#42 涙腺の洞穴
エメラルドグリーンに光る水滴で、ぼんやりと明るい洞窟を見上げて二人は顔を見合わせる。
「もしかして、どこか外に繋がってるかも……!」
そうは言ったものの、問題が立ちはだかる。
天井の縦穴にどうやって入ればいいのか?
パゴタは足場になるようなものを探したが見当たらない。
自分一人なら飛び上がって届かないことも無いかもしれない……だけど……
そんなことを考えていると、レインが壁の女神像を指さして言った。
「ねえ、アレをここまで動かして、その上にパゴタが乗るの! それで、パゴタがわたしを肩車すれば、わたしでも届くんじゃないかな?」
「め、女神様を足蹴にするの⁉」
「大丈夫だよ! 女神様だってわかってくれる!」
気が進まないながらも、他にいい方法も思いつかず、パゴタは女神像を力いっぱい押すことにする。
幸いなことに女神像は地面に固定されてはいないらしく、重たい音を立てながら床の上を進んだ。
「すごいすごい! パゴタ! 動いてるよ!」
魔力まで使ってパゴタは女神像を押した。
やっとのことで洞穴の下に女神像を運んだパゴタに、次なる試練がやってくる。
「よし! じゃあパゴタ、そこにしゃがんで?」
無垢な瞳を輝かせて指をさすレインの全身が目に入る。
雪銀羊のフェルトでできた焦げ茶色のプリーツと白いブラウス。
そこから伸びた白いふともも。
パゴタはそんなレインを肩車するところを想像して耳まで赤くした。
「む、無理だ! やっぱり僕が先に上って……」
「もう! ここまで運んだんだから早く早く!」
そう言ってレインはパゴタに飛びつき、ふとももで顔を挟んだ。
「ちょ……‼ レイン⁉ 待って……! ちゃんと後ろから乗らないと⁉」
「動かないで! くすぐったい!」
そう言ってレインはくるりと身体を翻し、パゴタの肩の上に収まった。
「僕は見てない……僕は見てない……僕は何も見ていない……」
ブツブツと繰り返しながらパゴタは女神像をよじ登り、女神の肩に足をかけた。
「ごめんなさい……緊急事態なんです。失礼します……」
そう祈ってから、パゴタは女神の上に立つ。
「どう? 届きそう?」
「やってみる!」
そう言ってレインはパゴタの肩の上に立ち、勢いよく穴へとジャンプした。
それと同時に魔力の揺らぎを感じて、パゴタは思わず上を向き、慌てて顔を伏せた。
「わざとじゃない。わざとじゃない。絶対にわざとじゃありません……」
レインが魔力を籠めた手には鋭い竜の爪が生えている。
それを洞穴の壁面に突き刺し、レインは穴の中へと潜り込んだ。
「パゴタ! やったよ! ずっと奥まで洞穴が続いてるみたい! 出口に繋がってるかも!」
パゴタは出来るだけ上を見ないようにしながら飛び上がった。
身体と足を突っ張って洞穴の壁にへばりつくと、レインの姿がない。
「レイン⁉」
慌てて叫ぶと、奥からレインの声が返ってくる。
「少し登ったら横穴になる! そこまで来て!」
ずりずりと縦穴をよじ登った先に待っていたのは、壁、天井、床にいたるまで、全てが魔石でできたエメラルドの洞窟だった。
穴の広さは二人が四つん這いで通れる程度で、幅は行違うことが出来ない程度に細い。
それでも魔石から発される光のおかげで圧迫感は微塵も無かった。
「凄い……」
「女神様の涙が通る道だから、ここは涙腺の洞穴だね! 行こう! きっと出口に繋がってる!」
そう言って進み始めたレインのお尻を眺めながらパゴタは眩しさに目が眩みそうになる。
「レイン……君はどうして、そんなにも眩しいんだろう? どうしてそんなにも、希望に満ちているんだろう? ついさっきまで闇の中にいた僕を、どうしてこうも容易く、明るい場所に引き上げてくれるのだろう? だけど、ここを出れば僕はもう君とはいられない……君の輝きを僕が台無しにしてしまうから……」
奇しくも涙腺の洞穴と名付けられた通り、パゴタは静かに涙を流した。




