#24 急変
パゴタは恐る恐る服を脱いでジークと共に浴室に入った。
白い湯気で満たされた浴室に、ジークの声が反響する。
「よしパゴタ! せっかくだし背中を流しっこしようか」
「流しっこって?」
タオルで前を隠しながら不安げに言うパゴタを見て、ジークは自分のタオルを肩に担ぐように取り去った。
「男同士、裸の付き合いだ! 堂々としなさい!」
大きく力強く、そして数多の傷を刻んだジークの裸体を見て、パゴタも深く頷きタオルを取り去った。
ジークのように大きな身体つきではないにせよ、パゴタの細く筋肉質な身体にも傷跡が絶えない。
それを見たジークは少しだけ悲しそうに微笑んでパゴタの頭を撫でながら言った。
「よし。じゃあそこに座って背中をこっちに向けて」
言われた通りにすると、しっかりと泡立てた雲海ヘチマのスポンジでジークはパゴタの背中を洗ってやる。
どうすればいいのか分からずに固まっているパゴタの背中越しから、ジークの優しい声が聞こえた。
「いっぱい傷ついたなあ……痛むところはないか?」
「平気です。もうすっかり治りました!」
「……そうだな。パゴタは強いな。私が同じ境遇になれば、きっと世界を憎んでいただろう」
「そんなこと!」
パゴタが振り向くとジークが慌てて顔をそむけた。
不自然に桶の湯で顔を洗うジークを眺めていると、ジークが突然お湯をパゴタの顔に飛ばした。
「うわっ⁉」
「ははは! 油断するからだ! バーべリアでは油断は禁物だぞ⁉ パゴタ」
ニヤリと笑うジークを見て、パゴタも湯をかけ返した。
浴室から聞こえる笑い声に耳を澄ましながら、シルファとレインは顔を見合わせて目配せし合う。
「よし! 交代! 次は私の背中を流しておくれ」
そう言ってジークは頭を掻きながらスポンジを手渡した。
パゴタはなんとなく気になってジークに尋ねてみる。
「と、《《父さん》》……頭が痒いの? 今朝から何度か掻いてるように思うけど……」
ジークはパゴタが自分を〝そう〟呼んだことに目を丸くしてから、嬉しそうに微笑みながら言う。
「よく見ているなあ! そうなんだよ。汗をいっぱいかいたからなあ」
パゴタは自分の言葉に赤面しながら「そっか……」とつぶやいてジークの背中に目をやった。
スポンジを泡立て背中に当てると、何かが引っ掛かってうまく背中を洗えない。
「あれ……? どうしてだろう? うまくスポンジが滑らないや……」
「どれ? 貸してごらん」
そう言ってジークはスポンジを手に取って自分の背中にあてた。
しかしやはりスポンジはぎこちなく何かに引っかかってしまう。
「本当だね。ちょっとよく見てみてくれないか?」
パゴタは泡を流してジークの背中に目を凝らした。
するとうっすらと棘のようなものが見えて息を呑む。
「と、棘みたいなものが生えてる……」
「棘ぇ⁉ まさか……」
ジークはそれを聞くと、タオルを腰に巻いて外に飛び出した。
「シルファ‼ 来てくれ‼」
その声色の深刻さにシルファがすぐに駆け付ける。
「背中を見てくれ。棘のようなものが生えてるらしい……それに、身体が痒いんだ……!」
シルファは背中を確認して目を疑った。
「そんな……ありえない……これは……」
同じく駆け付けようとしたレインにシルファが叫んだ。
「来るんじゃないよ! あんたはそこに居な!」
「どういうことなの⁉」
パゴタが不安を滲ませながら尋ねると、蒼い顔をしたシルファが絶望的な声を出した。
「龍燐病……竜人族が最も恐れる病だよ……でも、ずっと前に龍燐病は根絶やしになったはずだ」
「大丈夫だよシルファ。古龍の霊廟に潜れば、特効薬がある。今から取りに行けばみんな大丈夫だ」
ジークが優しい声で言うも、シルファの表情は険しい。
それでもシルファは「そうだね。大丈夫。大丈夫」と自分に、そして子供たちに言い聞かせるようにつぶやいてジークにローブを着せた。
「レイン、パゴタ。心配ない。父さんと母さんはこれから古龍の霊廟に潜って特効薬を探してくる。それまで家を任せたよ? 頼めるね?」
二人は顔を見合わせてから心配そうに頷いた。
ジークはにっこりと微笑んでから、シルファと共に支度を始めた。




