#44 アノニー
眩い魔石の洞窟の出口は漆黒の穴だった。
少し先にはランプを掲げたアノニーが立っており、闇の中に包帯まみれの顔が仄白く浮かび上がっている。
「助けてくれてありがとう! あなたここに住んでるの⁉」
涙腺の洞穴から這い出し、レインが明るい声で尋ねると、アノニーはこくりと頷き包帯越しに微笑んで見せた。
「ああ……誰かに会うのは実に久しぶりだよ。遠い記憶が蘇るようだ……ところで、君は無事かい? 怪我は?」
「大丈夫! 回ふ……」
そこまで言いかけたレインの後ろからパゴタが前に出てそれを遮った。
「大丈夫だよ。レインの回復魔法のおかげで!」
レインは目を丸くしたが、すぐにパゴタの気配に気づいてそれを隠した。
パゴタは意味もなく嘘をついたりしない。
レインは警戒心も驚きもうまく隠して、パゴタの言葉に同意する。
アノニーは何度も頷き「それは良かった」と笑った。
パゴタがレインに伝え損ねた事実。
それはアノニーの住み家の中で見た瓶詰の遺体とそれに張られたラベルの話。
そして古龍の霊廟を封じる扉の上に掲げられた古代文字とその筆者の話。
〝悪夢の最奥に楽園の門を封ず。彼の手に雫が渡るように。願わくば他の何者でもなく、真の愛を有する者がここに立つことを願って。サリ・エル・ドラシーア〟
パゴタは呼吸を整えてからアノニーに尋ねた。
「ここは横穴だね? どこに向かってるの?」
「心配はいらないよ。私の住み家に繋がっている。そこから大穴に出て、地上を目指すといい」
抑揚を欠いたアノニーの声からは真意を推し量れない。
何より、この迷宮のような横穴で迷子になれば、脱出するのは不可能かもしれない。
だからパゴタは警戒を怠らず、一定の距離を保ってアノニーの後に従うほかなかった。
「サンドラを治してくれてありがとう」
沈黙を埋めようとパゴタが口を開くと、アノニーは「なあに」と手を振ってそれ以上は口を開かない。
やがて横穴は広いドーム状の空間に突き当たった。
否が応でもヒドゥヴェンの巣穴を彷彿とさせる人工的なドーム。
出口は対岸の一か所だけ。
こつん……こつん……と広がった空間に足を響きわたり、緊張が、戦慄が、深まっていく。
ちょうどドームの真ん中あたりに差し掛かったころ、アノニーの足が止まった。
「やはり君は聡い子だ……」
その声でパゴタの全身に鳥肌が立った。
「走れレイン……!」
そう叫んでパゴタは魔力を全開にするも遅かった。
アノニーは指先をわずかに動かし、背後の通路に続く道を塞いでしまう。
「僕が食い止める……! その隙にレインとサンドラは出口に……!」
それを聞いてアノニーは肩を震わせた。
「ラベルを見たんだね? そして楽園の門を見たんだね? そのうえ……〝雫〟を持っているんだろう?」
アノニーの震える肩から無数の影が飛び出した。
光を通さぬ陰のような漆黒の細い手がアノニーの背から無数に伸びて行く手を阻む。
「さあ。それを渡すんだ。そうすれば、君たちは見逃してあげよう」
抑揚のない声。
生気の感じられない声。
それなのに、包帯の向こうに光る目は狂気で冷たく燃えている。
「渡さない……これは誰より優しくて強いジークさんとシルファさんを治すためのものだ……それにあなたはきっと、これを正しくないことの為に使う……だから渡さない……」
そう言ってパゴタは右手から黒紅色の剣を抜いた。
それを見たアノニーは俯き、ため息をついてから静かに言った。
「君も《《サリエル》》のようなことを言うんだね……? ならば仕方ない……君たちも瓶詰にしよう……」
アノニーが顔を上げたのを合図にして無数の黒い手が、パゴタ達に襲い掛かった。




