#21 風と共に
パゴタが料理の手ほどきを受け始めてから数週間が過ぎ腕前にも変化が見られ始めたころ、バーべリアの季節にもまた変化が訪れ始めていた。
聳える天嶮は、地上に恵の雨をもたらすための雲を拵え始める。
日がな霧が立ち込め、強い風が吹き抜けては雲を産む。
地上で言う雨期にも似た季節がやって来たのだ。
乾燥した夏に備えるために小屋の前には色とりどりのタンクが並べられた。
タンクには効率的に水が貯まるよう、逆さまにした傘のようなものが取り付けられていて、時折それが風で飛ばされそうになるとレインとパゴタは慌ててそれを押さえに走る。
雪銀羊達はじっとり霧で濡れながらも、被毛に含まれる油分で芯まで濡れることはないらしく、強風に耐えながら黙々と草を食んでいた。
「この傘も雪銀羊の毛で作ってあるんだね」
パゴタはその日何度目かの《《傘押さえ》》に走った後に感心したような声を出して言った。
「そうだよ! じゃあ問題! このタンクは何でできてるでしょう?」
それは見たことの無い素材でできていた。
色も形もてんでバラバラながらも、造形には共通点が見て取れる。
よくよく観察すると、浮彫のように文字のようなものまであるが、それもまた見たことの無い文字だった。
「わからないな……魔石の一種とか?」
「残念! これはね、パパが坑道の奥で見つけてきた古代遺跡の遺物なの! パパは〝エルトゥール・プロドゥクテ〟って呼んでるみたい」
「へえ……こんなに凄いものが古代にはあったんだね……」
「そうみたい! パパは魔石やこういう古代の遺物を行動で採掘して、時々町に降りて必要な物と交換してくるんだよ?」
町……という言葉を聞いてパゴタは顔をわずかに強張らせた。
ここを下りれば人間たちの住む世界であり、魔族にとっては苦しみに満ちた世界でもある。
竜人族でありながらも人の住む世界を行き来しながら平穏に暮らすサンダース一家を尊敬すると同時に、パゴタは帝国軍のことを思ってぞくりと背筋に悪寒を覚えた。
「レインも……やっぱり下界に降りたいと思ったりする……?」
ぴとぴとと滴る水音が響く中、パゴタは俯いたまま静かに尋ねた。
レインは空を見上げてから「するよ!」と明るい声を出す。
その言葉でパゴタは心臓がキュッと縮むような錯覚を覚えた。しかし……
「でもね! パゴタが来てから全然行きたくなくなっちゃった! バーべリアは大好きだけど、わたしちょっと退屈してたんだ。でもパゴタが来てから、毎日ちっとも退屈じゃないの! 不思議だね?」
シシシ……! と笑うレインを見てパゴタの中の冷たい感情が溶けていく。
それからも二人であれやこれやと話して笑い合っていると、突然一際強い突風が吹き抜けた。
慌てて傘の方に二人が走るも手遅れで、傘は遥か彼方へと攫われていく。
その時、坑道に続く道の方でシルファが叫ぶ声が聞こえてきた。




