表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天嶮のファミリア  作者: 深川我無@書籍発売中
第二章【翠泉花と古龍の霊廟】
25/34

#25 アム・シュレックリヒテン


 その日、バーべリアは土砂降りの雨だった。

 

 シルファとジークが古龍の霊廟に潜って二日が経つ。

 

 およそ五日の行程で特効薬を取って戻れるとジークは言い残し、二人は旅だった。

 

 パゴタは龍燐病と古龍の霊廟についてレインに尋ね、レインが話して聞かせた内容はこうだ。

 

 龍燐病。

 

 それは竜人族固有の感染症で、竜化が早まる恐ろしい病だという。

 

 本来竜人族は天寿を全うし、人としての命を終える時に魂が龍に昇華する。

 

 しかし龍燐病に侵された者は肉体が龍に昇華され、魂は置き去りになってしまう。

 

「そうなると、どうなるの……?」

 

 パゴタが緊張の面持ちで尋ねると、レインは不安そうにこう答えた。

 

「魂を欠いた竜は悪竜になるの。人を襲うし、意思の疎通が出来ない獣に成り果てる。人間が描く恐ろしい竜は、みんな魂を欠いた悪竜の事なの」

 

 ぞくりとパゴタの背に寒気が走った。

 

 優しくて、そして恐ろしいほどに強いジークが魂を亡くした悪竜になる……

 

 それがどれほどこの世界にとって恐ろしい事かを考えると身震いしてくる。

 

 なにより、あの優しいジークと二度と心を通わせることが出来ないと思うと、それだけでパゴタは泣き出したいような気持になった。

 

「でも、特効薬があれば大丈夫なんだよね?」

 

 パゴタは無理やり笑顔を作って、不安をかき消そうとした。

 

 それなのに、いつもなら元気よく「うん!」と笑って返すはずのレインが、その日は暗い顔のまま頷くだけだった。

 

 パゴタの顔からゆっくりと作り笑いが消えて、レインと同じように顔から色が抜け落ちていく。

 

 そうしてから、パゴタは静かに問いかけた。

 

「何か問題があるの……?」

 

 レインの顔に躊躇いが浮かんだ。

 

 それはまるで、言葉にすると良くないことが現実になるのを嫌っているように見えた。

 

「言いたくなければいいんだ」そう言おうとしたパゴタより先に、レインが口を開いた。

 

「古龍の霊廟はね……悪竜のお墓なの。昔、龍燐病が大流行したことがあるんだって。それで大勢の竜人族が悪竜になって、病気を免れた竜人族たちが、悪竜を世に広めない為に命がけで戦ったの。戦いは何日も、何夜も続いて、とうとう全ての悪竜を葬った。だけどその時には、竜人族はほとんど死んじゃって、その子孫もわたしで最後の一人になっちゃったんだよ」

 

「そうだったんだ……でも、お墓ってことは、悪竜が住んでるわけじゃないんだし、二人なら」

 

「大丈夫だよ」その最後の言葉をパゴタが言うより先にレインがぼそりとつぶやいた。

 

「アム・シュレックリヒテン」

 

「え……?」

 

最悍級アム・シュレックリヒテン。古龍の霊廟はこの世界で最も(おぞ)ましいダンジョンの一つなの……」

 

 パゴタが息を呑んだその時、激しく戸を叩く音が響いて二人は玄関に駆け出した。

 

 そこにはびしょ濡れで、ボロボロになったジークと、熱にうなされるシルファの姿があった。

 

「パパ……‼ ママ……‼」

 

 レインが悲鳴をあげると、ジークはシルファを抱えてソファに向かい、自身もまた床に倒れ込みながら荒い息で言葉を紡ぐ。

 

「大変な……ことに、なった……シルファも感染した……二人とも、これから言うことをよくお聞き……逃げるんだ。どこか、出来るだけ遠くに……私達は、なんとかここで病魔を封じ込める。お前たち二人は、いきなさい」

 

「嫌……そんなの嫌だよ……パパとママと一緒にいる……!」

 

 レインはジークとシルファに向かって叫んだが、二人はそんなレインを見つめて優しく笑うと、真剣な表情に戻って言った。

 

「大丈夫。お前は強くて優しい子だ。パゴタと二人で幸せになるんだ」

 

「パゴタ、レインを頼んだよ? 美味しいご飯を作ってあげておくれ」

 

「そんなの嫌……! 最後のお別れみたいなこと言わないで……! 治るんでしょ⁉ 何か方法があるんでしょ⁉」

 

 痛々しい声で叫ぶレインに、シルファとジークの顔が曇る。

 

 ジークは何かを覚悟したように強い目でパゴタを見つめた。

 

「パゴタ。レインを頼んだよ。パゴタにしか頼めない。この子を連れて、ここから逃げてくれ……」

 

 パゴタの心臓が強く脈打った。

 

 気がつくとパゴタはレインの手を握りしめて扉の方に向かっていた。

 

「行こうレイン」

 

「それでいい。パゴタ。本当の息子のように思っていた。娘を頼んだ」

 

「パゴタ⁉ やだ……こんなのやだよ……! お願い! パパとママを置いて行けない! パゴタ離して!」

 

 レインはパゴタの手を振り払って叫んだ。

 

 パゴタはそんなレインの肩を掴んで覚悟の灯った強い瞳でレインの目を言う。

 

「レイン、僕らはすぐに行かなきゃいけない。《《古龍の霊廟》》に! 《《父さんと母さんは僕らが助けるんだ》》……! 絶対に二人を見捨てたりなんかしない‼」

 

 それを聞いたレインの目から大粒の涙が溢れ出した。

 

 ジークとシルファは慌てて叫んだが、そんな二人に向かってパゴタは右手を伸ばして魔力を籠めた。

 

「石化魔法。ザルツ・ゾイル」

 

 普段の二人ならば自然に溢れ出る魔力だけでパゴタの魔法を跳ねのけてしまい、石化することなどありえなかっただろう。

 

 しかし弱った二人はその場で大理石のようになって固まってしまった。

 

 戸惑うレインにパゴタは言う。

 

「これできっと病気の進行も遅らせられる。その間に準備して、急いで特効薬を取りに行くんだ……!」

 

 レインは涙を拭うと、パゴタの胸にぴったりと顔を埋めて絞り出すように言った。

 

「ありがとう……ありがとうパゴタ……」

 

 パゴタは恐る恐るではあったが、二人がするように、レインの頭を撫でた。

 

 こうして二人は、最悍級ダンジョン、古龍の霊廟へと潜る準備を始めるのだった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ