#03 パゴタ
焼野原に吹き荒れる血風と夥しい火の粉。
視線を下げればそこに重なるは骸の山。
戦の女神は贔屓などしない。
敵も味方も分け隔てなく、焦げ付くような闘気を授け、一方が滅ぶまで熱狂を注ぎ続ける。
どうして? どうしてこんなことに?
僕は……僕は……ただ……
戦って欲しくなくて……
血に染まった真っ赤な両手を見つめ、少年は膝を震わせる。
迫りくる怒号と蹄の地鳴り、甲冑のぶつかるガチガチという音は、いつしか少年の奥歯が鳴らす音に変わっていた。
戦火から立ち昇る煙で赤茶けた空に向かって少年は手を伸ばす。
縋るように、赦しを請うように。
その手を何者かが掴んだ瞬間、少年は目を見開いた。
「大丈夫だよ? ここは安全だから!」
うなされ、荒い呼吸をする少年の手を握りレインが言う。
「君は……? それに……僕は……生きてるのか?」
「わたしはレイン。それからここはわたしの家。あなたは天竜の牙の上に倒れてたんだよ」
「天竜の牙……?」
少年はまるで知らないというようにその言葉を繰り返す。
レインはそんな少年に二度ほど頷いて微笑んだ。
しかし少年は険しい表情を浮かべて立ち上がろうとした。
そのとたん、酷い眩暈に見舞われて、少年は再びベッドに倒れ込む。
「大丈夫⁉ まだ体が慣れてないから無理だよ」
「慣れるってどういう……? それにもう行かないと……」
頭痛に顔を歪めながら少年がつぶやくと、少女は再び少年の手を優しく両手で包み込んだ。
「安心して。ここは標高一万メートル。忘れ去られた天空の鉱山バーべリア。あなたに酷いことする人は誰もいないから」
それを聞いて初めて、少年の肩から力が抜けるのが分かった。
レインはにっこり微笑んで立ち上がると、両親に知らせに行こうとしてからピタリと動きを止めて振り返った。
「名前! そう言えばまだ聞いてない! あなたの名前!」
「僕の名前?」
「そうだよ。一番に名前を知りたくって、ずっとそばにいたの! ねえ教えて? あなたの名前!」
少年は一瞬ためらったが、目を輝かせる少女に害意や悪意は微塵も感じられなかった。
純粋に自分の名を知りたいと願う少女に、少年は気を許すことにした。
「僕は……僕はパゴタ。助けてくれてありがとう。レイン」
「パゴタ……!」
少女は噛みしめるようにそう言って笑った。
「同い年くらいの子どもがいなくて、ずっと寂しかったの! よろしくねパゴタ!」
そう言って少女は今度こそ、畑と放牧地で作業しているであろう両親のもとに向かった。
慎ましいながらも手入れが行き届いた、暖かい小屋の空気に身をゆだねて、少年は再び眠りにつくのだった。




