#22 異変
シルファの悲鳴で二人はすぐさま声のした方に駆け出した。
坑道に続くなだらかな斜面に差し掛かると、ジークの肩を支えて歩くシルファの姿が目に飛び込んできた。
「ママ! どうしたの⁉」
レインが叫ぶとシルファはこちらに気付いて大声で指示を出す。
「二人とも、急いで小屋に戻って湯を沸かしておくれ! 一番大きい桶にたっぷりだよ!」
ただならぬ声に二人の不安は増大する。
それでも今すべきことは指示に従い迅速に行動することだった。
それが分かっているからこそ、二人は余計な質問はせずに大急ぎで小屋に戻って湯の準備に取り掛かる。
レインが竈で火を起こしている間に、パゴタは外のタンクから水を運んだ。
ちまちまとバケツで運ぶより早いと思うや、パゴタは魔力で腕力を補完しタンクの一つをまるまる小屋に運び込む。
パゴタの右手にはディーフェッセルリーベが未だに光ってはいたが、それはもう魔力を封じるためのものではなかった。
正確な誕生日がわからなかったパゴタは、レインの翌日が誕生日ということになったのだ。
だから今は、家族の証として、父と母からの愛の印として、肌身離さずディーフェッセルリーベを身に着けている。
そして首からはレインにもらった誕生日プレゼントが。
「レイン! 水を持ってきたよ!」
「ありがとう! 大鍋に入れて竈に!」
「ジークさん……どうしたんだろう……?」
水を大鍋に注ぎながらパゴタがつぶやくと、レインが明るい声で言う。
「大丈夫だよ! ママもパパも、それにわたしも竜人族なんだから! それにママがいればどんな病気やケガだってすぐに治っちゃうんだから!」
「うん……! そうだね!」
「そうだよ! だから早くお湯を沸かしておかないと!」
ちょうど湯が沸いて、白い湯気がもうもうと鍋から立ち込め出したころ、戸が開く音がしてシルファとジークが小屋に戻ってきた。
「あんた! しっかりおし! もう大丈夫だからね⁉」
「すまない……急に……凄い寒気と眩暈がしてね……」
シルファはぐったりとしたジークをソファに寝かすと、すぐさま保管してある薬草棚からあれやこれやと選んですり鉢に放り込み始めた。
「タオルにお湯を染ませて、父さんの身体を拭いておやり! それからお湯を小さな桶に移して足湯にするんだ」
身体を拭き、足湯に浸けるとジークの顔色が心なしか良くなった気がして、パゴタの緊張が少し緩む。
それはレインも同じだったらしく、ずっと無言で作業していた手をとめて初めてジークに喋りかけた。
「パパ大丈夫? 何か欲しいものは?」
「ありがとう……少し楽になった。でも、まだ何も食べる気にはなれないな……」
そこにシルファが薬草酒をもってやってくる。
強烈な匂いが部屋中に広がり、思わずパゴタとレイン、それにジークまでもが顔をしかめた。
「わがまま言うんじゃないよ? さ。これを飲んで」
そう言ってシルファは大匙にどろりとした茶色の薬草酒を載せてジークの口元に運ぶ。
ジークは目を固くつむってそれを一息に呑み込んだ。
「ぐぉお⁉」
思わずそう言って噎せ返った後、ジークはパゴタの方を向き口を開く。
「匂いもだが、味はもっと強烈だ……思わずブレスが出そうになったよ」
「やれやれ……急にどうしちまったのかね? これで熱は引くはずなんだけど」
「そう願いたいね。こんな強烈な薬酒を飲んで効果がなかったら、とっても損した気分になってしまうから」
そう言ってジークが微笑んだを見て、全員が安堵の息を漏らす。
ジークはベッドに移って休むことになり、その日の夕食は三人でとることになった。
それぞれがつとめて明るい話題を話してはいたが、ジークのいない食卓には火の消えかかった暖炉のような寂しさが漂っていた。




