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天嶮のファミリア  作者: 深川我無@書籍発売中
第二章【翠泉花と古龍の霊廟】
34/52

#34 家族だった者達


 

「どういう意味だ……?」

 

 アノニーの言葉にパゴタが反応する。

 

 しかし男はパゴタがそれ以上暴れないのを見て取って、掴んだ手を離すと再びサンドラの治療に戻っていった。

 

「もう過ぎたことだ……それより今はこの子の血を抜いてそこの装置に通す。それで血が浄化できるから……」

 

 アノニーが指さした先には錆び一つ無い機械が置かれており、小さな緑の光が点滅していた。

 

「これは……?」

 

遺物(アーティファクト)。中に通した液体を性質は変化させずに浄化する。泥の混じったペールエールは元のペールエールに。毒に侵された血液なら正常な血液に」

 

「わかった……疑ってごめんなさい……」

 

「気にするな。妄信するよりはずっといい。生きるためには正常な判断だ」

 

 アノニーはそこまで言ってサンドラの血を装置に移した。

 

 チューブの中を黒ずんだ血が通り過ぎ、浄化された血がもう一方のチューブを通ってサンドラに戻っていく。

 

「君の友達の話だったね……ここからさらに深く地かに潜ったところに、蜘蛛の巣で覆われた横穴がある。おそらく友達はその穴の奥にいる……」

 

「蜘蛛……?」

 

「そうだ。遥か古代に生息した毒蜘蛛の女王〝ヒドゥヴェン〟の子孫がそこに巣食っている。命が惜しいなら、友達は諦めなさい。この子が無事だっただけでも奇跡だ」

 

 パゴタはそれを聞いて俯き、肩を震わせた。

 

 男はそんな少年をちらりと一瞥してから「何か温かい飲み物を……」と言って席を立とうとする。

 

「友達じゃない……」

 

 その言葉がアノニーの動きを止めた。

 

「では何かね? 赤の他人ならなおさら……」

 

「レインは友達じゃない! 僕の大切な家族だ……!」

 

 俯いていた少年はいつの間にか顔を上げて、強い火を灯した目で男を見据えていた。

 

 それが遠い昔に埋没してしまったアノニーの何かを照らしたような気がした。

 

「そうか……家族……かくも愛おしく、忌まわしい契りを私は知らない……そうか。家族か……」

 

 アノニーは棚に近づき小さな小瓶を手にすると、それを持ってパゴタの前に立つ。

 

 小瓶を差し出しながら男は言った。

 

「まだ生きていれば、この小瓶の中身をその子に飲ませなさい。大昔のものだが、ヒドゥヴェンの毒を解毒してくれる。私はこの霜降り鷲を見ていなければならないから、一緒には行けない」

 

 パゴタは縋るような気持ちでそれを手にし、大事にリュックの中にしまった。

 

「ありがとう……サンドラを頼みます」

 

 そう言い残して少年はもと来た道を駆けていった。

 

「どうか憐れな少年に、僅かばかりでも花冠を戴く女神の加護があらんことを……」

 

 そう祈って、アノニーは目を見開く。

 

「ふふふ……私は、祈ったのか……? ふふふ……とうに見限った神々に」

 

 そう独り言ちて台の方に目をやると、家族だった者達が薬品で変性した白い眼でこちらを見つめていた。

 

「呪われろ。偽善者め」

 

「私たちをこんなところに閉じ込めて」

 

「神々の国に行かせようとしない……」

 

 それが男の幻聴なのか、あるいは亡霊が発した声なのか知る者は無い。

 

 ただ男は静かにそれを聞き届けてから、ぽつりと口にした。

 

「そうだね……だが決して私は、神々の所にお前たちをやったりしないよ。神々にお前たちを奪わせたりなど……絶対に……」

 

 その言葉を最後に、部屋は静けさに取り囲まれて言葉は生まれなかった。

 

 ただ機械の吐く息遣いと、サンドラの弱々しい心音だけが、部屋に響いていた。

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