#19 シルファのスコーン・雪銀羊のクリームとブルネン・ネーブルを添えて
レインとパゴタが小屋に戻ると中は香ばしい香りに満たされていた。
「シルファ! 焼けたんじゃないかな?」
ジークが待ちきれない様子でテーブルの上を片付けながら言うと、シルファは「よしきた!」と腕まくりする。
「ねえレイン、そろそろ教えてくれてもいいだろ? ブルネン・ネーブルっていったい?」
「ちっちっち! パゴタ君焦りは禁物だよ?」
どうやらレインは最後までもったいぶるらしい。
パゴタが身の振り方に困っていると、両手にフカフカのミトンをはめたシルファがオーブンから天板を取り出してテーブルにやってきた。
「さあお待ちかね! シルファの特性スコーンだよ!」
ジークとレインの歓声があがる。
パゴタも優しいきつね色に焼き上がったスコーンを見て思わず唾を呑み込んだ。
「いただきます!」
そう言って伸ばしたレインとジークの手を、シルファは目にも止まらぬ速さでピシャリと叩いて言う。
「まだだよ! 仕上げが残ってるんだから!」
そう言ってシルファはスコーンをそれぞれのお皿に乗せると、ボウルに入った雪銀羊のお乳で作ったクリームをぼってりと添えて、その上に黄金に輝くブルネン・ネーブルをたらりと回しかけた。
香ばしいスコーンの香りに、甘やかで爽やかな花の香りが溶けあって小屋の中は美味しいにおいでいっぱいに満たされる。
「さあ召し上がれ! シルファの特性スコーン ~雪銀羊のクリームとブルネン・ネーブルを添えて~」
ジークとレインはスコーンを摘まんで口に頬張ろうとしたが、同時に動きをピタリと止めてパゴタに目をやった。
「一番はやっぱりパゴタじゃないとね!」
「そうだった。ついつい浮かれてしまってすまない。大好物なんだ」
恥ずかしそうに笑う二人とシルファに見守られながら、パゴタはスコーンを掴んで口に運ぶ。
「いただきます……!」
そう言ってスコーンを頬張った瞬間、口の中に蜂蜜のような甘さを引き連れた百花繚乱の花風が吹き抜けた。
スコーンの軽やかな触感を濃厚な雪銀羊のクリームが包み込んで、ブルネン・ネーブルの爽やかさがそれと見事に調和する。
パゴタは目を輝かせ、いつもの倍くらいに瞳を大きくして言った。
「おいしい! 凄く美味しい!」
「ふふ! そりゃ作った甲斐があるってもんだよ」
パゴタとシルファのやり取りを見届けたジークとレインもスコーンにかぶりつく。
口いっぱいにスコーンを頬張ったレインが噎せて咳こんだのを見て、シルファはレインの背中をさすりながら呆れたように言った。
「あんたって子はホントに……いつまで食べる専門でいる気だい?」
「だってえ……料理は苦手なんだもん……」
ミルクでスコーンを流し込みながら、レインが言う。
「またそんなこと言って! 未来の旦那様に美味しい料理を作ってやれないでどうすんのさ⁉」
ちらりとレインはパゴタに目をやった。
そんなレインと目が合って、パゴタは慌ててスコーンにかぶりつき、噎せながら言った。
「ぼ……ゲホゲホ! 僕、料理を勉強したい……! シルファさん、僕に料理を教えて! ゲホゲホ!」
「食べるか喋るかどっちかにおし! でもなるほどね。パゴタが料理できれば……ふふ! いいね! 手ほどきしてやるよ!」
「そうだよ! パゴタが料理できれば全部解決だよ!」
レインが嬉しそうにそう言うと、シルファの拳骨がレインの頭に墜落した。
「調子に乗るんじゃないの! って、あんた! アタシの分も残しておいておくれよ⁉」
見ると両手にスコーンを握りしめたジークが、髭にクリームとブルネン・ネーブルを光らせて嬉しそうにスコーンを食べている。
「大好物なんだよ……知っているだろう?」
あまりのジークの可愛らしさに、思わずパゴタが吹き出すと、小屋の中はみんなの笑い声でいっぱいになるのだった。




