#34 家族だった者達
「どういう意味だ……?」
アノニーの言葉にパゴタが反応する。
しかし男はパゴタがそれ以上暴れないのを見て取って、掴んだ手を離すと再びサンドラの治療に戻っていった。
「もう過ぎたことだ……それより今はこの子の血を抜いてそこの装置に通す。それで血が浄化できるから……」
アノニーが指さした先には錆び一つ無い機械が置かれており、小さな緑の光が点滅していた。
「これは……?」
「遺物。中に通した液体を性質は変化させずに浄化する。泥の混じったペールエールは元のペールエールに。毒に侵された血液なら正常な血液に」
「わかった……疑ってごめんなさい……」
「気にするな。妄信するよりはずっといい。生きるためには正常な判断だ」
アノニーはそこまで言ってサンドラの血を装置に移した。
チューブの中を黒ずんだ血が通り過ぎ、浄化された血がもう一方のチューブを通ってサンドラに戻っていく。
「君の友達の話だったね……ここからさらに深く地かに潜ったところに、蜘蛛の巣で覆われた横穴がある。おそらく友達はその穴の奥にいる……」
「蜘蛛……?」
「そうだ。遥か古代に生息した毒蜘蛛の女王〝ヒドゥヴェン〟の子孫がそこに巣食っている。命が惜しいなら、友達は諦めなさい。この子が無事だっただけでも奇跡だ」
パゴタはそれを聞いて俯き、肩を震わせた。
男はそんな少年をちらりと一瞥してから「何か温かい飲み物を……」と言って席を立とうとする。
「友達じゃない……」
その言葉がアノニーの動きを止めた。
「では何かね? 赤の他人ならなおさら……」
「レインは友達じゃない! 僕の大切な家族だ……!」
俯いていた少年はいつの間にか顔を上げて、強い火を灯した目で男を見据えていた。
それが遠い昔に埋没してしまったアノニーの何かを照らしたような気がした。
「そうか……家族……かくも愛おしく、忌まわしい契りを私は知らない……そうか。家族か……」
アノニーは棚に近づき小さな小瓶を手にすると、それを持ってパゴタの前に立つ。
小瓶を差し出しながら男は言った。
「まだ生きていれば、この小瓶の中身をその子に飲ませなさい。大昔のものだが、ヒドゥヴェンの毒を解毒してくれる。私はこの霜降り鷲を見ていなければならないから、一緒には行けない」
パゴタは縋るような気持ちでそれを手にし、大事にリュックの中にしまった。
「ありがとう……サンドラを頼みます」
そう言い残して少年はもと来た道を駆けていった。
「どうか憐れな少年に、僅かばかりでも花冠を戴く女神の加護があらんことを……」
そう祈って、アノニーは目を見開く。
「ふふふ……私は、祈ったのか……? ふふふ……とうに見限った神々に」
そう独り言ちて台の方に目をやると、家族だった者達が薬品で変性した白い眼でこちらを見つめていた。
「呪われろ。偽善者め」
「私たちをこんなところに閉じ込めて」
「神々の国に行かせようとしない……」
それが男の幻聴なのか、あるいは亡霊が発した声なのか知る者は無い。
ただ男は静かにそれを聞き届けてから、ぽつりと口にした。
「そうだね……だが決して私は、神々の所にお前たちをやったりしないよ。神々にお前たちを奪わせたりなど……絶対に……」
その言葉を最後に、部屋は静けさに取り囲まれて言葉は生まれなかった。
ただ機械の吐く息遣いと、サンドラの弱々しい心音だけが、部屋に響いていた。




