴタ瞳に、黒紅の光影が尾を引き空気が震える。
「冥府に坐す昏色の冠を戴く王よ……我が魂に御手を伸ばしたまえ」
大地の遥か底で、人知れず誰かが高らかに嗤う声が響き渡った。




